◆−ThePartneredShip(1)−T−HOPE (2002/1/4 13:13:58) No.7938 ┗ThePartneredShip(2)−T−HOPE (2002/1/4 13:15:56) No.7939 ┗ThePartneredShip(3)−T−HOPE (2002/1/4 13:17:40) No.7940 ┗ThePartneredShip(4)−T−HOPE (2002/1/4 13:18:51) No.7941 ┗ThePartneredShip(終)−T−HOPE (2002/1/4 13:20:18) No.7942 ┗「歌う船」シリーズですね♪−エモーション (2002/1/10 22:04:12) No.7955
7938 | ThePartneredShip(1) | T−HOPE URL | 2002/1/4 13:13:58 |
明けましておめでとうございます。 本年も、どうぞよろしくお願いいたします……と、言いながら、年始頃になると何故かうろつくはっきりいって影の薄い存在なのですが(汗) でもって、相も変わらず、お正月とは縁のないゼロリナな話を……書き散らしていたりして。 ということで、マキャフリーのダブルパロな、ゼロリナSFもどき、なのです。 ……お気が向かれましたら目を通してやっていただけると、嬉しいのですが……。 *************** 「ThePartneredShip」 恒星の瞬きが遠い。 日課のシステムチェックがやはり無駄なく終わり、ゼロスは、それなりの満足感を味わっていた。もっとも、現在隔離中の存在と、“それ”のせいで遅れた2銀河日の復路を思うと、微妙 にその感情も陰りを見せたが。 とはいえ、任務自体には何程の支障も出ていない。 ……少なくとも、彼の感知すべき範囲においては。 と、その時。目指す母港、<中央港>が近くなったことを証明しようとでもいうのか、タイミングよく超光速通信波(タイト・ビーム)が入ってきた。彼のような、殻に入った人間の頭脳の動か す頭脳船(ブレイン・シップ)――あるいは、BB船とも呼ばれるが――同士の回線ではない。<中央港>の管制室のものだ。 ゼロスは、船室の動かない存在をちらりとだけ認識し、すぐこちらのチャンネルを開いた。 直後。 「遅い遅い遅い!」 完璧に計ったかのようなタイミングで、いきなり、きっぱりした少女の声が飛び込んできた。 「……応じるのが、ですか?」 それとも帰路の遅れを指しているものか。 適当に謝罪の言葉を並べるのも容易ではあったけれど、この、声のみの交流をここ暫く続けている、役柄の割に随分と少女めいた声の相手にそれは通用しないと、ゼロスは、問題の 明確化を図った。 それに対し、彼女はまず、「何言ってんの」と返し、 「両方よ」 「おやおや」 容赦ない台詞回しであっても、届く声は非常に明朗で、高くはあっても金属的ではなく、凛と澄んでいる。耳に心地よいと言ってもいいだろう。……音量をこちらで調節できればこその考 えではあるが。 「これでも、早くリナさんに会いたい一心で、必死に飛んできたんですけどねぇ」 その声を、もう少し引き出してみたくて、ゼロスはいつものように、僅かに戯けた台詞回しで、滑らかにそう続けた。 「……あのね」 何の戯言を、と言わんばかりにそっけない声が、一言そう返る。 それが楽しいと、そう思うのは随分不思議な感覚だった。 ――親が死んでも食休み、とでもいうところですか、ねぇ。 はっきりいって用法が全く違うことをあえて承知で、ゼロスはそんなことを考えてもみる。とはいえ、彼のような、生まれもって肉体的能力と精神的能力が激しく乖離し、それ故に殻人 (シェル・パーソン)として、管理脳の一人として育てられ生きてきた存在には、所謂、非殻人のように食事をする必要がないため、その例えも空に浮いたが。 それでも。殻心理学(シェル・サイコロジー)と条件付けによって制御された殻人(シェル・パーソン)の理性をも食い破りかねない感覚が、何処かでこの声に慰められていることは、否定 できなかった。 「……と、いうことで。この純情可憐な努力を哀れと思われたら、今日こそファミリー・ネーム教えて下さいませんか、リナさん?」 ゼロスは普段、柔らかく、何処か冷たさを混ぜた甘めの男性の声を選択している。彼ら、殻人(シェル・パーソン)にとっては、声質はあくまでコミュニケーション・ツールの一つに過ぎな い。結局のところ、振動板に伝える信号の制御なのだから。 けれど、わざとらしくそれを用いて、僅かに“声”を低め、切なく響くように調節してそう囁きかける、と、回線の向こうで、どうやら彼女が大きく溜息をついたらしい気配がした。 「頭脳(ブレイン)が管制官くどいて、一体何になるのよ、阿呆らしい」 「ベッドの中で……は、僕のこの図体では無理ですから、リナさんをお話するために呼び出せる特権というささやかさで、僕は満足しますが?」 「呼び出されるつもりはないから無駄よ。大却下!」 「つれないですねぇ…………」 「……あんたね」 付き合ってられるかという呟きが零れるのを聞いて、ゼロスは少々残念に思った。 暇な時ならば、もう少し彼女も長々と彼の戯言に付き合ってくれるのだが、今日はどうやら、他にも仕事を抱えているらしい。 引き止めるネタはないものか、と、一瞬考える間に、回線の向こうの女性――リナは、業務用の声にあっさり切り替えていた。これで終わりだと、何より明確に告げるだけの、意識の切 り替えが行われる。 「では……TeX−834号。<中央港>帰還前に、任務関連の寄港一覧と積荷情報の送付を……」 手続きに沿って、入港審査を行おうとしたその声を、ゼロスは、途中で遮った。 「xX−834です」 「…………」 回線の向こうで、今度は、小さく吐息がこぼれた。 続いて、ぼそりと、 「……復唱」 「xX−834号」 「…………てぇ、あんたね。筋肉(ブラウン)はどうしたのよ、テッドは!?」 船名から、筋肉(ブラウン)を表す頭文字を削り取った報告に、本来なら存在する筈の筋肉(ブラウン)――ゼロスのような殻人(シェル・パーソン)を乗せた頭脳船(ブレイン・シップ)をサ ポートする非殻人――の所在を尋ねる、というより詰問する少女の声は、またかというように、やや疲れた響きを宿していた。 「えぇと、ですね。ラヴェルの原始太陽から逃れるのがぎりぎりだったもので」 「……で?」 一応弁明のために紡がれたゼロスの言葉の続きを促す声は、非常に低い。機嫌の悪さを如実に物語っていた。 「些か、その、精神的に恐慌を来たしたらしく、船内の破壊行動を起こし始めたので、強制的に意識を喪失させたんですけど、ねぇ……」 「起こしなさいよ。今は涼しいでしょ」 「勿論、途中で……というか、無事、惑星クロエを脱出し、予定通りロザリー港に到着してから起こしましたよ。無駄でしたけど」 「何で」 「……恐慌状態から回復なさる気が、ないらしくって、ねぇ」 困りましたね、と、朗らかに言ってのけると、回線の向こうで「だ〜〜〜っっっっ」と叫ぶ声が響いていた。 「誰のせいだ誰のっ!」 「僕のせいじゃありませんってば」 「嘘つけ」 「本当です。ロザリーおよびクロエの方からおそらくもう少ししたら報告書がまとまって届くかと思うのですが、ほら、クロエは、女性ばかりの、非常に特化された宗教地帯でしょう?」 言いながら、とりあえず船内に蓄積してある今回の任務に関する情報をいくつか送りつけると、「知ってるわよ」という邪険な声が返ってきた。 「筋肉(ブラウン)とはいえ男性と共に乗船するのはとクロエの方が躊躇われていたので、どうやらこのままでは余計な時間使ってしまいそうだと判断したものですから、とりあえず、テッ ドさんを放り出してまず運んで差し上げますと、妥協案出したんですよね」 「……あんたも男でしょーが」 「女性の声出すのなんて簡単です」 所詮それは、振動板への信号の送り方の差異に過ぎないのだから。 「…………。……詐欺師」 ぼそりと呟く声に、ゼロスは僅かに苦笑した。 が、リナも、それは言ってみただけという感じで、 「大体、幾らあんたが速かろうと、行って戻るのにはそれなりの時間がかかるでしょうが。放り出したテッドはその間、一人? 灼熱し、さらに燃え滾りつつある太陽の下で?」 「耐熱用の宇宙服を一人分、テッドさんと一緒に放り出してありましたから、きちんと状況を判断し、それを着てある程度自分で対策とって下さってれば、危険はさほどありませんでした よ」 「……言うは易しでしょうが。って、それはともかく、あんた、んなギリギリになってから、またクロエに戻ったわけ!?」 無謀もいいところだと言いたげなリナに、ゼロスは今度は、ラヴェルの太陽の状況推移と、クロエの気温の変化、任務の経過時間を送りつけた。 「……何でこれで焼けなかったのよ」 「焼けましたよ、もう、じりじりと。フライパンの上の猫、というところでしょうか。とはいえ、僕には非殻人のような感覚はありませんから、所謂この手の熱さは理解不可能ですけど、外装の 変形と計器類の狂いが酷くて、随分苦労しました」 と、告げながら、今度は歪んだ外装の取替え作業――帰港が2銀河日も遅れた原因の一つ――の状況を、送りつけてみる。 「だったら何でこんな無茶……」 「これが一番確実ですから」 「自分と筋肉(ブラウン)を限りなく危険にさらしても!?」 「えぇ」 さらっと答えると、僅かに向こうで息を飲む気配がした。 「……あんた、馬鹿ね」 「そうですか?」 「大馬鹿」 「あぁ……それで、その際に余計にテッドさんの錯乱酷くなってしまいまして。で、船内をあちこち壊し始めたのですよね。これも一応修理したんですが、これって、僕のクレジットから引か れるんですか、テッドさんの方からですか?」 「………………」 破壊行動に勤しむ筋肉(ブラウン)の状況を最後の最後に送りつけると、向こうでは、今度は別種の沈黙が落ちた。 ややあって、 「あんたが払え、あんたがっ」 「えぇっ? そうなんですか?」 わざとらしく声を高めてやると、応戦するようにあちらからもわざとらしい溜息が返ってきた。 そして、しばし、別の作業をしていたような気配があったが、 「オーケー、終了したわ。xX−834号。クロエにおける今回の任務中の船外の損害は全て、必要不可欠のものとの認定がおりたので、<中央諸世界行政機構>で負担するわ。ただし、 船内の破損に関しては、筋肉(ブラウン)に責のあるものとして、クロエからの報酬が支払われ次第、そちらから差し引いて、という形になるわね」 ピ。と、電子音が一度鳴ったのと同時に、回線の向こうから、そう、淡々と何かを読み上げるように機械的な声がそう状況を伝えた。 「有り難うございます。さすがですね、リナさん」 手際の良さを、いつもより僅かに甘めに設定した声で称えると、向こうではもう一度、「本当に大馬鹿」とぶつぶつと応じてきた。 「だいたいあんたが使い物にならなくしたの、これで一体何人目の筋肉(ブラウン)だと思ってんのよ」 「さぁ? 何人目でしたっけ?」 「メモリがぶっ壊れてるならそう申告しなさい。キレイさっぱり消去してマトモに直してあげるから! 11人目よ11人。いい加減にしろと誰かに怒鳴られなきゃ判らないってのは、大馬鹿 者でも足りないわよ!?」 ダンッと何かをぶっ叩く音が一度響いて、リナは、また、大きな溜息をついた。 ……今度はわざとらしくは、響かない。 「………………リナさん?」 応えは暫く返らなかった。 あるいは回線がもう閉ざされてしまったかと――ふざけた物言いで煽りすぎて、いい加減にしろとぶっちり容赦なく切られたことが以前にもあったので――そう、ゼロスが思った頃、小さ な声を、ゼロスの優秀な聴覚機能は拾い上げた。 「あんたは、何のために、まだそこにいるの?」 ゼロスは、一瞬走った痛み――おそらく非殻人ならばそう呼ぶだろう感覚――に、言葉を詰まらせかけた。 とはいえ、その間を悟らせるような真似はしない。 「意味がよく……」 「記憶をたとえば消去されることになるかもしれなくても? 義理立てを続ける? 何のために“ここ”にいるの……」 振り切るように、誤魔化すように問うた台詞に返ったのは、やはり呟くような、むしろ自分に語りかけるような、意味の通らない言葉だった。 ふわりふわりと。 普段の、意思の強さをうかがわせるような凛と響く声とは違う。あまりに違いすぎて、ざわりと心が騒ぐ。 ……内容と相まって、ゼロスは答えを返すことが出来なかった。 「リナさん、僕は……」 「――。入港を許可します、xX−834号。所定位置に停船後、明日19:00まで待機。筋肉(ブラウン)の交代要員は、その際に通知されます。お疲れ様でした」 「リナさん?」 それこそ、肉の身体を持っている筈の彼女の方こそ機械的な口調で、規定どおりの内容を読み上げると、それきり、そのチャンネルからの応答は返らなかった。 ゼロスは、その声の響きを再生するかのように沈黙を落とすと、再びこちらからのチャンネルを閉ざし、帰港の為の再チェックへと再び取りかかった。 「……暇つぶしには、なりますから、ね」 そう、少なくとも、これで時間は潰れる。そうして……打ち消しても何度も蘇る、過去のIF定義を今更繰り返す愚から、逃れられる……かも、しれなかったから……。 それが、如何に困難なことかは、嫌というほど知っていても……。 |
7939 | ThePartneredShip(2) | T−HOPE URL | 2002/1/4 13:15:56 |
記事番号7938へのコメント はっきり言って長いのが、イタイです。 そして、アメリア&シルフィールふぁんな方……すみません、名前だけの登場で(汗) の割に、ガウリィ&ゼルガディスはそれなりにいいトコ取りする予定なのは何故だろう。。。 いへだって、ゼロス君よりいいところを……(笑) *************** 「ThePartneredShip」 「だからどうして、何度申し上げても、いきなりチャンネルに割り込んでくるというその非常に特徴的な癖を、直して下さらないんでしょうねぇ、貴方は?」 別の回線で、急に話が中断してしまったことを他の船へと詫びながら、ゼロスは、突如飛び込んできたその声に、僅かに皮肉っぽい様子を混ぜながら、そう応じた。 「僕もこれで、結構忙しいんですが」 「抜かせ。今更お前の状況なぞ、考慮していられるか」 「……と、言われましても。僕としては、新しい任務が決定する前に、少しでも多くの情報を得て、今後に生かしたいと思うんですよ。それは、頭脳船(ブレイン・シップ)としてあるべき姿で しょう? ……まぁそんなこと? 僕より一応年長である貴方に、わざわざ言うことでもないでしょうけど? ねぇ、ゼルガディスさん?」 「だから、名前で呼ぶな、名前で!」 「それは失礼。僕は、人は名前で呼ぶようにとしつけられてしまいましたので……GaZ−618号」 にこやかな声でそう言ってやると、その「しつけ」を行った存在を今更ながらに思い出したのか、ゼルガディスが僅かに詰まった気配がした。それに、ゼロスは小さく満足を覚える。 が、いつもなら、その辺りで努力して冷静に戻ろうとする筈の先番の頭脳(ブレイン)は、今日は何故か落ち着く様子も見せず、せっかちな声音で言葉を続けた。 「その任務で用事だ! お前は今回、アリオスにワクチンを届けることになってる。原初的な火山の活動の多い惑星で、周辺の星域もあまり安定が良くない。お前の“いつもの”やり方だ と、今回もまた、筋肉(ブラウン)が犠牲になる可能性が、大だ」 「おやおや、それはそれは」 愛想よく相槌を打ちながら、ゼロスは、何故自分には一片たりとも興味を抱いていない筈の――言葉を交わすたびに皮肉の応酬をしていればそれも当然というものだろうが――ゼルガ ディスが、まだ自分も得ていなかった次の任務に関する情報を詳しく持っているのかを、考えていた。 「それを教えて下さろうと?」 「ふざけるな。いつものお前の言葉遊びに付き合う気はない。ただ、オレが言いたいのは一つだけだ。いいか? 何があろうと決して、今度の筋肉(ブラウン)を再起不能にするな! ずっ と組めなどと無茶なことは言わん。だが、無駄に負担をかけて追い出すような真似は、絶対に止めるんだ!」 ……ゼロスは、小さく笑い声を立てた。 いつもは、可聴域にはない冷たい響きが、珍しく、前面に現れている。 「面白いことをおっしゃいますね。別に僕は、いつだって、乗船する筋肉(ブラウン)達を無理に追い出そうとは、していませんが?」 「抜かせ。……確かにお前は有能だ。<中央諸世界>が手放したがらんのも無理はない。だが……」 「あぁ、すみませんゼルガディスさん?」 まだ何やら続けようとしている相手から、半ばチャンネルを奪い返すようにして、ゼロスは、言葉を途中で遮った。 「ご高説の続きは気にならないこともないのですが、そろそろ規定の時間なんで、これで失礼いたしますね。…………そうそう」 と、最後に非常に明るめな声音で、ゼロスは付け加えた。 「今度迎える筋肉(ブラウン)が、再起不能になるか否か。それは、その方の能力次第ということでしょう。全ては神のみぞ知る、ということで。では」 どうやら「待て」と叫んでいるらしい相手をきれいに無視して、ゼロスは、そのまま頭脳船(ブレイン・シップ)同士の通信に用いられるチャンネルを閉ざした。そして、船外へと“目”を向け て、ふと、そこに立つ人影に気づいた。 話題をうち切る口実としただけではなく、実際に、昨日リナに指定された時間が迫っている。新しい筋肉(ブラウン)かと、ゼロスは、そちらに意識を向けていることを示すようにエアロック を開き、昇降機をゆっくりと下ろした。 それに気づいたのか、立っていた背の高い男は、ゆっくりと昇降機に歩み寄り、ぽんと手をかけた。 「お〜い、上がってもいいか?」 「…………ガウリィさん?」 本来の手順とは違うが、人懐っこく声をかけてきた金髪の男を見知っていたゼロスは、不思議そうにそう呟いた。 「何故、ここに? ……貴方が今回、僕と組むのですか?」 だとすれば、意味不明のゼルガディスのあの警告も、多少形を見せないこともないが、と、ゼロスは一人ごちた。 GaZ−618号。 そのイニシャルの示すとおり、ガウリィは、ゼルガディスと組んで、諸星系を回っていた。確か、既に、組んで5銀河年は経過していた筈だ。その相棒が、一時的とはいえ乗船した筋肉 (ブラウン)という筋肉(ブラウン)を再起不能状況に追い込んでいる狂い気味の頭脳船(ブレイン・シップ)に乗り込むことになったとなれば、多少の睨みを利かせたくなるのも、判らないで はない。 だが、と、そこでゼロスはもう一度考え込んだ。 確かに意味は通りそうだが、一方で、まるで通らない。 ゼルガディスが、そういった意味でのガウリィの心配を、するだろうか? ガウリィ・ガブリエフは――それこそ、言葉通り――“筋肉(ブラウン)としては”非常に優秀だ。たとえゼロスがいつもの調子で任務に赴いたとしても、彼ならば、精々がところ、多少怪 我をするくらいで済ませるだろう。逆にゼロスの方が、彼の、論理的というより本能的直感的な思考と行動の所作に振り回されるくらいがオチな気がする。 この、今までに例がないほどに文字通りの、ゼルガディスの“頭脳”とガウリィの“筋肉”としての分担の仕方に、今まで呆れと感嘆半々の感情を湧きあがらせてきたのと同じように、 だ。 それに、ゼルガディスとガウリィの組み合わせは、当初の予定より遥かに理想的な形でまとまっていると評価されていた筈だ。 頭脳船(ブレイン・シップ)……というよりむしろ、BB――頭脳筋肉(ブレイン・ブラウン)――船は、確かに臨機応変な任務にこれ以上はない程適合しているが、双方ともにあくまでも “人間”であることから、多少の摩擦は避けがたい。この摩擦が少なければ少ない程、優秀なBB船として任務を果たすことが出来るのだ。 それなのに、理想的な組み合わせをわざわざ引き離してまで、他の船に――しかも、かなり曰くつきの……と、ゼロスは自ら皮肉っぽく考えた――乗せるとしたら、それは、どんな場合 だろう? そう考え込んだゼロスを遮るように、ガウリィは、「違う違う」と大きく手を振った。 「お前さんと今回組むのは、俺じゃないぞ。ま、俺の方もゼルガディスと一緒に、同じような任務につくことになってるけどな」 「あぁ……それでゼルガディスさんは、僕の任務についてもご存知だったんですね。で? としたら、もうすぐ飛び出さなければならない筈の貴方が、何でこんな所に……あの、もしかし て、また、迷われました?」 どうやら、“記憶する”ということを本質的に苦手としているらしいこの筋肉(ブラウン)が、しょっちゅう迷ったと口にしていることを思い出して、ゼロスは、そう尋ねてみた。と、ガウリィは苦 笑し、 「いや、さすがに今回はそうじゃないさ。ただ、俺は、お前さんにちょぉぉぉっと、お願いがあって、な」 「お願い、ですか。聞ける話と聞けない話とありますけどね。あぁ、もしかして、ゼルガディスさんがおっしゃってたのと同じご用件でしょうか? 筋肉(ブラウン)に無茶をさせるな、と。でし たらそれは、その筋肉(ブラウン)次第と申し上げておきましたが」 「ふぅん、さすがにあいつは手際がいいな。けど、俺が言いたいのはそんなんじゃないさ。無茶するなだなんぞ、あいつに言ったって凄まじく無駄だって、判ってる。あぁ……勿論、あんた にも、だな」 軽く肩をすくめると、ガウリィは、ゼロスの方、というよりも別の方を眺めるようにして、そう言った。 「ただ、俺が頼みたかったのは、一つだけだ。なぁ……。……あいつを、嫌わないでやってくれよ」 「…………は?」 ゼルガディスの言葉以上に意味が取れないガウリィのその言葉に、ゼロスは、自分の記憶回路かあるいは感覚入力シナプスに異常が発生してはいないかと、一瞬、疑念を抱きかけ た。 筋肉(ブラウン)に無茶をさせるなということからして意味が判らなかったが、嫌うなときては、ますます判らない。 「何故、そんな……?」 「多分、お前さん達、どっかで似てるから、かな」 「あの、ですからそうではなく、ですね……」 全く言葉が通じていない、と、知る限りの辞書をひっくり返し、ガウリィから上手くこちらを理解するだけの言葉を引き出そうとした、その時だった。 「ったぁく、ガウリィ! あんた何ぼんやりしてんのよ。後ちょっとでGaZ−618号は出港でしょ? 筋肉(ブラウン)がんなとこで油売ってる暇あんの!? というかそもそも、このか弱いあ たしに何だってこんな巨大なあんたの荷物運ばせんのよ。重いわよ!」 ――やはり、感覚入力シナプスを徹底的に調べ直した方がいいかもしれない、というのが、その瞬間のゼロスの頭を過ぎった考えだった。 意識をそちらに向ければ、巨大なバッグ2つと、それよりは少しだけ小さめのバッグを1つ引きずった、筋肉(ブラウン)としては随分と小柄な人物が、そこに立っていた。 「おお、悪い悪い」 言いながら、ガウリィが大きい方を受け取ろうとしているところをみると、彼女の荷物はどうやら小さな1つだけ、つまり、それ程長居はしないつもりらしい。 ……それがもし、本当に、自分に乗船する筋肉(ブラウン)であるならば、それも道理と、頭の何処か別の部分でゼロスは、判断を下していたけれど。 が、そんなゼロスの想いとは裏腹に、小柄な少女──に、見えた──は、身軽になった腕を一回回して、荷物を軽く肩へと担ぎ上げながら、目の前の背の高い青年を睨み上げた。 「大体あんた、こんなとこで何してんの……って、どうせまた迷ってんだろうって、大体見当つくけどね。ゼルガディスの場所は、ここから3ブロック先よ。早く行きなさいよね」 「そっか……。……なぁ、やっぱり、本当に、任務受けたんだな?」 「…………受けたわよ。それがどうかした?」 その時、それまで非常に威勢良く喋っていた隙間に、ぽっかりと沈黙が落ちた。すぐ、拭い去るように強気の声が響き渡ったが。 ゼロスは思わず、その沈黙の秒数を計ってしまった。 約29秒。その意味は掴めなかったけれど、無視し得ないだけの重みが、その空間には、漂っていた。 ガウリィは、「そうか」と少しとぼけた声で呟くと、ぽんぽんと、自分より遥かに小さい、並ぶと子供のようにも見える頭を、軽く叩いた。 「頑張れよ」 「あんたもね」 その声に軽く頷くと、ガウリィは、ゼロスにも軽く手をあげ、「じゃぁな」と言い残し、背を向けて歩いていった。 結局、意味不明の言葉に対して何ら答えを得られなかったことに気づいたが、ゼロスは、今更呼び止める言葉を思いつけず、それをぼんやり見送った。 けれど、そんな自失の時間は長くない。 同じようにガウリィを見送っていた彼女が、軽く昇降機に手をかけ、ゼロスを見上げると、 「ゼフィーリアのリナよ。乗船許可を」 「許可します」 言うなり軽く昇降機に飛び乗ってきたリナをエアロックまで運び上げると、小柄な体がやはりきびきびと流れるように動き、そのまま船内へと滑り込んできた。物慣れた様子で真っ直ぐ に中央パネルまで歩み寄ると、規定どおりにカードを差し込み、任務指令を流した。ほぼ、ゼルガディスから聞いたのと同様の内容を、ゼロスは記録し、保管した。 それを確認すると、リナは、軽く肩をすくめた。 「……結局のところ、あんたがするのは飛ぶことなのよ。急げ急げ急げ! それが全て。全くもって、<中央諸世界>のやり口は判りやすいわね。あぁ、あるいは判りにくいの?」 「少なくとも、単純化されている分エネルギー浪費を最小限に抑えられるという点では、評価されるべきでは? で? 今回の任務において、貴方の果たす役割は? ……貴方は、筋肉 (ブラウン)ではないでしょう、リナさん?」 音声の特徴を照らし合わせるまでもなく、ここまで特徴的に意識にとどめている声を間違える筈がない。それは確かに、入港の際に幾度となく言葉を交わしたことのある管制官の…… “リナ”だった。 予想通り、と言うべきか。いやむしろ、予想より遙かに小柄で幼く見える姿。 艶やかな栗色の髪が緩やかに長く背にかかり、偵察員の機能重視である制服をはっとするほど引き立てる。何かと比較するまでもなく本当に華奢で小柄で……けれど、ただそれだけ の無力な少女ではないと、言葉よりも雄弁に語るのは、その瞳だった。 鮮やかな、真紅。燃える星々の間を飛んでも見出せないほどの、稀少な宝石。それが、二つ。真っ直ぐにゼロスの殻の据えられた、中央制御柱に向けられていた。 紅を塗る必要もなく艶やかな唇が、にっと、不敵な笑みを刻む。そのまま軽く肩をすくめ、リナは、「何言ってんの」と、紛れもなく彼女自身だと確信させる口調で、返してよこした。 「残念、外れね。あたしは紛れもなく筋肉(ブラウン)よ。……だからあんたの尻を叩くことも可能なわけ。さぁ、世間話は後でいいから、とっととこんな鈍重な亀みたいに人を縛り付ける引 力から離れて、待ちかまえてるお星様へすっ飛んでいくわよ。言ったでしょ? 急げって!」 トントン、と、銀河標準時を常に正確に刻む配給品の時計を指先でつつき、リナは、ゼロスを促した。 実際、既に、時刻は規定時をまわろうとしている。 「はいはい。……任務絡みというのが些か色気ないですが、ドライブはドライブですからね」 「勝手に言ってれば?」 言いながら、配置に付いたリナの細い指が、素早く定められた入力を行う。その速さから、確かに彼女が筋肉(ブラウン)としての任務に慣れているのだろうと、ゼロスは判断した。 けれど、それならば何故、管制官のような真似をしていたのかが、判らない。 筋肉(ブラウン)となることができるのは、この広い宇宙においても選りすぐられた特殊な人材だ。頭脳船(ブレイン・シップ)の補佐をするために、ゼロスのような殻人(シェル・パーソン) 同様に厳しい──ただし、方向性は違うが──訓練を受けた、エリートと言っていい。 たとえ、不老処置の限界である引退の年齢を迎えたとしても、各所から引く手数多のは間違いない。少なくとも、管制官へ回されることは、まずないだろう。 それに、だ。 「……リナさん」 「ん〜……ちょっと待って。はい、終わった。んで何?」 「えぇと、ですね」 言いながらも、リナが入力した規定値を半ば流しでチェックしながら、ゼロスは僅かに言いよどんだ。 かけるつもりの言葉を忘れたわけではない。ただ……言うべきか言わざるべきか、珍しく、悩むことが一つ、あっただけだ。 だが結局、ゼロスはその件について、今は沈黙を守ることを選択した。“いつも”のように……そのまま、入力された予定を、一応別枠で保存し、意識の横に置きやる。 そして、 「リナさんって……お幾つなんですか?」 べきっ。 「………………あの……何で、蹴るんですか?」 問いに返ってきたのは、中央制御柱への容赦ない蹴り一つ。 「だって、殴ったら手が痛くなるじゃない」 「そりゃそうでしょうけど……」 殻人(シェル・パーソン)の殻を収める中央制御柱は、特殊な合金で出来ている。上層部のみが知る解錠言葉(リリース・ワード)を入力し、複雑な工程を完全に間違い一つなくこなさな ければ開くことは不可能だし、そもそも壊れることはほぼまずない──さすがに船ごと壊れる事態に陥った場合には、その限りではないが。 硬いことは折り紙付きだが、だからといって、では蹴ろうという発想になるかといえば……。 「……いやだから、何で蹴られたんでしょうか、僕は」 「あんたね」 やれやれといった風に溜息を落とすと、リナは、椅子の位置をおもむろに調整し、真っ直ぐに柱へと向かうように腰かけて軽く足を組んだ。 視線が、その先にいるゼロスを見通すように、凛と据えられる。 ……ゼロスは、それに少し、戸惑った。 基本的に、船内にいる以上、何処にいてもゼロスの“目”や“耳”は変わらず働く。あえてこちらを見る必要は、さほどない。 故に、確かにゼロスは“ここ”にいるのだけれど、それを意識する者は殆どないと言ってよかった。ただ一人、記憶に残る、やはり凛と澄んだ瞳を向けた女性を除けば。 けれど、そんなゼロスの感慨に気づく様子もなく、リナは、不機嫌そうな顔でこちらを睨んでいた。 「……女性の年齢聞くなんて失礼千万、殴り倒されても文句ないに決まってんでしょ! というか、あんた今まで女性乗せなかったわけでもあるまいに、だぁれにもそんな基本中の基本、 教わらなかったわけ!?」 「はぁ……まぁ。そんな気にするようなことなんでしょうか」 「だーもぉっ。…………。……というか、今あんたに乗船した女性筋肉(ブラウン)の面子思い浮かべたら、ふと、己の問いが空しくなったからもういいけどっ。でも二度とんな不埒な真似し ないように!」 不埒、というのもどうかと思ったが、ゼロスにしてみれば、それよりもむしろ、リナが今まで自分に乗船した筋肉(ブラウン)達のことを知っている、という方が気になって、それはあえて意 識の底に沈めた。 「リナさん、他の筋肉(ブラウン)の方のことに、詳しいんですか?」 「………………」 リナは、指を組んで、さてどうしたものか、とでもいうように、小首をかしげた。 「……まぁ、管制官めいた真似してれば、多少はね」 「成程?」 「それ以前に、あんたの経歴の華々しさ見てりゃ、意識に残って当然っつー気もするけどね。えぇと? 契約期限切れるの待たずに筋肉(ブラウン)やめたのが5名。やめてこそいないも のの精神的安定という適格条項を満たせずに休職中の者2名。船への過剰反応を示すようになり日常生活に支障をきたすようになった者1名。でもって、前回のテッド含めて精神的に破 綻した者3名。あれこれ含めて計12名……そしてあたしが栄えある13人目、ってことね」 呆れたように指を折り、数えるリナに、ゼロスは苦笑して誤魔化す他ない。 「……で? そんな僕に、よく乗船なさる気になりましたね?」 「確率曲線はあたしを指してたもの」 身も蓋もないほどきっぱりと、これ以上はないほど正当なる理由を述べて、リナは肩をすくめた。 「…………──それにね、あたしは13人目だから」 「……貴女は卑劣な裏切り者(ユダ)には見えませんが?」 例えるような台詞にそう言ってやると、リナは、くすりと笑んだ。燃える色をした瞳が静かに伏せられる。 「見えるものが全てには非ず。ってね。まぁ? たかが銀貨ごときで魂売り渡す気にはならないけど?」 「見える……ですか。僕の“見る”と貴女のそれとを同質のものと捕らえてよいものかは、正直、疑問ですが……」 「でも」 と、リナは、瞳を上げた。 「“見る”ことに変わりはない筈よ。殻人(シェル・パーソン)であろうがなかろうが、あんたはあんたで、あたしはあたし。あたしの目に映るものがあんたに見える筈ないのは当たり前。違う の?」 「僕の言わんとしたことと、その解釈とでは、意味が違います」 「あんたは…………まるで自分があたかも“違うもの”であると主張したいみたいね」 呆れたように僅かに唇を歪めるようにして、リナは、ふんと呟いた。 そして、考え込むように指先でトン、と、座る椅子の肘掛けを叩いてから、もう一度、鋭い視線をゼロスに投げた。 「──シルフィールを、知っている?」 突然の固有名詞に、ゼロスは返答を暫し躊躇った。 優秀な彼のメモリが、回答を出し渋ったわけではない。ただ、その名前に込められた意味をあれこれ考えていたのだ。 「xS−732号、ですか?」 「……“シルフィール”、よ」 「その名前は、今の彼女に相応しくはないでしょう?」 「あたしが言ってるのは、昔の、彼女」 誤魔化すな、と、視線で告げながら、リナは、ゼロスが滅多にしない同僚を船名で呼ぶやり方を否定した。 「……随分、痛い例を持ち出されるんですね」 「何が?」 「…………」 「言い換えようか? 誰にとって痛いの?」 間髪入れず問い返された言葉に迷いが欠片もない。リナが、半ば以上“判って”この話題を持ち出したことは明らかだ、と。先の管制官として振られた話題をも思い返し、ゼロスはわざ とらしく溜息をついた。 「……全ての“船”にとって、と、申し上げても、貴女はきっと納得して下さらないんでしょう?」 問いをもって問いに返したゼロスに、リナは、ひょいと眉を軽く上げた。唇だけで、「当然」と返される。 「というより、あたしが納得する筈ないって思ってる時点で、あんた、回答を半分くらいは知ってるんじゃない?」 「半分……ですか?」 「……それに、全てのというのは間違ってるでしょ。ゼルは、シルフィールのことを、“痛み”とは捕らえてない。どうしようも出来なかった自分を知ってるけど、それでも」 問いに対し、その前の問いへの答えを返される。 ……おそらく、わざと、振り回されている。 それを知っていても、ゼロスはあえて、それに乗った。少なくとも、こうしてリナの声を聞き続けているのは、不快ではない。その内容には、幾分揺すぶられてしまうとしても、だ。 「貴女は、“彼女”を知っているんですか?」 「たった1度。ガウリィやゼル達交えて話しただけよ。それだけで全て語れるなんて、思っちゃいないわ。……でも、彼女がガウリィを好きだったのは、知ってた。……幸せそうだった、って ことも、ね」 「“それ”が……」 「不適切とか馬鹿言わないでね、あんたに言えるとは思わないけど?」 ゼロスに何を言わせる間も与えず、すぱっとキツイ声が、先を続けた。瞳が刃の光を宿す。 一瞬、膝の上で握りしめられた拳が震えるのが、ゼロスには判った。 「殻人(シェル・パーソン)に与えられた条件付け。周囲の非殻人の目。それが彼女には重かった。ガウリィ好きで、好きでい続けることが辛かった。……だから、“彼女”が壊れて、“船” だけが残った。それは……それは、哀しむべきことでしょうね。だからって、彼女の感情全て否定なんて、出来ない。出来る筈ない。だって……」 一息。そこで、呼気が注がれる。 「あんた達とあたし達。何が違うわけでもない、同じ人間だわ」 「たとえ偏見にまみれても?」 「偏見持つ方が馬鹿」 「……成程……」 くすくすと、声を立ててゼロスは笑った。その様に、リナが、小首をかしげる。 「何よ?」 何処か不機嫌そうにも見える表情に、ゼロスは「いえ」と、弁解するように言葉を返した。 「ゼルガディスさんが、貴女を守りたいと思ったのが、少し判るかな、と」 「……ゼルが何言ったって?」 「貴女に負担をかけるな、と」 端的に、彼女とも知り合いであるらしい頭脳(ブレイン)の言葉を伝えると、リナは、憮然とした表情になった。そのまま「余計なことを」とぶつぶつとぼやいている。 随分過保護に扱われたことが、不満らしい。 けれど、ゼロスには、ゼルガディスの気持ちが判るような気がした。 ──確かに、彼ら頭脳(ブラウン)はこの<中央諸世界>において欠くことの出来ない存在となっている。けれど、未だ、確固たる肉体を持たぬ彼らへの偏見は根強い。忌避されるまで はいかずとも、嫌悪の目で見られることも、決して少なくはない。 表に、この、十全とは言えぬ肉体が曝されていずとも、殻の存在自体が疎ましく映るらしい、とは、非常に客観的に冷静にそんな輩を観察しての、ゼロスの結論なのだが。 故に、僅かなりと中央から外れた星に赴く際には、筋肉(ブラウン)の乗船が必要とされる。 ……否。その、中央にあってすら、そして、共に星々の間を往く筋肉(ブラウン)の中にも、偏見を消せない存在が、幾らでもいるのだ。 それを思えば、かくも真っ直ぐに、自分と頭脳(ブレイン)とが“同じ”と言い切れる筋肉(ブラウン)の存在は、非常に貴重だ。 あの、孤高を保とうとしている頭脳(ブレイン)が気にかけても、不思議はない程に。 「ま、いっか。……あぁ見えて、ゼルは心配性だからねー。だから、ガウリィと上手くやってけるんだろうけどさ」 「……ゼルガディスさんの筋肉(ブラウン)のことを、言ってらっしゃるんですか?」 かつて、彼が任務の途中で守りきれず失った者。それを、未だに幾分か引きずっているのを、ゼロスは、本人からではなく端で聞き知っていた。 それを、リナも知っていたらしい。僅かに苦笑するような表情になる。 「傷の舐め合いだなんて、見当違いなこと言ったら、また蹴るわよ」 言いながら、形の良い足を、軽く振り上げてみせる。 悪戯っぽい表情ながら、不用意な台詞を吐けば間違いなくその足がすっ飛んでくるだろうと悟って、ゼロスは「言いませんよ」と弁明した。 「あっそ。だからそうじゃなくて……アメリアのことも、確かにあるだろうけど、さ。だから、寄りかかるんじゃなくて立ってられるってことも、あるんじゃないの?」 そう言いながら、リナは、「まぁ、こんなこと言ってるのあいつら知ったら、「余計なことを」と言われるだろうけど?」と最後に付け加えて、立ち上がった。 そして。 「…………あの、リナさん?」 「ところでゼロス。荷物運び入れたいんだけど、何処がいいの?」 ひょい、と、足下に置いてあった荷物を肩にまた担ぎ上げるようにして、リナは、僅かに逸らしていた瞳をまた、中央制御柱へと向けた。 その瞳に、一瞬走った陰りは、もう、見えない。 「……。…………客船ではないんで、部屋は一つですよ?」 「…………そう」 僅かな間をおいて頷くと、リナは、「じゃぁ、あたしとりあえず寝るから」と言い置いて、荷物を肩に、ひらひらと手を振り、さっさと部屋へと入っていった。 ただし、「覗いたら承知しないわよ」との警告を発するのは忘れなかったが。 ……しかし。 ゼロスは、非殻人ならば、首を捻っただろう疑問を、暫し頭の中で弄んでいた。 立ち上がる刹那、リナが、動作に紛らわすように呟いた言葉を、ゼロスの優秀な聴覚機能は、余すところなくとらえていた。ただ、その意味が、酌み取り難かったのだ。 ──でもたとえ寄りかかってでも、立っていられるだけ羨ましい……という、その言葉の意味が……。 |
7940 | ThePartneredShip(3) | T−HOPE URL | 2002/1/4 13:17:40 |
記事番号7939へのコメント SFもどきの本領発揮。はっきり言って、これの何処がSFなのやら(^^;) あぁちなみに書き忘れてましたが、ゼロス君の相方潰し。 新谷かおるさんの「ファントム無頼」が頭にあったりなかったり……。 ……でもあれは飛行機……。 *************** 「ThePartneredShip」 そしてそのまま、3銀河日ほどの時間が過ぎた。 ゼロスは、定められたとおり、全速で目的地を目指し、リナはといえば、計器などを規定通りに素早くチェックした後、ゼロスに何かと話しかけた。 もっとも、ゼロスがふざけた台詞を言おうものなら、相変わらず躊躇いなく、壁に蹴りが飛んできたが。 それでも、話しかけてくるのは何故かと問えば、 「いわゆる一つの相互理解? だってあんた言ったじゃない。あたしとあんたの“見る”は違うって。その違うのがどう違うのか知るためには、手っ取り早く、お話し合いなんぞするのが一 番でしょ。……あんたもあたしも、“人間”なんだし? 喋れるんだし?」 というのが、答えだった。 ……リナは少なくとも、これまでゼロスが乗せてきた11人の筋肉(ブラウン)とは明らかに違った。 その違いを、感情を押し殺しても何故か好ましいと思えて。 だから。 ──ゼロスは、計器類を全チェックした。 ここまでは、全て、予定通り、計画通りに進んでいる。このまま行けば、目的地まであと僅か、だろう。 けれど。 「……起こさなきゃ、いけませんか、ね」 リナは、地上任務のために、ほぼ大概銀河標準時に合わせて寝起きをしていた。それは、筋肉(ブラウン)として定められた行動の一つでもある。 その時間に照らし合わせれば、今は、真夜中。 無論、ゼロスはそれ故に躊躇っているわけではない。起こして、その際に知らせるこの状況にリナがどういう反応を示すか。それを思って、考え込んでいる。 「……いったい誰が裏切り者(ユダ)なのか……」 この場合、本当に厄介なのは、起こさずにいてもおそらくリナの怒りをたっぷりと買うだろうということだ。 たとえ、ゼロスが、一人でこの場を切り抜けたとしても。 「リナさん……本気で怒られるでしょうし?」 「あったり前じゃない。何言ってんのあんた?」 「……!?」 予想もしていなかった声に、ゼロスは、慌てて意識の一部を船内へと向けた。 ばさり、と、栗色の髪をはらう少女が、そこに、挑むような視線を向けながら立っていた。 「あたし抜きに遊び倒そうってんだから、そりゃ怒るわよ」 「……リナさん。何故?」 何故、こんな時間に起きだしたのか。何故、全て悟ったように迷いもなく制御板の前へと歩み寄るのか。 何処から問うていいのか判らず、曖昧に言葉を切ったゼロスに、リナは、ひょいを肩をすくめて見せた。 「だってあんた、少なくとも嘘つきではないでしょ」 「予想なさっていた……と?」 そう言葉を綴る間にも、一つずつ、リナの指が、周辺の状況を数値化して表示するように、入力を続けている。応じつつ、硬めの声音を選択して返したゼロスの言葉に、リナは、「ちょっ と違う」と答えた。 「“知って”ただけよ。……どれ程筋肉(ブラウン)を再起不能にしても<中央諸世界>が手放そうとしない、最速の頭脳船(ブレイン・シップ)。あんたが、任務においては最善の──あくま でも、任務のために、だけど──選択をすることも。その際に、何を犠牲にするかも、ね」 走る指先が、この先に蟠る小惑星群の情報を、正確に捉え、経路を割り出すために滑らかにボタンを押し続ける。 「……別に僕は、わざと貴女を危険にさらすつもりだったのではないんですけどね」 「んな弁解しなくてもいいわよ。ワクチンが緊急に必要とされてるのも、最短経路の真ん真ん中にこの小惑星群が居座ってるのも、知ろうと思えばいつだって知ることが出来ることだもの。 ……ましてや、乗っかってる相手があんたとなれば、その程度の用心、怠らないのは当然ってもんでしょ」 ──あんたが安全性だなんて人道的なものを考慮するなんて、髪の毛一本ほどにも思えないし? と、リナは最後に悪戯っぽく付け加えた。ゼロスは、思わず「はぁ」と頷いてしまう。 「理解されていることを喜ぶべきか、それとも、信用されていないことを哀しむべきか……どちらでしょうね?」 「好きな方にしとけば? ちなみにこの程度の情報収集、乗っかるのがあんたでなくとも、あたしするけどね」 「……今までの使徒の皆様の殆どは、して下さらなかったんですよね……」 「それで潰れてりゃ世話ないわね」 無情なほど素っ気なく、リナは言い切った。 それに対し、ゼロスの作り出す声が、僅かに、低くなる。響く声が常より遙かに冷たく、船内に漂った。 「けれど、情報だけを得ても貴女が無事にこの難局を切り抜けられるかどうかは判らない。僕は貴女を守らない。……それは、承知の上ですか? ……13番目の筋肉(ブラウン)」 「知ってるわよ」 にこり、と、リナは微笑んだ。 ひどく柔らかく……それでいて、優しげにも見える、少女めいた表情。リナがこの船に乗ってから初めて見せた幼げな様子に、ゼロスは僅かに戸惑った。 「あんたは頭脳船(ブレイン・シップ)で、あたしは筋肉(ブラウン)だわ。でも、決してBB船じゃない。……そんなこと、最初から、知ってる。あんたに守られようなんて、思ったこともない わ」 「…………成程」 「いいから、行きなさい。らしくもない問答に費やす時間は、もう、ないわよ」 目前に迫る、小さな船を粉微塵にしようと飛び交う宇宙塵や隕石群などの入り交じる空間を見据え、リナは、ぼそりと、促した。 ゼロスは、小さく笑った。 「了解しました。臨時の筋肉(ブラウン)さん。最低限の生命維持だけは、案じられずともいいですよ。……少なくとも僕は、筋肉(ブラウン)を“殺した”ことだけはありませんから?」 「心強い言葉だわね」 「……勝算は?」 「ない勝負は、あたしは挑まないわよ」 表情を、いつもの凛としたものに換え、それこそ挑むような瞳で答えたリナに、ゼロスは小さな満足を覚えた。 そして……そのまま、全速で、目の前の細い“道”へと、飛び込んだ……。 「………………っ」 重力や加速制御、船内温度などが、ゼロスの完全管理から僅かに外れる。それだけで、か弱い非殻人にとっては耐えられない空間が、作り出される。 狂ったように動く計器から、正確な経路を読み出すには、どれ程の集中力が必要なのか、肉体のないゼロスには、理解は出来ない。だが、唇を噛みしめた小さな少女が出す指示は正 確で、“いつも”のように無視して勝手に飛ぶ必要はない。 つまりその分速度が上がり──中の人間への負担は、増える。 華奢な肩が、一瞬がくりと落ちかけ、すぐにまた持ち上げられた。膝が揺れていたが、ゼロスはそれを指摘はしなかった。 ただ、目指す道をひた走る。 その一方で、当然の用心としてゼロスは、意識の一部をリナの側に残していた。小柄な少女の身体が本気で耐えられないと見えたなら、実力行使で彼女の意識を奪い、安全のために 隔離するつもりだった。 けれど、それを知ってか知らずか、リナは、流れ落ちる汗も拭わずに、作業を継続していた。 それが、どれ程の時間なのか。振り返って計測すれば、おそらくは、さして長くはないのだろう。 それでも、十二分に苦行が続いたと思ったその時、ゼロスは一気に、船に襲いかかる巨大な塵の中を飛び抜けていた。 「…………お疲れさまです」 緊張に耐え続けただろうリナの意識に触らぬよう、やわらかに、静かに、そう、声をかけた。 途端、がっくりと、リナの膝が折れる。 「大丈夫ですか?」 「…………。……平気よ」 青ざめた顔で強がられても、あまり信憑性はない。といって、ここでそれを言っても、リナを不快がらせるだけだろうと、いい加減彼女の性格を悟りつつあったゼロスは、「そうですか」と 当たり障りなく応じることでお茶を濁した。 「でも、夜半からの作業でしたし。暫く休まれては如何です?」 「…………」 「あと、3銀河時でアリオスに到着しますから……」 「……そう」 重ねて促すゼロスに、リナが、やっと納得したように頷きかける。 あと一押し、と、もう一度言葉を連ねようとした、その時、だった。 「…………。……すみません、リナさん」 「何?」 重くも響いたゼロスの声に、息を整えかけていたリナは、間髪入れずに応じた。瞳がきっと、中央制御柱へと向けられる。 「嵐です」 「…………どの位の規模の?」 宇宙に広がる磁気嵐。それが目前に迫りつつあるのを察知したゼロスの非常に端的な言葉に、リナもまた、端的に情報を求めた。 「抜けるのに、おそらく、2.5銀河時……殆ど、アリオスのすぐ側ですね。……横に避けますか?」 「ロスタイムは?」 「約6銀河時」 リナは、「はっ」と軽く息を付き、両手を広げて見せた。 「問題外」 「リナさん?」 「それじゃ、何のために最短コース通ってるんだか判りゃしないわよ。馬鹿馬鹿しい」 言い切りながら、リナは、ゆるりと身を起こした。けれどまだ、膝は僅かに震えている。それを、静めるようにぽんと掌で叩いて、リナは、にっと唇に笑みを刻んだ。 「全速前進。道はあたしの前に出来るのよ」 「保ちませんよ?」 「あんたが?」 「…………貴女が」 この嵐は、ゼロスの方も今とらえた情報だった。確実に2.5銀河時で抜けられるとは限らない。ましてや、つい今先刻、かくも過酷な状況を飛び抜けてきたばかりだ。 殻人(シェル・パーソン)と異なり、肉の身体には、より近い限界が存在する。 ……だがおそらく、言っても無駄だろうということは、ゼロスにも判っていた。 それでも。 「休んでいて下さいませんか?」 「大却下」 「……自ら縊れ死ぬような真似を選ばずともいいと思いますけど?」 「ここであたしの意志無視してあんただけですっ飛んでく気なら、それこそ、魂売り渡したのと一緒よ。縊れ死んでやるから覚悟してなさい! ……あんたに、あんたの意地があるように、 あたしにも、あたしの意地があるの。いいから、行きなさいよ……っ」 だんっと、パネルに拳が打ち付けられる。 震える手は、疲労によるものか、それとも、心に掛かる何事かの重圧によるものか。 それを判断することは、ゼロスには出来なかった。 そして、最初から本気でするつもりではなかったとはいえ……思いとどまらせることも、だ。 「──“友よ、しようとしていることをするがよい”」 「…………。……『マタイによる福音書』持ってくるあたりが、強烈に嫌味ったらしいのは何故かしらね」 新約聖書から、イエスの、今まさに裏切らんとするユダへの言葉を引用してきたゼロスに、リナが思い切り顔をしかめる。 僅かに赤みが戻ったその頬の色を見ながら、ゼロスは、平然とした声を出した。 「他意は少ししかありませんよ」 「あんたの少しとあたしの少しは、どうやら、ご飯茶碗と丼の差よりも大きいらしいわね」 「……その例も何か違いますよ」 「あっそ。……さて、そろそろだわ。あんたの準備は出来てるの?」 ぱんっと両手を打ち合わせて、目の前に怒濤の如く流れてくるデータを捌きながら、リナは、明るい声でそう尋ねた。けれど、ゼロスの鋭い“目”は、その指先が白くなり、ほんの少しだ け入力の速度が落ちているのを、見落としてはいなかった。 それでも、真紅の瞳は相変わらず燃え上がり、退くことを良しとしない。 ゼロスは、リナへ流す情報を気づかれぬ程度自分の方での処理へ組み入れながら、嵐との間隔を測った。 「こちらは、大丈夫です。……リナさんに大人しく休んでいただくという計画を除けば」 「んな計画は捨てなさいよっ」 「……捨ててますよ、仕方ありませんからね」 本当に不本意そうな声で答えると、リナは、「それでよしっ」と大きく頷いた。 「大体、らしくないでしょ。あんたがあたしの──筋肉(ブラウン)の心配するのなんて」 「それも、相当嫌味ですよ?」 「当たり前。嫌味だもの」 くすくすと、楽しげに笑い声を立てながら、リナは、こくんと一つ頷いた。 「……ここで負けたら、あたしが悔しいもの……。……だから」 ──そして、船は、嵐へとそのまま突っ込んだ。 がくがくと、先程よりも激しく船体が震える。 予定外に大きい嵐に、制御もままならない機器が冗談のようにダンスする。船内の光量すら保てずに、明滅するそれを放置して、ゼロスは船内の制御だけは安定値を守ろうとめまぐる しいデータを流しやる。それでも、揺らぐ数値は、止まらない。 「リナさん!」 ……まずは、空気。 そして、温度。 人が、とりあえずは生を保つために必要とされるものを順に守っていくために、どうしても、犠牲とするものが幾つも出てしまう。 「……が……は、ぅっ」 予告なし、制御外れのGに耐えかねたのか、ついに、リナの膝が崩れ身体が床に落ちる。ガタンと、最後までパネルに残った腕が、ずり落ちる際にぶつかって派手な音を立てた。 ばさりと、栗色の髪が床に広がる。 「……リナさん!?」 この状況下では、流石にゼロスも、リナを別個に重力の安定した場所へと保護することは不可能だ。 ただ、船を変わらず全速で進め、船内の最低限の生命維持を守りつつ、声をかけ、意識を保つよう呼びかけるくらいしか、出来ない。 リナの細い指先が、床を力なくかいても。 「…………」 それとも、と、作業の傍らで、惑う。 このまま意識を失わせ、常のように、自分だけで全て終わりにして、アリオスに到着してから起こした方がいいのだろうか。その方が、この少女を楽にしてやれるのだろうか、と。 けれど、その瞬間。 「……ぐ……っ」 「リナさん、無茶しないで下さい!」 もがく獣のように、身体を反らせて、リナが、立ち上がろうと足掻く。立てた肘が、すぐ、がくりと崩れても、まだ諦めないと、震える顎が上げられる。 が、不意にその表情が、大きく歪んだ。 「く……か、はっ」 立て続けの重圧に、意識はともかく、身体の──内臓の方が、付いていけなくなったらしい。片手で口元を押さえながら、苦しげに吐瀉物をこぼす。 もう片方の手が、そんな己を許せず罰するかのように、床に強く爪を立てる。……華奢な爪が、欠けるのが、見えた。 苦しげというより、苦々しげ──いや、哀しげに、だろうか。細められた真紅の瞳の端に、涙が僅かに浮かんでいた。 「リナさんっ」 危険を知らせる警報が、無意味に甲高く鳴り響く。その狭間を縫うようにして。 「……どうしても……超えられない…………届かない…………っ」 初めて聞く、泣き出す寸前のような呟きが、小さく、こぼれ落ちた──。 |
7941 | ThePartneredShip(4) | T−HOPE URL | 2002/1/4 13:18:51 |
記事番号7940へのコメント この辺ばかり短くて、些かバランスが悪いですね(−−;) 何故かというと下手だから……あぅあぅ。 *************** 「ThePartneredShip」 「……だから。別に僕が狙って何かしたわけではありませんよ。何度も申し上げてますように」 「嘘をつくな!」 アリオスの港で停泊中のゼロスは、後から入港してきたゼルガディスの相変わらず直す気のないらしい特攻的通信に対し、非常に冷ややかに応じた。 その、いつもの表向きの友好的部分をきれいに取り去った声音からして、ゼロスにはまともに応じるつもりなど欠片もないと、おそらくは判っているだろうが、ゼルガディスは、気に止め る風もなかった。否。或いは、その声音自体を、気に止めていないのかもしれない。 いつもならば、その程度のこと受け流してしまえるのだが、今のゼロスにそれだけの余裕はない。 いっそ、関係がもっと悪化するのを覚悟で、通信ごと断ち切ってしまおうかと、思ったその時、だった。 「おーい、ちょっと落ち着けよ。……ゼル」 「…………ガウリィさん?」 どうやらゼルガディスは、通信を船内にも繋いでいたらしい。怒気を削ぐ穏やかな声が、間に割って入り、ゼロスは、思わずぽつ、と、呟いた。 「だが、ガウリィ!」 「だから。お前さんが焦ったって、仕方ないだろう? ……先刻問い合わせてみたら、どうやらリナの奴も、ちょっと疲労が激しいだけで、別に異常があるわけじゃないらしいし、な」 「それは本当ですか?」 「…………ゼロス……?」 間髪入れずに問いかけたゼロスの声に、ゼルガディスが、僅かに虚を突かれたように、その名を呼んだ。 それには応えずゼロスはもう一度、「本当ですか?」と、問い直す。 深い声音が、常のように悪戯に高低を変えず、ただ平淡に紡がれる。それをどうとらえたのかは判らないが、ガウリィは、「あぁ」とこちらも静かに応じた。 「“身体”の方は、異常はないらしい。……ただ」 「ただ?」 「誰とも話そうとしない。機械みたいに任務こなしてる……。……昔、みたいに」 最後の一言を、ガウリィは、憚るように低く告げた。 「昔のように、ですか」 ゼロスもまた、柔らかにも響く筈の声を硬くして、低く、木霊のように返した。 「……リナのことを、知っていたか?」 ゼルガディスが、激しかけた感情を拭い去った静かな声で、問いかけてきた。 「………………」 ゼロスは、沈黙を落とす。 「……声を。知っていましたよ。会うまでは、それだけを知っていました」 「……──リナは、何も言わなかったのか?」 「……“あたしは13人目だから”と。それだけは、聞いてましたよ」 リナの声を真似て返すと、ゼルガディスの舌打ちと、「13人目って何だ?」というガウリィのとぼけた声が、同時に聞こえてきた。 が、ゼロスは元より、ゼルガディスも、ガウリィの問いには答えない。鋭い声は、また、ゼロスへと向けられた。 「それで、お前はそれを追求しなかったのか。ゼロス?」 「一応は、してみましたけどね。はぐらかされました。それ以上の追求を必要とするとも思えませんでしたし?」 「筋肉(ブラウン)だろう? もっと気にするつもりはなかったのか?」 「えぇ、全く」 色のない声が、一瞬だけ、苛立ったように不可聴域で金属的な響きを宿したことに、ゼルガディスは気づいたのかどうか。無言で先を促してきた。 それに、ゼロスは答えるべきかどうか、一瞬躊躇い……それでも、珍しくも抑えきれない感情を残して、応じた。 「臨時の筋肉(ブラウン)にそれ程まで踏み込む意味が、何処にあります? ……保つかどうかも判らない、そんな曖昧な存在に?」 「それじゃお前さん、リナと、何を話したんだ?」 ガウリィの、緩やかに、弾劾よりも朗らかに、けれど躊躇うことなく突っ込んでくる問いかけに、ゼロスは、苦笑めいた響きを声に宿した。 「色々なことを。……貴方達のことを。シルフィールさんのことを……アメリアさんのことを」 リナとも旧知であるらしい頭脳(ブレイン)と筋肉(ブラウン)は、その言葉に、それぞれの感覚で沈黙を落とした。 ゼロスは、八つ当たりめいた意地の悪さで、その間を測る。 けれどすぐ、ガウリィが、やれやれと言いたげに溜息をついて、重くなる前の空間を乱した。 「そりゃまた、物好きな……」 「全くだな」 呆れまじりに苦笑しているガウリィと違い、こちらはうんざりと言いたげなゼルガディスの声。 「人をネタにしなければ、話も出来ないのか。お前らは」 「僕が振った話題じゃないんですけどねぇ」 「似たようなものだろう。話に乗った以上、どちらも同罪だ」 弁解というより茶化す響きのゼロスの言葉に、にべもなく返しておいて、ゼルガディスは、「だが……」と、微かな、気をつけねば判らないほどの笑みまじりの声で、続けた。 「今度の件で、些か、ざまを見ろと思ったことは思ったからな……。……リナに関しては、文句も言えんだろうな」 「は?」 「お前だお前。……少しはオレの気持ちが判っただろう?」 「…………」 ゼロスは、返す言葉を見つけられず、沈黙でそのゼルガディスの煽るような言葉に応えた。 が、滅多にない優位に立てる状況故か、それとも、それ以外の理由でか。ゼルガディスは、その沈黙にも頓着しないように、更に言葉を連ねた。 「守るべき者を守れず、自分の中で失っていく感覚はどうだった? 自分は……自分だけは殻の中。手も足も出せず、傍目には強い力持つ筈の船が如何に宇宙にあっては無力か、心底 思い知らされる気持ちは? ……自分の……本当に自分の目の前で、だ。消えていく命を見つめ続ける苦痛は!?」 「違います。あの人は……っ」 硬い響きの強いゼルガディスの声に、珍しくゼロスが、同様に激した調子の声を返す。 「おいおい、だから落ち着けって。……お前さん達の気持ちも、判らんでも、ないが……」 「……あの人ってのは、誰のことだ……」 困ったような声音でガウリィが割って入る。それに被せるようにして、ぼそりと、ゼルガディスは言い放った。 ゼロスは、声を返せない。 ガウリィも、声の調子を抑えたゼルガディスに何も言うつもりはないらしい。沈黙だけが、二つの船の間を埋めていく。 それに、ゼロスが耐えきれなくなるよりも先に。 「お前の筋肉(ブラウン)は…………誰だ?」 おそらく、ゼロスに肉体があったなら、その瞬間、大きくその身を震わせていただろう。 けれど、あるのは船で。 その頭脳だけで、ゼロスは、衝撃をやり過ごそうと、意識を一つに集約させようと、足掻いた。 「……貴方は……貴方は、彼女に。リナさんに、アメリアさんを重ねているんですか?」 囁くような台詞が、届くか否か。五分五分と思っていたが、どうやら拾い上げられたらしい。向こう側で、「ふん」と馬鹿にしたような、呆れたような声がした。 「くだらんな。……アメリアはこの世に一人だけだ。そしてもういない」 「貴方は……」 「あいつは、結構いい筋肉(ブラウン)で、いい相棒だった。……だが、相棒を失ったことがあるのは、オレだけじゃない。…………そして」 そこで、ゼルガディスの声が僅かに冷たくなるのが判った。 「お前だけでもな」 「……僕は……」 「重ねているのはお前だろう。……だから、言っておいたんだ」 不機嫌そうな響きは、いつものゼルガディスのものと何ら変わりない。その調子で、彼は続けた。 「あいつに、無駄に負担を掛けるな、と」 「…………」 沈黙した船に、今度は鋼を芯に潜めた綿のように柔らかな印象を与えるガウリィの声が、かけられた。 「なぁ……あいつは……リナは、馬鹿じゃない。俺と違って、あれこれ余計なこと考えちまう分、疲れるんだろうけど、でも、馬鹿じゃないんだ。……んなことはとっくに、お前さん、判ってる だろうけど、な」 僅かに苦笑まじりに、ガウリィは、低く、呟いてよこした。 「……だから、頼む」 「…………ガウリィさん……」 「あいつを、嫌わないでやってくれ」 何処か兄のような家族めいた、懇願の響きの宿る声。 ゼロスは、小さく苦笑の色を、声にまぶした。 「……嫌われてるのは、きっと、僕ですよ」 その言葉への返答は、頭脳(ブレイン)と筋肉(ブラウン)、どちらからも、返ってこなかった。 |
7942 | ThePartneredShip(終) | T−HOPE URL | 2002/1/4 13:20:18 |
記事番号7941へのコメント 「ThePartneredShip」 カタリ、と、微かな物音が船内に響く。 最低限の維持のために動かされている機械のほんの僅かな振動が、それで、かき消され、そしてまた、聞こえ始める。 その中を、影のように一つ、動く姿を、ゼロスはとうに気づいていた。 ……ただ、声をかけるべきか否か。それだけを迷って、黙って眺めている。 そんな葛藤に、気づいたのだろうか。 「見えてるでしょ…………。……ゼロス」 ふわりと羽のように優しげな掌が、ゼロスの殻の収められている中央制御柱へと、触れる。 静かな声は、何処か笑みまじりにも聞こえて……逆に、ゼロスは、居たたまれなくなった。それでも、沈黙は続けられない。 「えぇ……リナさん」 答えた声に、少女は、ふんわりともう一度、微笑んだ。 そのまま、すとんと床に、座り込む。 「リナさん…………椅子を」 「いらない」 頑是ない子供のような仕草で頭を振ると、リナは、手振りも付けて、拒んだ。 とはいえ、そのままゼロスも退くことはない。おそらくは、まだ、体調も万全ではないだろう小さな少女を、確かに温度などはきちんと調整されているとはいえ、船の床にそのまま転がし ておくわけにもいかない。 重ねて、勧めた。 と、リナの表情が、感情の色を失う。静かな声で、 「……あたしは……座れない」 「リナさん」 「あたしは……。……あたしはあんたの水準を満たせなかった。あの人を、超えられなかった。そのあたしが、どうして、我が物顔で椅子なんか座れるの!?」 「それは……」 「超えたかったのに! どうしても、どうしても超えたかったのに……っ!」 だんっ、と、激しい音がした。リナの小さな拳が、感情のまま柱に叩きつけられた衝撃に、赤く色を変じる。震えたまま振りかざされる拳が、そのまま、宙にとどまる。 まるで、第2撃を迷うように。 「…………──っ」 だんっ! けれど、それは結局、柱ではなく、床へと叩きつけられた。 「あたしじゃ届かない…………っっっ!」 吐き捨てるように叫ばれる言葉。叩きつけられる拳より何より、ゼロスの殻を揺るがす響き。 その余韻が消えるのを待って、ゼロスは、白いままのリナの表情を注視し、言葉を放った。 「そうして、LiL−422号の筋肉(ブラウン)に戻りたかったのですか?」 「………………っっっ!?」 見開かれた真紅が、常の生気を失い、ただ虚ろに見返してくるのを見て、ゼロスは、痛みを──非殻人のそれとは違う、でも明らかに痛む感情を──覚えた。 艶やかさを一時失った唇が、「何故」という形に動く。 「その気さえあれば、その程度のことは、簡単に調べがつきます。……ゼフィーリアの、リナ・インバース……」 「あたしが……あたしが、ね……“ルナ”の筋肉(ブラウン)だったってこと、も?」 「えぇ」 短く答え、ゼロスは「そして……」と、続けた。 「僕の一番最初の筋肉(ブラウン)が、422……ルナ、さんと共に、行方不明になったこと、も……」 リナの唇が、ひきつれるように横に引かれ、歪んだ笑みの形を作る。震える指が、くしゃりと、己の前髪に絡ませられた。……表情を隠すように。 「Xe……うぅん。ゼラス=メタリオム…………彼女、ね……」 声に、くつくつと、何処か乾いた笑い声が絡む。 それを、ゼロスは黙って聞いていた。 ややあって、リナは、笑い止むと顔もあげぬまま、「ねぇ、ゼロス」と声を掛けた。 「何ですか?」 「あんたは…………あんたは、待ってたの? 幾人もの筋肉(ブラウン)を使い捨てながら、ゼラスさんが帰ってくるのを。……奇跡的に生還するのを!」 「………………」 ゼロスは、暫し、沈黙した。 ──XeL−422号。 ベータ・コルヴィにおける新たなる星人との接触に向けて航行後、消息を絶つ。 結局、彼ら二人とも、相棒を失って得ることが出来た情報といえば、たったこれだけなのだ。 ……否。正確に言えば、相棒、ではない。 「では、貴女は?」 おそらくは酷だろうと判っていて、ゼロスは、あえて逆に質問を投げた。 リナが、ひきつれたような音を立て、息を大きく吸い込んだ。 「……思ってたけど、あんたやっぱり、性格悪いわ……」 「それは心外ですね。これでも一応、フェミニストとして躾られたんですが」 “誰に”とは言わず、ゼロスは、茶化すような台詞を真面目に響く声で紡いだ。リナが、力なく呆れたように首を振る。 僅かに肩から力が抜けたように見えた。 「フェミニストというより、単なる女好きっつーか軟派っつーか……でしょうがっ」 「そうですか?」 穏やかに問い直すと、リナは、くっと唇を噛んだ。 「……待ちたかった。でも……でも待ってどうなるもんでもないって、判ってたわよ、あたしは……っ! あたしはだってっ」 ぎりぎりと、床の上で握りしめられた掌に、爪が食い込みながら震えているのが判った。 柱に据えられていた瞳が、焦点を見失い、何処か遠くを睨み据える。 「……ずっと一緒にいたかった」 「──っっっ!」 静かなゼロスの独白に、リナの身が、また大きく震えた。 「僕は、そう思っていましたよ。ずっと共に、あの人の引退のその日まで飛ぶのだろうと。そう信じて疑っていなかった。……だから、あの時、あの任務で、あの人と共に行けなかったこと が、悔しかった」 一時、言葉を切り、震えるリナの表情を確かめる。 「……リナさん。貴女は?」 リナは、ぎゅっと瞳を強くつむった。 ゼロスの声を……或いは、自分の中から響く声を、拒むように。 「悔しかった…………悔しかったわよ。そりゃっ! あたしは……経験の浅い筋肉(ブラウン)だったけど。でも、他の誰にも負けず働いてみせるつもりだったのに……。……姉ちゃんに恥 ずかしくないくらいにっ!」 だんっ、と、もう1回、床が殴りつけられる。 「姉ちゃんと飛ぶために、そのためだけに、筋肉(ブラウン)になったのにあたしは……っっっ!」 絶叫に似た、けれど、喉の奥で声が掠れ、遠くまでは届かない泣き声。凛と響く常の声を知れば驚くだろう程に、弱々しげに。 けれど、ゼロスが沈黙を落としたのは、その声に憚ったからではなかった。 「…………姉?」 ぽつりと、言葉が落ちる。 リナは、溢れかかった涙を福の袖で乱暴にぐいと拭い、睨むような瞳を、ゼロスのいる柱へと据えた。 「何よ…………何か……、文句、あるの?」 ひくっと、一瞬だけ胸の奥が震えたけれど、それを無理に押し込めて、険悪な、潰したような声を装う。 「殻人(シェル・パーソン)だって、殆どが自然分娩によって生まれてる筈よ。家族がいて、何かおかしい?」 「いえ……いいえ。ただ……」 「……慣例的に、或いは心情的に、殻人(シェル・パーソン)として<中央実験学校>へ移される際に、大概、家族との縁が切れてしまうというけど、それが全部ってわけじゃない。そうでし ょう……?」 強い言葉は、おそらく、かつての相棒であった船との関係を取りざたされるたびに繰り返してきたことなのだろうと、その淀みのなさから把握して、ゼロスは、「そうですね」と、静かに返 した。 「それは、判っています。……僕もまた、殻人(シェル・パーソン)ですから。ただ」 「ただ?」 宥めるような調子の声に、確かに相手が、今までこの手の会話で異議を唱えてきた面子と立場が違うということを思い出したのか、リナの声は、不機嫌そうな響きを僅かに収めてい た。 「年代が、些かずれているのではないかと、思っただけです」 「………………」 リナの表情に、再び、陰がさした。 その様に、おそらく自分がまたリナの傷に触れたのだろうと悟ったものの、ゼロスは、疑問を引き下げるつもりはなかった。 ……このままでは、駄目なのだ。 自分も……リナも。だから。 リナは、言うべきか言わざるべきか、ひどく惑っているようだった。瞳が、落ち尽きなく彷徨う。その彷徨う先にあるもの全て、この船がゼロスなのだから、あまり、意味はないのだが。 そして。 「…………殻人(シェル・パーソン)も、あたし達も。何も、変わりは、ないのにね……」 「そう、ですか」 以前も聞いた考えを、自分の中で補強するかのように呟く声に、ゼロスは、賛同の意も否定の意も示さず、相槌を打った。 「違うものとしたがるのは、人間の弱さだわ。それが…………あたしは、嫌い」 「何故?」 淡々と、促すゼロスに、リナはやっと、ほんの僅か、くすりと笑んだ。まだ、硬い笑みではあったが。 「……あんた……カウンセリングでも、してくれるつもり?」 「答えは? リナさん」 はぐらかすようなリナの台詞に、ゼロスは、乗らずに先を促した。リナの顔が、もう一度、曇る。 「……姉ちゃんは、自然分娩だった。あたしは…………違った。何故、422号みたいな先番の頭脳(ブレイン)と姉妹なのかと、問いたいんでしょ、あんたは。これが、答えよ」 吐き捨てるような声だった。 あるいはそのまま、言葉を切って問いを忘れたふりをするかとも思われたが、リナは、そのまま続けた。 「知ってる? 第1子が殻人(シェル・パーソン)だった場合、親が第2子を出産する確率が、如何ほどか! ましてそれが自然分娩となったら、1パーセント切るんじゃないかしら。何って 馬鹿馬鹿しい話なのかしらね。何が……違うっていうのよ、何が!」 「……やはり、手元で育てられない子を産むだけの覚悟は、なかなかつかないんじゃありませんか?」 「…………ゼロス。あんた……冷静ね……」 憤慨したようなリナの声に、ゼロスは、くつくつと笑い声を立ててみせた。 「その程度のことで傷ついているようでは、頭脳船(ブレイン・シップ)の頭脳(ブレイン)なんてやってられませんよ」 「…………ごめん」 そのようなことはよくあることだと言わんばかりのゼロスの言葉に、辺境の地域における頭脳船(ブレイン・シップ)ないし殻人(シェル・パーソン)への評価を思い返したのだろうか。リナ は大人しく頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。 「まぁ……そうかもしれない。そうじゃ、ないかもしれない。んなこと、判りゃしないわ。ただ……だから、あたしは、本当なら生まれない筈の人間だった。星一つ、放射線フレアの異常で生 殖不能になった、その時でさえ、ね。……姉ちゃんが、交渉してくれなかったなら」 「…………」 自分の身を抱きしめるようにして呟いたリナに、ゼロスは、ただ、沈黙を返した。 それを受けて、リナは今度こそ柔らかく、そぉっと、微笑んだ。 「ねぇ、あんたは覚えてる? 初めて宇宙へと飛び出したその瞬間を。……あたしは、覚えてる」 「えぇ」 「だから……だからあたしは、姉ちゃんが、好きなの。好き、だった、の。一緒に飛びたかった。だから、必死になって、筋肉(ブラウン)としての訓練を受けたわ。姉ちゃんと組めた時は、 心底嬉しかった。……嬉し……かった……っ!」 「……リナさん」 「だから」 呼びかけるゼロスの声を遮るようにして、また笑みを消したリナは、真白に表情の消えた面を、真っ直ぐにゼロスに、中央制御柱へと向けた。 「だからあたしは、あんたが憎かった」 「リナさん」 明らかな敵意を向けられても、ゼロスは、その声の平淡さを変えなかった。むしろ穏やかに……優しげに、少女に呼びかけた。 「リナさん。……僕と、飛びましょう」 「………………な」 「飛びましょう」 「何馬鹿なこと言ってんの!?」 柔らかな誘いに、リナは一瞬目を見開き、ついで、弾けるように叫んだ。 あまりの驚きにか、座り込んでいた身体が、飛び跳ねるように立ち上がり、僅かに、ゼロスから……柱から、距離を取る。 「あんた、あたしの言ったこと聞いてたの!?」 「えぇ、一言も漏らさず」 「それで……それで何だってそんなことが言えるのよっ! あたしは……だって!」 「それでも」 両の拳が、胸元で握りあわされ震えている。強い口調とは裏腹に、瞳が泳いでいるのを見て取って、ゼロスは、怯えた小動物に対するよりも静かに、声を掛けた。 「それでも。僕は、貴女と飛びたいんです」 「………………」 リナは、僅かに俯いた。小さく振られる首に合わせて、流し乱れたままの栗色の髪が、揺れた。 口元にまた、ひきつれたような笑みが浮かんでいる。 ……追いつめられたように。 「あんた…………馬鹿だわ」 「そうですか」 「あたしは! ……あたしは、あんたの解錠言葉(リリース・ワード)を知ってるわ……」 切り札をか。それとも、決別のための破滅の欠片をか。どちらともつかないものを投げつけるように、リナは、噛みしめた歯の間から、言葉を絞り出した。 ──解錠言葉(リリース・ワード)。 頭脳船(ブレイン・シップ)の中央制御柱を開き、殻人(シェル・パーソン)のその身に触れることの叶う、そのための、呪文。 本来なら、一部の上層部の人間だけが知る、ゼロスにとっては致命的な言葉。 「……何故ご存知なのですか?」 それでも、ゼロスの声は変わらない。それが信じられないとでもいうように、ゆるゆると、リナはまた、頭を振った。 「調べたわ」 「そうですか」 「そうですか……って……不安じゃないの!? 恐ろしくはないの……? あたしは、確実にあんたを殺せる。そのための鍵を、持ってるのよ!」 駄々をこねる子供のように、今にも地団駄踏みかねないばかりの勢いで、リナが叫ぶ。 けれど、その表情が酷く苦しげで。 ゼロスは、僅かに声に笑みを混ぜた。 「……鍵が判っても、それだけでは、王子の前に茨の道は開きませんよ?」 「あんた……馬鹿に、してる……?」 「いいえ。でも、解錠言葉(リリース・ワード)だけでは、この柱は開かない。それは、事実でしょう?」 悔しげなリナの声に、今度は笑みを押さえ込み、ゼロスは冷静に指摘した。 それでも、リナの表情は、晴れなかった。むしろ、更に暗く……自分をも嫌悪するかのように、瞳を翳らせる。 「その工程も、あたしは、知ってるわ」 ゼロスは、おそらく非殻人だったなら首をかしげていただろうというような不思議そうな声音で、 「珍しい筋肉(ブラウン)ですね、貴女は」 「だから! 嘘じゃない冗談でもないわよ、これはっ!」 「いえ、判っていますが」 「嘘つけ」 苦々しげに言い切ると、リナは、そぉっと手を伸ばし、それが熱い物であるかのように恐る恐るといった風情で、ゼロスのいる柱へと、触れた。 「知ってるの。…………姉ちゃんが、教えてくれた」 「それはまた……」 「開けてごらん、って。そして全部決めるように、だって。……この成長を止め動くこともない皺び捻れた醜い身体でも、それが誇りを持って“ルナ”だと言える全てだから、その目で見て、 その手で触れて、確かめるといい、と。くだらない感傷に惑わされないように……っ!」 震える華奢な手と真紅の瞳が、それでもその瞬間、初めて見た時と同じ強さをもってそこに佇んで、ゼロスは先番の頭脳(ブレイン)──ルナ──に、いつもと同じ様な……そして、初 めて感じる強さの嫉妬を覚えた。 それでも……諦めるつもりも、迷うつもりもなかった。 「では、どうぞ」 柔らかに、甘くも響く声が、船内に、リナを絡め取るように優しく流れた。 「…………え……?」 きょとんと、幼げに見える表情で、その瞬間リナは立ちすくんだ。 「どうぞ」 意味を酌み取れずに戸惑っている様子を判っていて、ゼロスはあえて、もう一度促した。 「開けてください、貴女の手で……この、僕へと続く道を」 「…………ゼロス……何をっ!?」 リナは、今度こそはっきりと、顔を引きつらせた。 殻に触れられるのは、殻人(シェル・パーソン)のタブー。それが、どれだけ心理的負荷を与えるものかを、リナは、筋肉(ブラウン)として、よく知っていたから。 その瞬間、発狂しても不思議はないほどに。 「……何故……っ?」 「貴女なら、構いません」 揺るぎない声が、退路を断つように、それでいて包み込むように、紡がれる。それに半ばで身を任せながら、それでも足掻くように、リナは、顔を歪め、中央制御柱を睨み据えた。 「あたしが……あたしが、その柱を開いて、何をすると思うのあんたは!?」 脅すような台詞に、けれどゼロスは、くすくすと笑った。 「勿論」 深い声が、何処かからかうように、それでいて真摯にも聞こえて続けられる。 「殻に収められた僕をその腕に抱きしめて、「愛している」と言って下さるんですよ」 「な…………」 一瞬、呆然とした表情で柱を見つめたリナは、ややあって、ずるりと身体の力を抜いた。 そのまま、柱へと縋るように寄りかかり、とん、と、膝をつく。 額を柱へと重ねて俯いたその表情は、栗色の髪に隠されて見えない。ただ、小さな小さな肩が、ほんの僅かに震えているのだけが、判った。 「……馬鹿……」 「そうですか?」 「あんたって…………ほんっっっとぉに……馬鹿……っ」 「そうですか」 潤んだ声には気づかないふりをして、呆れたように呟かれる台詞に、ゼロスは応じた。 そして、 「ねぇ、リナさん」 「……何よ」 「ルナさんは……貴女を。きっと、誰よりも、本当に誰よりも、大事に思ってらっしゃいましたよ」 「…………」 ゼロスの言葉に、リナは、更に深く俯いた。 「この、捻くれた身を曝しても構わないという程の想いもそうですが……殻人(シェル・パーソン)である存在にとって、家族というのは……一種、特別、ですから……」 ふと、声音に別の色彩が混ざったような気がして、リナは、はっと顔を上げた。 ……あげても、ゼロスの感情を読みとれるわけではないのだが、そっともう一度手を伸べ、優しく、柱に触れてみる。 「ゼロス……?」 「……知っていますか? 殻人(シェル・パーソン)の訓練というのは、生まれ落ち、殻に接続されたその瞬間から始まる。それ程に、身体能力に比して、精神的な能力は……高いもの が、要求される」 今度ははっきりと、自嘲げな感情の色が聞き取れて、リナは眉を寄せた。 けれど、「ゼロス?」と咎めるように呟いても、言葉を止める様子はなかった。 「誰に話しても、きっと、それは夢だというかもしれない。けれど僕は……覚えているんですよ。僕が生まれ落ち、家族という存在に引き合わされたその瞬間の……両親の、嫌悪の表情 を」 「ゼロス、それは……っ」 「えぇ、判っています。僕には物を見る目が満足に備わっていなかった。音を聞く耳も然り。それでも……覚えているんです」 「違う、そうじゃなくてだから……」 リナは、激しく頭を振り、ゼロスの言葉を押しとどめようとした。 それでも、感情の色を何処かに押し殺したゼロスの言葉は、止まらなかった。 「殻心理学によって、己の存在価値を、確固たる矜持を心に植え付けられても、その瞬間の衝撃は、消えない。……多かれ少なかれ、殻人(シェル・パーソン)の中には、その手の痛み は、存在しますよ」 「でも……っ」 「えぇ、でも」 ふ、と、声の温度が上がったのを感じて、食ってかかるような調子で叫びかけていたリナは、口をつぐんだ。 もう一度、まじまじと柱を眺めやる。 「でも、僕は同時に、その瞬間、ただ真っ直ぐに僕を見ていたその視線をも、覚えているんです」 「…………え……?」 「姉の……ゼラスの……、ただ僕を、期待外れの、自分達とは違うものとしてではなく、僕自身を見る視線を」 「…………」 今度こそ、言葉を失い、リナは、柱に片手を添えて、黙ってそこに立っていた。 その沈黙に、ゼロスはもう一度、くすりと笑った。 「ガウリィさんが、言ってました……。……僕達は、似ている、と」 「………………姉?」 ガウリィの言葉に、ではなく、それ以前のゼロスの言葉にようやくリナは、ぼんやりと反応を示した。 「あんたの?」 「えぇ。僕は……一応これでも、若い方の頭脳(ブレイン)ですから。そしてあの人は、経験を積んだ筋肉(ブレイン)でしたから。……辻褄は、合うでしょう?」 「それは、勿論。……けど……」 「だから、ね。リナさん」 柔らかい響きに戻された声が、戸惑うように見つめてくるリナへと、真っ直ぐに、返っていく。 その感覚に、リナはまだ僅かにこだわる気持ちが、何処かで溶けていくのを感じていた。 「……僕が、姉に会って“人”としての己を信じたように、きっと。ルナさんも……貴女に救われていましたよ。おそらく、危険を感じた任務に、貴女を道連れに出来ない程に……。……そ れが、貴女をどれだけ傷つけるか、知っていても、選べない程に」 「…………」 ……ふ、と、軽く息をついて、リナは、一回、瞳を閉じた。 肩から緩やかに、何か落ちていくような気がする。錯覚だと判っていても、今まで背負ってきた、固く抱きしめてきた、何かが変わっていく。 それが、意外に近しい気がするのは、何故だろう。 ……それは、きっと……。 そしてリナは、やっと、いつもの凛とした瞳をもって、真っ直ぐに、この自分とよく似た頭脳(ブレイン)を見た。 ──いつも戯言に紛らわせて、それでも柔らかくかけられていた声を今は控え、“彼”は、自分の返事を待っている。 リナは、すっと息を大きく吸い込んだ。 「ゼロス…………あんたは馬鹿よ」 「そうかも、しれませんね」 脳裏を一瞬だけ、よぎる、誰かの影がある。 それは、二人とも……消しようがない、そもそも、消すつもりもないもので。それでも。 「馬鹿だから、仕方ないから、あたしがあんたと行ってあげる」 僅かに頬を紅潮させて、リナは、つんと顎を上げると、言い切った。 そんな少女の愛らしい仕草を眺めながら、ゼロスはまた、小さく笑った。 「あまりの幸せに、目に涙を浮かべて喜びたいところですね」 「あんたにそれが出来るならね」 「えぇ、出来るなら?」 何処か辛辣な言葉を吐きながら、リナはやはり、愛らしく微笑んでいた。 一瞬、瞳が伏せられ、そして。 「……でも。……もし本当にあんたが泣きたい時には…………あたしが、泣いてあげるわよ」 「………………いいえ」 リナの言葉に、一拍間をおいて、ゼロスは、しんと染みるほど深い声で、声を返した。 「リナさんを、泣かせはしませんよ」 「……あ、そ」 返す台詞は素っ気なくとも、またそっと、柱に触れるその手は優しくて。 「約束します……」 言葉は返らず、ただ、また、ことんとリナは、その額を、ゼロスへと預けた。 ……──ずっと長く共にある、それを、誓う、その代わりに。 “一日は終わり 太陽は沈んだ、 海から 陸から 空から。 万事順調。 安らかに眠れ。 神は見守りたもう!” *************** ということで、こんな無駄に長いお話に付き合ってくださいました心優しい方、本当にどうも有り難うございました〜m(_)m 懲りずにまた今年も駄文を書いているような気がいたしますが、どうぞ御見捨てなく……いて下さると、更に嬉しいのです(^^;) |
7955 | 「歌う船」シリーズですね♪ | エモーション E-mail | 2002/1/10 22:04:12 |
記事番号7942へのコメント はじめまして。ここではずっとROMばっかりしているエモーションと申します。 ここでは海外SFを読んでる方は少ないだろうと思ってたので 「歌う船」シリーズネタに嬉しくなって書き込んでしまいました。 海外SF初心者向け、というのを別にしても凄く好きなんです、このシリーズ。 それにしても……シェル・パーソンになってもゼロスはゼロスですね(笑) これだけブローンをとんでもない目にあわせてて、心理学者や大監査官から 業務停止及び心理検査その他の処分を受けないとこがさすがというか……。 上手くごまかしてるんですね(笑)仕事復帰して10年以上も経つのに 追っかけ回されて苦労してる963番のキャリエルに秘訣を教えてあげて ほしいです、ほんと。(でも、こんな性格のシェル・パーソンばっかりに なったらちょっと嫌かも) 時間設定はもーちょっとすれば1033番のヒュパスティアが モト=プロスセティクスの筆頭株主になる、というころでしょうか? (なってたらゼロス、ブローンいじめ(笑)なんかしてないでしょうし) 少し長くなっちゃいましたね。とにかく、面白く読ませていただきました! |