
◆−はじめまして(?)−MIYA(1/20-02:56)No.5503 ┣失えぬモノ―プロローグ−MIYA(1/20-02:57)No.5504 ┣失えぬモノ―1−MIYA(1/20-02:58)No.5505 ┣失えぬモノ―2−MIYA(1/20-02:59)No.5506 ┣失えぬモノ―3−MIYA(1/20-03:00)No.5507 ┣失えぬモノ―4−MIYA(1/20-03:01)No.5508 ┣失えぬモノ―5−MIYA(1/20-03:01)No.5509 ┣失えぬモノ―6−MIYA(1/20-03:02)No.5510 ┣失えぬモノ―インターバル−MIYA(1/20-03:03)No.5511 ┣失えぬモノ―7−MIYA(1/20-03:03)No.5512 ┣失えぬモノ―8−MIYA(1/20-03:04)No.5513 ┣失えぬモノ―9−MIYA(1/20-03:05)No.5514 ┣失えぬモノ―10−MIYA(1/20-03:05)No.5515 ┣失えぬモノ―インターバル2−MIYA(1/20-03:06)No.5516 ┣失えぬモノ―11−MIYA(1/20-03:07)No.5517 ┣失えぬモノ―12−MIYA(1/20-03:07)No.5518 ┣失えぬモノ―13−MIYA(1/20-03:08)No.5519 ┣失えぬモノ―14−MIYA(1/20-03:08)No.5520 ┗失えぬモノ―エピローグ−MIYA(1/20-03:09)No.5521 ┣Re:はじめましてっ!−みい(1/20-19:05)No.5522 ┃┗ありがとうございましたm(__)m−MIYA(1/20-23:10)No.5527 ┣お〜いおいおい(T T)−あんでぃ(1/20-19:41)No.5523 ┃┗な、泣かないで−MIYA(1/20-23:37)No.5528 ┣ハンカチ無くして読めませんっ−ゆえ(1/21-00:12)No.5529 ┃┗あああ・・・ではこの特大のを・・・(爆)−MIYA(1/21-01:12)No.5532 ┣ありがとうございました−桐生あきや(1/21-04:00)No.5533 ┃┗こちらこそ、ありがとうございますm(__)m−MIYA(1/21-13:18)No.5537 ┗凄いですううぅぅぅぅっ!!!−れーな(1/21-14:47)No.5538 ┗ありがとうございます(//)−MIYA(1/21-17:31)No.5541
| 5503 | はじめまして(?) | MIYA E-mail URL | 1/20-02:56 |
今晩は。MIYAと申します。 ちょっと思うことがあって、初めて投稿をさせていただきました。 もしお時間がございましたら、お付き合い頂けると幸いです。 内容は、一言で言えば『過去リナシリアス』。 メール友達であるナーヤさんの誕生日プレゼント用に昨年の8月に 書き上げ、9月から12月にかけて連載形式で差し上げていた という代物で、既に読まれていることもいることかと思います。 それ故にこういうところに投稿するには本来相応しくないの でしょうが・・・差し上げた相手様であるナーヤさんの許可が 下りたのと、個人的にひとつのリナ過去像の提起をしてみたかっ たこととで投稿させて頂きました。 100人入れば100人分あるリナ像の内、私の持っているリナ像です。 こんなリナ像でもOK!とか、こんなのリナじゃない!とか、 色々とコメントして頂けるととても嬉しいです。 最後に。 ナーヤさん、公開許可ありがとうございましたm(__)m そして某所でお付き合いして下さっている方々。 今回限りのことなのでご容赦して頂けると幸いです。 MIYAが無謀なことをやっているよ、と笑ってやって下さいませ(滝汗) 特に某御方・・・ごめんなさい!! お詫びはいつか・・・きっと・・・多分・・・ それでは。 | |||
| 5504 | 失えぬモノ―プロローグ | MIYA E-mail URL | 1/20-02:57 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 プロローグ 裏街道のはずれで。 一人の少女が、呆然と座り込んでいた。 少女の身を覆う、元は純白の可愛らしいドレスであっただろうものは、あちこちが破れ、かろうじて原形をとどめているに過ぎない。 しかも、腹部を中心に、赤黒く染まっている。 少女の手には、赤く濡れた短刀が、硬く握られていた。 筋肉が硬直してしまったのか、短刀を握り締めた指は、ぴくりとも動かない。 そして、常ならば生き生きと躍動しているであろう瞳は、ただ呆然と目の前に転がる物体を映していた。 それが起こったのは、ごく普通の何でもない日だった。 母親に頼まれた買い物のついでに、ちょこっと裏道に足を伸ばしたのにも、大した理由はなかった。 ふと、いつもと違う道を歩いてみたいと思い、即実行に移してみた。ただそれだけだった。 少女は、まだ10に届かない年齢ではあったものの、既にそこらの魔道士よりもよっぽど威力のある攻撃魔法を使えたし、剣の腕もかなりのものだった。 ただ、その日は、本当にちょっとした買い物だったので、帯刀はしていなかったが。 この手の事件の大半がそうであるように。それは、唐突に起こった。 相手がそこそこの腕を持っていたことが、事態を悪化させた。 少女はその流れ者が気配を殺して迫っていたことに気づかなかった。 そして、完全に背後を取られた時には、既に魔法を使う余地は残されていなかった。 大の男と年端もいかない少女では、腕力が絶対的に違った。 もし少女が見かけ通りの女の子であったなら。男はあっさりと目的を達していたことだろう。 だが、少女は見かけ通りの無力な存在ではなかった。 諦めることなく抵抗を続け・・・あっけなく、決着はついた。 少女の手が男の懐にあった短刀の柄に偶然触れ、引き抜き、振るった。 それだけだった。だがそれだけで十分だった。 少女の振るった刃は男の頚動脈をざっくりと切断し。 後には、男の死体と、かろうじて自分の身を守った少女のみが取り残された。 少女が人を傷つけたのは、実は、初めてではなかった。 既に何度も、魔法を使って盗賊達をぶち倒していた。 魔法の直撃を受けて死んだ盗賊も、恐らくいたことだろう。 そして、少女もまたそのことはきちんと理解していた。 ただ、剣で人に致命傷を与えたのは初めてだった。 そして、生きていた人間が、単なる物言わぬ物体に変わっていく様を目の前で見るのも。 初めてだった。 自分が人を殺した―― 初めて、はっきりそう認識した。 溢れ出す血、苦悶のうめき、呪詛の声、痙攣する身体、やがてすべては静寂へとうつり、最後まで肉体に残っていた熱も完全に消え去る。 その一部始終を克明に感じ取っていた。 自分が殺した。殺してしまった―― 犯されかけたという事実より、殺してしまったという事実の方が重く心にのしかかっていた。 完全に開き直るには、まだ少女は幼く、そして経験不足だった。 恨めしそうに見開かれた男の目が、少女の心に突き刺さる。 少しずつ、少女の心は壊れようとしていた――・・・ 1へ進む | |||
| 5505 | 失えぬモノ―1 | MIYA E-mail URL | 1/20-02:58 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 - 1 - キンッ ガッ シュッ ギギギンッ ズッシャ〜ン!! ドグ ボカ〜ン! ガガガ 剣のぶつかる音と魔法の炸裂音が響き渡る。 森のはずれの開けた空間で。 10才位の栗色の髪の少女と、16、7の黒髪の青年が対峙していた。 ぶわっ 勢いよくはじけた風に飛ばされ、体勢を崩した少女の首筋に。 ぴたり、と長剣の切っ先がつきつけられる。 「ここまで、だな」 にやり、と笑いながら、青年が終わりを告げる台詞を口にする。 しばらくその剣先を眺めた後。少女は、悔しそうな表情をしながらも、短剣を手放すことで降参を認めた。 「ようはバランスの問題だよ」 剣をおさめた青年が、傍の木の枝にかけてあったタオルを少女に向かって投げながら話しはじめる。 「お前はさ、魔法も剣も単独ではそこそこ使えるんだけど、併用しようとすると途端にどちらもレベルダウンしちまうんだ」 受け取ったタオルで汗を拭きながら、少女がむっとした声を出す。 「そこそこって」 「ふふふん。口惜しかったら俺に勝ってみるんだな」 「・・・剣だけとか魔法だけとかなら絶対負けないのに」 ぶつぶつ文句を言う少女に 「ば〜か。敵はこっちに併せてなんかくれないんだぜ? 生き残りたかったら、両方を同時に巧く使いこなせるようにするんだな」 つっこみを入れる。一理も二理もある台詞に、少女も渋々と頷く。 それを眺めながら 「そうだな。確かに剣の筋はいいんだが、腕力にはどうしても限界があるから・・・ 思い切って剣は魔法をサポートする程度に押さえたらどうだ?」 ついで、とばかりアドバイスをする。 少女が真剣に考え始めたのを確認してから。 「さてと、そろそろ飯にしようぜ。 今日の当番はマリアだから、まあ、味の方はたかがしれてるけどな」 背後の人物に気づかずに、けらけらと笑いだした。 「・・・私の作った料理が嫌いなら食べなくってもいいのよ、レオン?」 青年の後ろで、金髪の女性が低い声を出す。 年の頃は16、17。どことなくレオンに似た顔立ち。 いつもは柔らかな光をたたえている若葉色の瞳が、静かに怒りを燃やしていた。 「リナ。レオンはお腹空いていないみたいだから、二人でさっさと食べましょう。 分け前が増えてよかったわ」 にっこりと笑って少女に語りかける。 無論、リナに否やはなかった。 「なぁ〜何かくれよ〜〜〜」 緑色の瞳に焚き火の金を映しながら、レオンが半泣きの声をあげる。 「マ〜リ〜ア〜〜〜もう許してくれてもいいじゃないか〜〜」 美味しそうに食べものをぱくつく、マリアとリナのすぐ横で。皿さえ与えて貰えなかったレオンが、お腹を押さえながら哀願する。 「マリア、姉さん、お姉さま! お願いだから食いもん〜〜腹減っちゃってもう・・・」 必死の訴えを後押しするように。 ぐぅぅぅ レオンの腹の虫が盛大に鳴り響いた。 「あら、元気そうなお腹の虫ね。その活きのいい虫でも食べてたら」 そっけなく言い放つ。 「マ〜リ〜ア〜〜(涙)」 当分、マリアの機嫌は直りそうになかった。 ぱちぱちぱちっ 燃え盛る焚き火を中心に。三人が三人とも思い思いのことをする。 マリアは食事の後片づけを。 リナは少し離れたところでごそごそと荷物の整理を。 レオンは、ようやくわけて貰えた残り物を、取り上げられる前にとばかりに勢いよくかきこんでいた。 そうしてしばらくの時が経ち。ようやく一心地がついたのだろう。 レオンがリナの手元を覗きこむ。 「何やってるんだ?」 「うわぁあ」 耳元での声に。リナが大げさなまでに反応する。 「な、何だよ、そんな大声出して・・・」 耳を押さえながら抗議するレオンに。 「何だじゃないわよ、何だじゃっ! 急にのぞき込んでこないでよねっっ」 更に声を張り上げる。 リナの手元には大小さまざまな宝石が転がっていた。 どうやら宝石に仕分けを行っていたらしい。 「・・・盗賊いじめの戦利品か・・・(はぅう)」 それに気づいたレオンが、わざとらしいため息と共に結論づける。 「そうよ。高く売りつけるにはそれなりの処理をしなくっちゃね♪」 レオンの疲れきった雰囲気とは対照的に、嬉々とした様子で胸を張ってリナが答えた。 「お前も大概にしろよな〜・・・お前がやると弱い者いじめだぞ?」 ぶちぶちと愚痴を言うレオンに 「盗賊には人権がないからいいの!」 リナが悪びれることなく力一杯断言する。 「・・・お前な〜・・・」 「何よ、マリアだって、そう言ってたわよ?」 「マリアが?」 マリアよりやや深い色の瞳をこぼれんばかりに丸くして、リナを凝視する。 顔一杯に”信じられない”と書いているレオンに向かい、大きくこくりと肯き。 「そうよ。ねえ、マリア?」 続けて夕食の片づけをしていたマリアに声をかけた。 「何?」 リナの呼びかけに、マリアは手を止めて顔を上げる。 「以前、マリアも『悪人に人権はない』って言ったわよね?」 リナの問いかけに軽く首を傾げ。 「ああ、そう言えば、そんなことを言ったこともあったわね」 こくりと頷く。 「本当かよ!?」 レオンの大声に。 「ほら、みなさい!」 リナが意気込んで答えた。 それでもまだ信じられないという顔をしたレオンと、勝ち誇った顔をしたリナの口論が続く。 夜の静けさに包まれた森の中で。この焚き火の周りだけは、眠りの静寂とは無縁のようだった。 ぱちぱちぱちっ 焚き火から金色の火の粉が飛び散る。 空は既に暗く。満天に散りばめられた星々と。 足下で燃えさかる焚き火の焔だけがあたりを照らし出していた。 「ったく。ようやく眠ったか」 毛布にくるまり小さな寝息を立てているリナを見つめて軽く苦笑する。 「しっかし、眠っているところだけを見れば年相応の女の子なんだけどな〜・・・」 毛布からはみ出している栗色の髪を軽くつついてみる。 どうにか片づけが終わったのだろう。マリアがレオンに話しかけてくる。 「で? 稽古の方はどうだったの?」 ここ数日間。レオンは時間があればリナの相手をしていた。 始めはほんの暇つぶしだった筈のそれは、今では野宿の時の恒例行事とかしていた。 「最初は妹のおふざけにつきあうようなつもりだったんだけどな・・・」 がりがりと頭を掻きながら苦笑を深める。おふざけのつもりだった真似事が、今では名実伴う稽古になってしまっていた。 「実際凄いよ、こいつは・・・剣も魔法も。はっきり言って一流以上だ」 リナの前では決して言われることのない素直な賞賛がレオンの口をつく。 「ただ・・・そうだな。何て言うか・・・剣で人を傷付けるのを怖がっているような・・・?」 少しだけ眉根をよせて、顎を手にのせる。一方のマリアは、その台詞を聞いてわずかに顔をしかめた。 「マリア・・・?」 その様子に引っかかるものを感じたのだろう。いぶかしげに問いかける。だが、マリアは答えようとしない。 レオンはひとつため息をつき。一旦話を切り替える。 「そう言えばマリア? 『盗賊には人権がない!』ってリナに言ったらしいけど・・・いつからそういう主義に変わったんだ?」 ジト目で問いかける。 痛いところをつかれたのだろう。決まり悪そうな表情をして視線を泳がす。 「・・・ああ、まあ、なんだ。その場の勢いというか・・・」 「その場のって・・・?」 「まあ、それはそれ、これはこれよ」 あはは、と乾いた笑い声を立てる。 「・・・ったく。二人して隠し事をして。 大体出会ったときからしてそうだ。 一体何時の間に知り合ってたんだ? リナはリナでマリアのこと恩人だ、なんて言ってるし・・・」 レオンがリナに会ったのは、本当に偶然だった。 偶々盗賊いじめの最中だったリナとかち合ったのだ。 お宝の横取りをする気か? と言わんばかりに警戒していたリナが。 マリアが顔を出した途端、それまでの態度が嘘のように完全に警戒を解いた。 そして。 レオンに言わせれば、他人に恩を感じることがあるのか?という振る舞いをする少女が。 マリアのことだけは、恩人といってはばからなかった。 実際。マリアの言うことは大人しく素直に聞いている。 これで、何があったか気にするな、という方が無理である。 「俺だって、リナのこと妹みたいに思ってるんだぜ?」 自分だって少女のことを守りたいんだ。 暗にそう訴える。 その常と違う真摯な瞳に観念したのだろう。 しばらくの沈黙の後。 マリアが重い口を開いて語り始めた。 2へ進む | |||
| 5506 | 失えぬモノ―2 | MIYA E-mail URL | 1/20-02:59 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 - 2 - 「そうね・・・・・・ 昔、あるところに、どうしようもなく手間のかかる弟を抱えた、とんでもなく面倒見のいいお姉さんがいました。その弟は本当に手間がかかったのですが、他に身寄りのいない二人っきりの姉弟だったので、人のよい姉はどうしてもその弟を見捨てることが出来なかったのです・・・」 「・・・なんだよ、それ?」 「いいから黙って聞きなさい」 マリアの口上に不服の声を上げたレオンをじろりと睨み付ける。その視線にレオンは小さく肩をすくめた。 ――それは本当に些細な事故だった。 たまたまレオンが何も考えずに振り回した荷物が、魔法の店の入り口から出たばかりの男にぶつかってしまった、という。ただそれだけのことだった。 だが、それがもたらした被害は甚大だった。 まず、男が抱えていた魔法の品が潰れた。 魔法の品というものは、一般人から見れば何が何だか分からない無用の長物であるくせに・・・もの凄く!高価だったりする。 そして、その品も多分に漏れず・・・想像を絶する値段の代物だった。 当然男は怒り狂い、賠償を請求してきた。 それは、まあ、当然のなりゆきだろう。 ・・・一瞬、やり逃げしたくなったが。 勿論、そんな大金の持ち合わせはない。 その為、手持ちの品の中で、男が買おうとした物でこそないがお値段的には同じくらいのものを渡すことで済ませようとしたのだが・・・男はレオンが壊したアイテム以外は必要としておらず。買い直すための現金を要求された。 そこで、目の前に魔法の店があることだしと、早速品物を換金しようとしたのだが・・・ 人間の欲深さは底知らず。 店の主がマリア達の足元を見た。 緊急に現金がいるということを見越して、相場の半分以下というとんでもない値段を提示したのだ。 勿論、力一杯抗議した。 だが、直に現金がいるのだろう?と涼しい顔である。 当然マリア達は怒りくるった。 特に、直接事故に関連していないマリアの怒りは頂点に達した。 そうして。 マリアは、当事者のレオンを、好きなだけこき使っていいから、という台詞付で男に押し付け、別の店で換金をすべくその街を飛び出して行った。 街を離れてからどの位経った頃だろうか。 怒りで肩をそびやかしながら街道を歩いていたマリアの元に、風が血臭を運んできた。 正直関わりたくはなかった。 しかし隣町へ行くにはその街道を進むしかなく。 警戒を強めながら血の匂いの元へと近づいていった。 そして。 一人の少女が道端に座り込んでいる場に遭遇したのである―― 辺り一帯には血溜りが広がっていた。 まだ、生々しいそれは、事件が起ったのがつい先ほどであるということを示していた。 そして。死体となった男の横には、破られかろうじて形を残している服を身に纏った少女が、小刀を握りしめたまま、呆然と座り込んでいた。 ここで何が起ったのかは、一目で推察できた。 男が少女を突然襲い。それに抵抗した少女が、偶然にもその男を殺してしまった。 おそらく、そんなところだろう・・・ もう少し早くここへ着いていれば・・・せんのないことだと知りつつも、意味のない仮定を立ててしまう。 それほど、目の前にいる少女の姿は痛ましかった。 とりあえず上半身に自分のマントを羽織らせる。 続けて、少女の手をとり、男の血に濡れた小刀を放させようとした。 少女の指は完全に硬直していて、柄から指を引き剥がすのにかなりの労力を要した。 それでも何とか手放させる。 地面に小刀を放り投げると、少女の顔の血と泥を、布でそっと拭き取りはじめた。 そんなマリアに気づいたのか。 それまで終始されるままだった少女が、ぼそりと言葉を呟く。 「殺す気はなかったの・・・」 マリアは一旦手を止めて少女の言葉を聞き取ろうとする。 「あたし・・・夢中で・・・ 気がついたら・・・・・・」 焦点の合っていなかった瞳が、たよりなげにマリアの方を向く。 「人が死んだらこんなになるなんて・・・・・・」 どこか途方にくれた表情。 「初めてじゃあないのにね・・・初めての・・・筈・・・ないのに・・・」 何が初めてではないのかは、あえて聞こうとはしなかった。 少女の様子から、少女が人を殺してしまったことだけに対してショックを受けている訳ではないことに何となく気づいていた。 「・・・人を殺すってことの意味は分かってるつもりだったの・・・」 黙って聞いているマリアに、気を許せるものを感じたのか。 それとも、誰かに話してしまいたかったのか。 「でも・・・全然わかっていなかった・・・ わかっていないまま・・・殺してたの・・・」 抑揚のない声で淡々と話し続ける。マリアもまた黙って聞き続けた。 「あたし・・・どっか壊れてるのかな・・・ ・・・人を殺すことに何も感じないような人間なのかな・・・」 視線を地面に落とす。 「いつか・・・平気で人を一杯殺す人間になっちゃうのかな・・・・ ・・・何の罪のない人まで・・・楽しんで殺しちゃうように・・・なっちゃうのかな・・・」 思わず、きゅっと少女を抱きしめる。 「大丈夫よ」 壊れないように、消えてしまわないように。 少女を抱きしめる腕に力を込めて断言する。 「あなたは大丈夫よ」 明確な根拠などない。だが、大丈夫だ、と思った。 そして。今、大丈夫だ、と言ってやらなくてはいけない・・・と強く感じていた。 「あなたは大丈夫。 この男を殺してショックだったんでしょう? ちゃんとショックを感じられたんでしょう? だから。だから、大丈夫よ」 抱きしめる腕の力を強くする。少女の心が壊れてしまわないように。 腕の中で、少女の身体の力が少しずつ抜けていく。 どの位経ったのだろうか。 何となく。今度こそ本当にもう大丈夫だ、と思った。 それ故に。少し茶目っ気をだしてみる。 「それにねぇ。噂で聞いたんだけど、ここからもう少し先にあるゼフィール・シティでは、『盗賊に人権はない!』って豪語している人もいるそうよ? まあ、極論かもしれないけど。 悪人やっている以上、返り討ちに遭っても文句は言えないというのは確かだしね。 だから、あなたもそれくらいの気持ちでいけばいいわよ」 それを聞いた少女が、何故か腕の中で赤くなっていたりするが。 当然のことながら、マリアにはその理由は分からなかった。 分からないまま話を続ける。 「まあ、盗賊でも生きている人間であることには変わりないからね。 楽しんで殺したり、命を弄ぶようなことをしたりするのは、よくないとは思うけど・・・」 ね?と顔を覗き込む。少女は更に顔を赤くして、こくり、と肯いた。 「と、いうことだから、まずはこの男のことを役所に報告しにいきましょうか。 こいつ賞金首よ。手配書見たことあるもの」 こういう台詞がさらりと出る辺り、かなり抜け目がない。 「・・・え?」 「賞金よ、賞金。きちんと有効利用しなくっちゃね」 「でも・・・」 「いいから。きちんと受け取りなさい。 この男の命の代償なんだから」 「・・・命の代償?」 「そうよ、無駄死にさせたくないでしょう?」 「・・・何かが違うような・・・」 「いいのよ。ほら」 少女の手を取って立ち上がらせる。 「そう言えば、すっかり聞き忘れていたけど、あなた名前は? ああ、私はマリアよ。マリア=グリーンフィールド」 「リナ。リナ=インバース」 笑顔と共に元気よく名乗り返した。 それが、マリアとリナの出会い、だった――・・・ 「・・・あの時は、まさかこうして一緒に旅をすることになるなんて思ってもみなかったけどね」 隣で無防備に眠るリナを見つめてくすりと笑う。焚き火の炎に照らし出されたその横顔をしばらく眺めた後、今まで黙って聞くだけだったレオンが口を開く。 「そうだな・・・でもまあ・・・」 「・・・会えてよかった?」 台詞の途中でばつが悪そうに言いよどんだレオンに向かい、含みのある笑顔を向ける。 「なっ何を」 「ふふふん。レオン君にロリコンの気があるとは知らなかったわ〜」 「なっ! そんなんじゃないって! ただ、放っておけないって言うかっ ・・・ま、まあ、5、6年後は楽しみだけど・・・」 「ふ〜〜〜ん・・・」 「な、何だよ!」 「い〜え、何でも?」 マリアの押さえた笑いと、レオンの必死の抗議が、夜空の下に響き渡っていった。 3へ進む | |||
| 5507 | 失えぬモノ―3 | MIYA E-mail URL | 1/20-03:00 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 - 3 - 「なんか嫌な感じよね・・・」 リナがぽそりと呟く。 「そうだな」 それを聞きつけたレオンが、珍しく茶化さずに同意する。 旅人が珍しいのだろうか、村人達がちらちらとこちらを伺っていた。 「それにしても静かね」 マリアもまたいぶかしげな表情で呟く。 夕食時という一日の中でも活気があってしかるべき時間なのに、なぜか村は奇妙な沈黙に包まれていた。それは、こちらを蔭からひそひそと伺っている村人達の挙動とも関係あるのだろう。 あまり長居したいとは思わない村だった。 だが、ここで宿をとらないとなると完全に野宿になる。 数日ぶりにようやく人家のあるところにたどりついたというのにまた野宿というのは非常に遠慮したい。 仕方ない。そう肯きあい、当初の予定通りここで宿をとることに決めた。 村で一軒だけあった宿屋兼食堂に二つ部屋を取り、三人で食堂のテーブルにつく。 周りのテーブルでは、村人達が黙々と食事をとっている。 薄暗い照明。夕食時だと言うのに奇妙に静まり返っている。 嫌な雰囲気・・・そう思いながらも食事を進めていく。 味は、悪くない。むしろかなりの出来だった。だけど、何かが引っかかる・・・ 三人が三人ともそう思っていた。 三人全員の食事が終わりかけた頃合いを見計らったのだろう。 ラストオーダーをとりにテーブルに近寄ってきた宿の主が、リナの伏せたままになっているグラスをみて一瞬顔をしかめる。 「おや、お客さんは飲まないんですか?」 その台詞にリナが応えるより先に、レオンが口を挿む。 「おやっさん、こいつ幾つだと思ってるんだよ? こんなガキに酒飲ませる訳にはいかないだろう?」 こちらはしっかりと飲んでいるため、ほんのりと頬が紅潮している。 レオンの台詞に、むっとしたリナが、目の前のグラスを返し酒を注ごうとした。 「おいおい!駄目だって。ガキが飲むもんじゃない」 酒瓶を掴んだリナの手の上に手を置いて制する。 「何よ! これっくらいあたしだって大丈夫よ!」 レオンに向かって抗議の声をあげるリナに、主が後押しをする。 「そうですよ。これはうちの村では水代わりに飲むくらいの代物で、アルコール度はそんなに高くないんです。 それに、これはこの村の名産なんですよ。せっかくこの村に寄って頂いたのにこれを飲まれないなんて」 「ほら、見なさい!」 店の主の台詞に後押しされて、勢いよく酒瓶をひったくる。 並々と注いで、くいっと飲もうとしたリナを、 「まずは舐める程度にしておきなさい。 一気に飲むと、弱い酒でもまわるわよ」 今度はマリアがたしなめた。 これには文句を言わずに、おとなしくその言に従う。 香りをかぎ、舌先でちびっと舐め・・・覚えのある味に顔をしかめる。 「これ・・・」 警戒をあらわに宿の主を振りかえると、その背後で人の倒れる音が響いた。 「マリアっ! レオン!」 覚えのある味。それは、リナが昔、姉のルナに仕込まれたことのある、遅効性の痺れ薬の味だった・・・ 「あんた、一体!?」 剣を引っつかみ、宿の主に切りかかろうとする。 「止まれ!」 背後から制止の声。慌てて振り返ると、周りのテーブルで食事をしていた村人達が、マリアとレオンの首筋にナイフを突き付けていた。 「・・・村ぐるみってこと・・・?」 警戒を強めたまま、低い声で問いかける。 「あんた達に、恨みはないんだが・・・こうしないと我々が殺されちまうんだ。 あんたも大人しく捕まってくれ」 「大人しく捕まれなんて言われて、大人しくする奴がいるとでも思ってるの!」 「いや・・・だが、捕まってくれないと、わし達があんたを殺さなくてはいけなくなってしまう。 幾らなんでも、あんたみたいな子供を殺したくはない。だからここは大人しく」 「冗談じゃないわよ!なんなのよ、それ! 大体、誰がこんなこと命令しているのよ! 殺されるってことは誰かに無理強いされているんでしょ!? なんでそんな奴の言いなりになっているのよ!!」 「子供にはわからんさ」 リナの鋭い台詞に、疲れきった口調で村人が返す。 「説明なしで、分かる訳ないでしょう!」 「言っても無駄だ・・・さっさと済ませちまおうぜ」 別の村人が棍棒を片手にじわりとリナに近寄る。 「やめろ!相手は子供だぞ!?」 「分かってるさ! でもしようがないだろう!? この領地内で一体誰があの御方に逆らえるってんだ!!」 絶叫に近いわめき。領地内、という単語にリナが反応する。 「・・・領主が黒幕なの?」 沈黙が食堂内を支配する。 「そうなのね・・・? 領主の命令で身寄りのなさそうな旅人をさらっているっていう訳?」 沈黙が、リナの問いを肯定していた。 「一体ここの領主は何を企んでいるの・・・?」 「・・・・・・さあな・・・いずれにせよ、あんたには一緒に来てもらう」 疲れきった口調で、話を打ちきろうとする。 「なぜ国王に訴えないの? 隣の領の領主でもいい! なんで・・・っ」 「訴えようとした奴はいたさ・・・数日後に死体で発見されたがな・・・」 「なっ!」 「俺達には、これ以外に生き延びる方法はないんだ!」 じわりじわりと村人達の輪が狭まってくる。 魔法で吹き飛ばすことも出来なくはなかった。 だが、ただの村人達を、ある意味被害者でもある者達を問答無用でふっとばすのは多少気が引けた。 そしてそれ以上に。ここで村人達をふっとばすと確実にマリア達をもふっ飛ばしてしまう。 普段ならきちんとよけてくれるだろう。 だが、現在はしびれ薬の所為で身動きがとれなくなっている。 ――どうする? リナが考えあぐねていると、レオンが声を絞り出した。 「逃げろ!」 「レオン!?」 「いいから、お前一人だけでも逃げろ!」 「でも!!」 「リナ、早く!」 今度はマリアが言い募る。 「マリア!?」 悲鳴に近い声を上げて、マリアの瞳を覗き込む。 その目は、逃げて、再起を図りなさい、と訴えていた。 「・・・っ 分かった」 「何を!?」 呆気にとられていた村人達が、我に返って包囲を狭める。 「必ず助けにいくから!」 くるりと身を翻す。 「ああ、待ってる」 レオンとマリアはわずかに笑みを浮かべて肯いた。 ちらりとそれを確認し、村人達の輪に突っ込む。 まさか突進してくるとは思っていなかったのだろう。 村人達に動揺が走る。 それを見逃さず、するりとすり抜け、その勢いのまま、翔封界を唱え、窓を蹴破り、術を発動させてそのまま夜空に飛び出す。 「待て!」 慌てて追いかけるが、既にリナの姿は夜空に完全に溶け込み、村人達が見出すことは叶わなかった。 村を抜け出したリナは、まず隣の領地に属する警備の詰め所に訴えに行った。 だが、案の定、というか。事なかれ主義を発揮した役人達は、自領の問題ではないということもあって、リナの訴えを聞こうともしなかった。 魔道士協会に訴えようかとも思ったが。最寄りの魔道士協会は、歩いて片道一週間以上もかかる。 その上、ここの役所の人間と同じような態度をとられる可能性が高い。 もし、今、この時にでも、二人の身に何かが起こっていたら・・・? 悪い想像ばかりが先走ってしまう。それ故に。二週間以上の時を、低い可能性のために費やす気にはなれなかった。 援護のないまま。単独で調査を進める。 その結果。身よりのない子供や、寄る辺のない旅人のかなりの数が、この領地内で姿を消していることが分かった。 そして。領主が秘密裏に魔道士や呪術士を、それも、金次第でどんなこともやるという悪評のある者ばかりを、何人も雇い入れているということも。 二つの事実は容易に結びつく。おそらく、領主は、何らかの人体実験を、身よりのない人間達を使って行っているのだろう。 調査が進めば進むほど、リナの焦燥感は大きく育っていった。 マリアとレオンは無事だろうか・・・? 背筋に冷たい汗が流れる。 すぐにでも乗り込みたがる心を抑え、領主の持ち家の見取りと、出入りしている人間達を調べていく。 二人がどこに捕らえられているのか。そして、どうすれば上手く脱出できるのか。 寝る間を惜しんで調べ続ける。 そして、事件から5日後。ようやく二人の居場所の目安がついた。 早速乗り込むための手筈を整える。 決行の時は着実に近づいていた・・・・・・ 4へ進む | |||
| 5508 | 失えぬモノ―4 | MIYA E-mail URL | 1/20-03:01 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 - 4 - 樹々の隙間から差し込む月明かりが、石造りの館を蒼白く浮かび上がらせる。 その冷たい姿を、月と星のわずかな光すらも届かないような、うっそう茂った低木の蔭から、リナが気配を殺して見つめていた。 まるですべてのものが息を潜めて気配をうかがっているかのように、辺りはひっそりと静まり返っている。 ――この館が領主の別宅であることと、ここの地下に捕らえられた人たちが集められているということは既に調査済みであった。 後は救出に乗り込むだけである。・・・もっともそれが一番の難関なのだが。 夜の闇の中で、まるで睨みつけるように領主の別宅の監視を続けていたリナの、腹部にあてられた手に力がこもる。 暴飲暴食をしたわけでも、怪しいものを食べたわけでも、冷えるというほど寒いわけでもない。それにもかかわらず、朝方から下腹部がきりきりと痛み続けていた。 柄にもなく緊張しているのだろうか・・・? ちらりとそんなことも考える。 それくらいリナにはこの腹痛の心当たりがなかった。 少しでも痛みを和らげようと、腹部に当てられた手に力を込めたとき、館の裏手から人が近づいてきた。どうやら庭の見回りに来たらしい。 小さく口の中で呪文を唱え、リナの隠れている低木の傍に無造作に近寄ってきた一瞬にキーワードを発動させる。 攻撃呪文ではない。本番の前に騒動を起こす気はリナにはなかった。従って単なる眠りの呪文である。 あっさりと引っかかり、どっと倒れ込んできたのを低木の蔭へと引きずり込む。 正体なく眠り込んでいる男の服をはぎ取り、下着姿のまま手際よく縛り上げると、奪い取った服を自分の服の上からがぼっとかぶる。 見回りの服は、小柄なリナにはかなりぶかぶかだったが、魔道士姿よりは目立たない。 マントを袋にしまい、帽子を深くかぶり、何気ないそぶりで館へと近寄っていった。 薄暗く急勾配の階段を足音を忍ばせて降りていく。 リナの性分からいえば、こんな慎重な方法は好むところではなかった。 だが、二人が捕らえられている空間が地下であるということと。 領主がかなりの数の暗殺者を抱え込んでいるらしいという調査結果が、リナの行動を慎重にさせていた。 気を抜けば響き渡りそうになる足音を慎重に抑える。 やがて―― 細長い階段が終わり急に視界が開けた。薄暗いことには変わりないが、それなりの広さがある。そして、その空間をぐるりと囲む壁には、いくつもの扉がついていた。 しばらくの躊躇の後、階段のすぐ脇の扉に近づきそっと開ける。 とたんにむっとした腐敗臭が鼻についた。 吐きそうになって口元を押さえる。 なんとか吐き気を抑えることに成功し、恐る恐る覗き込む。部屋の奥の方には何かが山のようにつまれていた。 わずかにふるえる足を叱咤して奥に進む。近づくにつれ強くなる腐臭。 ――その山は、かつて人間だった者達のなれの果てだった。 沢山のパーツに切り分けられている者、心臓の辺りにぽっかりと穴の空いている者。 形状は様々だったが、その全てが既に死んでいるということだけは明らかだった。 出来ればそのまま外に飛び出したかった。普段気丈で通しているリナですら逃げ出したいと思うほどに、それらは正視に耐えがたいものだった。 だが、懸命に一つ一つ調べていく。 しばらく経って。 リナは半ば麻痺した感覚のまま、その場に座り込んだ。 なかった・・・ 胸の奥から安堵のため息をつく。 そう。その山の中に二人の身体はなかった。 少なくともまだ最悪の事態にはなっていないらしい・・・ それだけで、泣きたくなってしまう。 放心していたのはほんのわずかな時間だっただろう。 じきに頭を振って立ち上がる。 生きているのなら。可能性があるのなら。まだやることはある。 その部屋を出、別の扉に向かった。 その部屋には人はいなかった。 大きな魔法陣と幾つかの魔道具。さらに拘束具と幾ふりもの剣。血で錆び付いていた物も禍々しいまでのきらめきをはなっているものもあった。 そして・・・床に染みついたおびただしい血痕。 どうやら、ここで魔道の実験を行っているらしい。そして・・・あの沢山の死体を作り上げたのも・・・ここなのだろう。 きゅっと唇をかみしめて扉を閉める。 隣の扉を開ける。 おそらくはここの番人達だろう。 何人ものむさ苦しい男達が酒瓶を抱えて高いびきをかいていた。 リナは皮肉げな笑みを浮かべると、眠りの呪文で更に深い眠りを与えてやった。 その隣の部屋には旅人の背負い袋や、長短様々な剣が転がされていた。 どうやらさらってきた人達の荷物を放り込んでいるらしい。 ふっと視線を動かした先に見覚えのある物を見つける。 マリアとレオンの武具と荷物袋だった。 どうやら、ここに運び込まれたのは間違いないらしい。 二人の荷物と剣を手に取り部屋を出る。 さらに隣の扉の前にたつ。 幾人もの人の気配。 剣を構えつつ、扉を開ける。 そこは、他の部屋と違い奥に向かって通路が延びていた。 慎重に足を踏み入れる。 左右で人々のうめき声。 ちらりと視線を動かすと、老若男女様々な人間が閉じこめられていた。 唯一つ。憔悴しきった顔をしているということだけが共通点だった。 どうやら、マリア達のように領地内で捕らえられた人々のようである。 牢内の人々の顔を確認しながら奥へと進む。 後少しで行き止まり、というところまで達した時に、左前方で格子をたたく音が響いた。 視線を転じる。 「リナ!」 抑えられた、だが聞き違えようのない声。 「レオン!・・・マリアは!?」 「私はここよ」 向かいの牢から声があがる。 「マリア・・・! よかった、無事だったのね!?」 ようやく。強ばっていたリナの顔に笑顔が浮かんだ。 リナから剣を受け取ったレオンが、その剣で扉の鍵を壊す。 レオンの長剣は実は魔法剣で、キーワードを唱えると、普通の剣の十倍もの切れ味に変わるという優れ物だった。 リナは何度も譲ってくれとねだっているのだが、その度にレオンにきっぱりと断られている。 続けてマリアの牢の扉の鍵も壊す。 久しぶりの再会に、マリアとリナは笑顔で抱擁を交わした。 隣でレオンが羨ましそうな顔をしていたりするが、二人とも気づかない。 「どうやら、ここの領主、永遠の命の研究をさせているらしい」 レオンが顔をしかめて説明する。 「魔道士どもが笑いながら言っていたよ」 嫌悪感をあらわにする。 ・・・それで・・・あの死体の山、か・・・ リナもまた、レオンの台詞にここで見た光景の根元を解して、顔をしかめた。 永遠の命・・・すなわち不死の呪文。 その研究は一般に忌むべきとされている。 その理由は至って簡単。 呪文が成功したかどうかを試すにはどうすればいいのか? そのことを考えれば自然に理解できる。 すなわち。殺してみて、死ななかったら成功、死んだら失敗。 ここの魔道士達は、領主の庇護の元で躊躇うことなくそれを実行したのだろう。 捕らえてきた人たちに呪文をかけ。その上で効果の有無を試した。 その結果が、あの死体の山なのだろう・・・ 吐き気が、した。 「さっさとここを出ようぜ。ここを出て・・・ここで起こっていることを世間に知らしめないと」 レオンが二人をせかす。 「そうね。でも、その前に・・・」 同意しつつ、マリアが他の牢内を見る。 「・・・ああ、そうだな・・・」 その視線の意味に気づいたのだろう。 レオンが首肯して、他の牢へと足を運んだ。 片端から鍵を壊していく。 「こっちよ!」 リナの先導に従い、地下からの脱出を図った。 敷地の外へ向かって走り続ける。 恐らく、リナとマリアとレオンの三人だけなら、何の問題もなく逃げ切れたのだろう。 だが、彼らには多くの非戦闘員が同行していた。 ともすれば座り込みそうになる同行者達を、叱咤しながら先に進む。 だが、それにも限界が来る。 予定よりも全然進まない行程に焦燥していると、後方から追っ手が迫ってきた。 「リナ! 魔法を中心に組み立てろ!」 レオンが声を張り上げる。 リナは、それに肯き、広範囲の攻撃呪文を中心に戦闘を組み立てていく。 「炎の矢!」 呪文に従い、炎の矢が闇を裂き追っ手に向かって突き進む。 「火炎球!!」 爆発した火炎に、何人もの追っ手が吹き飛ばされ、あぶられた。 「こっちよ!」 マリアが懸命に同行者達を誘導する。 ――それもつかの間。 やがて、一人また一人と、散り散りになっていった。 「炸弾陣!」 何度目かの呪文が炸裂する。 ・・・威力が弱い! 炸裂させながらも、リナは呪文の威力がいつもよりも数段落ちていることに歯がみをしていた。 なんで、こんな! その上。今朝方から始まった腹痛が、今や耐え難いまでに大きくなっている。 「爆裂陣!」 威力が弱いながらも、なんとか数人を吹き飛ばす。 だが、同時に呪文の炸裂音と爆裂光が追っ手の目を引きつけてしまっていた。 リナの後方から低い詠唱音が響く。 ――この呪文は!? 焦るリナに予断を与えず・・・ 「地霊咆雷陣!」 リナの全身に電撃が走る。 「くぅっ!」 短く悲鳴を上げ・・・そのままリナの意識は闇に落ちていった・・・ 5へ進む | |||
| 5509 | 失えぬモノ―5 | MIYA E-mail URL | 1/20-03:01 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 - 5 - ・・・たーん・・・ぴたーん・・・ ―― どこか遠くで水の滴り落ちる音がしている・・・ 朦朧とした意識の中。ぼうっとその規則正しい音に耳を傾ける。 ・・・ぴたーん・・・ぴたーん・・・ ―― 雨漏りがしているのかな・・・だったら直さないと・・・ ・・・でも、雨なんか降ってたっけ・・・? たわいもないことを考えながらうっすらと瞼を開ける。辺りは薄暗く、まだ夜のように思えた。 全身は軽い倦怠感に包まれ、眠りの精はまだ離れていきそうにない。 ―― このまま、眠っていたいな・・・ そう思い、再び瞼を閉じる。 ・・・ぴたーん・・・ぴたーん・・・ ―― なんだかまだお腹が痛いな・・・冷えちゃったのかな・・・ ・・・そう言えば毛布・・・けっとばしちゃったのかな・・・ 突然身体を襲った冷気に、ぶるっと身震いをする。 毛布を取ろうとし・・・手が自由に動かないことに気づく。 ―― あれ・・・? 寝違えちゃったのかな・・・? そこまで考えて。リナはようやくはっきりと目を開けた―― 「ようやくお目覚めですか?」 見知らぬ男が腕組みをしたままリナの正面に立っている。 ―― ・・・見知らぬ男・・・? はっとして現状を確認しようとし・・・がしゃんという耳障りな金属音が薄暗い室内に響く。その音で、リナは初めて、自分が鎖につながれた状態で拘束されていることに気づいた。 狼狽しつつも、きっと目の前の男を睨みつける。 その視線を、男はまるで獲物を見つけた豹のように目を細く狭めて受けとめた。 「逃亡の手引きをした者がいると言うから一体どんな人物かと思えば・・・」 目を細めたまま喉の奥で笑う。 「貴女のような可愛らしいお嬢さんにしてやられたとはね・・・」 楽しげな声音。だが、リナは、この男の目が決して笑っていないことに気づいていた。 「我々もなめられたものだ・・・」 そっと顎にふれてくる。その指の冷たさにリナの身体にふるえが走った。 だが、それも一瞬のこと。すぐに双眸により強い意志を込めて男を睨みつける。 「なるほど・・・見かけ通りのお嬢さんではない、ということですか・・・」 手を離し、リナを上から下まで眺める。 身体の奥まで見透かすような、冷たい視線。 その視線が、下半身にさしかかった辺りで固定される。 「おや? 怪我をしていたのですか?」 男の台詞に。驚いてリナも自分の下半身を見る。 股下から太股にかけて、ズボンが赤く染まっていた。 「え・・・?」 きょとんとしたリナの顔を一瞥してから、おもむろにリナの血で汚れたズボンに手を伸ばす。 「何をっ!?」 リナの抗議を意に介さず、一気に下まで引きずりおろす。 その下に隠されていたショーツも、血で赤く染まっていた。 「なるほど・・・あの日でしたか。 手際の割には魔法の威力が小さいとは思っていましたが・・・道理で・・・」 得心したという顔つきで頷く。 「・・・あの、日・・・?」 リナが呆然としたまま呟く。 その様子に感じるものがあったのだろう。 「おや・・・もしかして、初めてなのですか?」 男の台詞に、リナの頬がかっと紅く染まる。 「なるほど・・・そうですよね。分かっていたら、こんな状態の時に決行したりはしなかったでしょうしね」 「・・・・・・」 「でも、そうですか。では、おめでとうございます、と言った方がいいのでしょうかね?」 「・・・何を?」 「これで貴女も『女』になった訳でしょう? お祝いの料理でも用意させましょうか?」 一見何の脈絡もない男の台詞に訝しげな表情をつくるリナに向かって、にこやかに言葉をつむぐ。もっともこの状況では場違いなことこの上なかったが。 「・・・『女』・・・?」 「ええ。何でしたら、もう一段階大人へのステップを進めてさし上げましょうか?」 「―― 何を!?」 「まあ、相手が私ではご不満かもしれませんが」 再び身体に触れてくる。 「触るな!!!」 途端に走る嫌悪感に、全身で男を拒絶する。男はそれを小気味よさそうに眺めてから。 「まあ、そうですね。血塗れの相手を抱くのはあまり気持ちいいものではありませんし。 今回は保留ということにしておきましょうか」 「一生ごめんよっっ!!」 「それは残念ですねぇ・・・これでも女性には優しい方なのですけどねぇ」 大げさに肩をすくめる。更にリナが言い返そうとすると。 「まあ、おふざけはこのくらいにして」 男が急に声音を変える。 「話を、聞きましょうか」 突き刺すような眼差しでリナの瞳を覗き込んだ。 バリンっ 電撃の呪文の炸裂音が室内に響き渡る。 それと同時に、リナの身体が大きくのけぞった。 大きく開けられた口からは、声にならない悲鳴が漏れる。 そのまま気絶しそうになるのを強引に引き起こされる。 「――貴女の背後にいる組織は何です?」 「・・・そんなもの、ないって言っているでしょう・・・っ」 男の問いに、掠れた声を喉の奥から絞り出す。 「それでは、連れの名は? 貴女一人で行動していたわけではないでしょう?」 「・・・だから・・・っ、あたしが勝手にやったのよっ・・・」 ――はじめは、ただの尋問だった。口調はともかく内容は穏やかではなかったが、とりあえずは普通の尋問だった。 だが、リナは脅しや誘惑に屈したりはしなかった。 次に来たのは薬だった。恐らくは自白剤の類だったのだろう。 しかし、リナは幸か不幸か姉によって薬や毒には慣らされていた。 その強い意志は薬に屈したりはしなかった。 ・・・薬ごときに屈したと姉に知られたら、どういうお仕置きがあるのか分からない!と怯えた所為もあっただろうが。 そして、さすがに業を煮やしたのだろう。ついに直接手段に出てきた。 リナは、もう、あれから何日経ったのか、何度雷撃を受けたのか。すでに分からなくなっていた。 質問の内容はいつも同じ。 所属と目的と同行者の名前。 ――その3点だった。 所属なんて最初からない。ないものは答えようがないのである。 だが、相手には、それが通じなかった。 人間は、時として自分の欲しい答え以外は受け付けない。 男にとって、フリーの人間が己の正義感でこの手のことに首を突っ込むなどという話は絶対にあり得ないことだった。 同行者の名前は、明かせるものではなかった。 もし名前を明らかにしてしまったら、あの二人にも被害がいく。 打ち明けても大した被害がないというのなら。代償が、お金とか見栄とか多少の労働とかで済むのなら、とうの昔に打ち明けていただろう。 リナだって痛い思いなどしたくはない。 だが、今回は明らかにそんな生ぬるいものではない。命が、かかっていた。 それが分かっていて、どうして打ち明けられただろう。 リナにとって、マリアとレオンの二人はかけがえのない存在なのだ。 第一、白状したところで助かる保証などない。 用済みとしてその場で殺されるか。不死の魔法の実験台にされて殺されるか・・・ おそらく、そのどちらかだろう・・・ そのことが、リナには分かっていた―― 「本当に忍耐力のある人ですね・・・ここまで粘った人は初めてですよ」 男がしみじみと感嘆の声をもらす。 リナは、それをきっと睨みつけることで応えた。 ここで初めて気づいた時から、ずっと変わらない眼差し。 身体を拘束されても、どれほど痛めつけられても。 決して屈することのない、強い意志を宿した瞳。 「本当に・・・いい目をしていますね・・・」 そんなリナの目にそっと触れる。 リナは男の指の感触にびくりと身じろぎし、だが更に瞳に力を込める。 男はそれを冷ややかに眺めてから、 「・・・本当は女性の身体を傷つけるのは私の好むところではないのですけどね・・・」 おもむろに薄刃の小刀を取り出す。 「いつまでもその目で睨まれている・・・というのも・・さすがに飽きてきましたし・・・」 「・・・何を・・・っ?」 男の淡々とした口調に、リナは冷たい水が背筋を流れたような嫌な感覚を抱き全身をこわばらせる。 「いえね・・・こうすれば見ないですむかな・・・と」 特にオーバーな動作はなかった。 わずかに手を動かしただけ。 そして――鈍い光を宿した刃がゆっくりとリナの左目に吸い込まれていった―― 「あ・あああ・・・あああああ!!!」 リナの絶叫が室内にこだまする。 顔の左半分が熱くて熱くて熱くて。焼けるような感覚の中ただただ絶叫する。 そして・・・遠ざかる意識の中で・・・懐かしい声を、聞いたような、気が、した・・・・ 6へ進む | |||
| 5510 | 失えぬモノ―6 | MIYA E-mail URL | 1/20-03:02 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 - 6 - ――脱出行は、困難を極めた。 途中までは、追手も『捕縛』を目的としていたため、まだ付け入る隙があった。 だが、マリアやレオンによる反撃で向うの被害が無視できないものとなると、目的が『捕縛』から『抹殺』へと変えられた。 そうなると、もう、手に負えなかった。 懸命の努力の甲斐もなく、一人、また一人と殺されていった。 はぐれてしまったものもいた。 彼らの末路は・・・決して明るいものではなかっただろう。 そして、ようやく追手を振り切った時には、十数人はいた脱出者達は、マリアとレオンの二人だけになってしまっていた。 そう。二人だけ、だったのだ―― その事実にマリアとレオンは戦慄した。 他の脱落者は、いい。正確に言えばよくないが、仕方ないと割り切ることが出来る。 だが、リナのことを、そんな風に割り切ることは出来なかった。 二人にとってリナは、大切な妹分だった。自分達以外で初めて、守りたいと思った存在だった。 しかも、リナは自分達を助けるために危険を承知で渦中に飛び込んできたのだ。 そのリナが、今この場にいない―― 二人は心臓を鷲づかみにされたような。そんな恐怖感を味わっていた。 だがそれでも、すぐに逆戻りをすることは出来なかった。 今戻るということは、共倒れを意味していた。 確実にリナを救い出すには、機会を待つ必要があった。 だがその間は、まるで地獄、だった。 もしかしたら、今この瞬間にでも奴等の手にかかってしまっているのかもしれない。 そう思うと、生きた心地がしなかった。 逸る心を押さえて、ひたすらチャンスを待った。ただ待つだけでなく、隙が出来るように懸命に誘導した。 そして。 ついにその時がやってきた。 慎重に、かつ、最速に。二人は行動を開始した―― 「リナっ!!」 思わずマリアが悲鳴を上げる。 ようやく辿り着いた一室で。 捜し求めていた少女が、左目に薄刃の小刀を刺した状態で気絶していた。 許せなかった。許せることではなかった。 身体の奥から怒りが湧きあがる。 「貴様、よくもっ!!!」 怒りに任せて、レオンが男に掴みかかろうとする。 男は一瞬驚いた顔を作ったが、すぐに形勢の悪さに気づいたのだろう。 殴りかかる隙すら与えずに、別の扉からするりと消え去った。 慌てて追いかけようとしたレオンをマリアが引き止める。 「レオン!早くリナを!!」 リナの左目から小刀を抜き、布で固く縛りつけるという作業を済ませたマリアが青ざめた顔でレオンを急かす。 リナを治療できる場所へ移動させること。 それが最優先だと判断し、レオンはリナを抱きかかえて走り出した。 リナの体は、泣き出したくなるくらいに、軽かった―― 「う・・・ん・・・」 背中に柔らかい感触を感じながらリナは目を開いた。 ――なんか妙に視界が狭いような・・・? 一体・・・? ぼんやりとそんなことを考えていると、年老いた老人の顔が急に接近してきた。 ――な? 慌てて顔を後ろへ逸らそうとし。頭の下に枕が置かれていることに気づく。 ――ベッド・・・? まるで何年ぶりかのような感触に。とっさに現状が把握できずに混乱する。 「ここは・・・」 「わしの家じゃよ。 全く急に転がり込んできおってからに・・・」 無意識にこぼれたリナの台詞に、ぶつぶつと文句を言いつつも律義に応える。 「あの・・・?」 とりあえず、今までいた部屋とは違うということだけは確かだった。 だが、何故部屋を移されたのか、そもそもここはどこなのか。リナには皆目見当がつかなかった。 答えを知っていそうな人物は目の前に一人いたが・・・悪人には見えないのだが、いかにも偏屈そうな老人だった。 素直に答えてくれるかどうか、甚だ疑問だったが、分からないまま悶々とするよりはいい。 そう判断して、再度問いかけようとすると。 「じーさん、薪割り終わったぜ」 ばたん、と扉を開けて懐かしい顔が中を覗き込んできた。 「レオン!?」 リナが目を丸くして呼びかける。 その声を聞いて。 「リナ? 目、覚めたのか?? もう大丈夫なのか!? どっか痛いところは」 「いや、あの、それよりここは? 何でレオンが」 起きあがろうとしたリナを、レオンが素早く駆け寄っておさえる。 「あああ、まだ起きるんじゃない。ずっと意識がなかったんだから。それより何か欲しいものとかあるか?」 「・・・少しは黙らんかい」 リナしか目に入っていないレオンに、老人がじと目で突っ込むがいっこうに気づかない。 「そうだ。ずっと何も食べてなかったんだもんな。腹減ったろ? 食いもん持ってくるよ。何がいい? そうだ、でっかいイノシシを捕まえたんだ。それで燻製作ったからそれでも持ってくるよ。ちょっと待って――」 ばこん! 盛大な音を立てて、分厚い本がレオンの頭にぶつけられた。 「な、何を!?」 頭を押さえながら、本で殴ってくれた老人の方を見る。 「あほか。ずっと物を食べてなかった人間にいきなり燻製を食わせてどうする? それより、とっとと連れを呼んでこい。そっちの方がまだ話が通じる」 「・・・え? あ、ああ。そうか。そうだな、早く教えてやらないと。ちょっと待ってろよ、リナ!」 ばたばたばた・・・ 廊下を走り去る音が響く。慌ただしいことこの上ない。 呆然とそれをながめていたリナの横に、老人がでんと座り込んだ。 「ふん。うるさい奴だ。・・・で? 気分はどうだ?」 レオンに対する愚痴を言った後、顔を引き締めてリナに問いかける。 「え?」 とっさに意味が分からず、間の抜けた声を出すリナに、むすっと顔をしかめてから問い直す。 「気分はどうかと聞いている。吐き気とか目眩とかあるか?」 「あ、いえ、特に」 「熱は」 おもむろに手を伸ばし、リナの額にふれる。ひんやりとした感覚。 「もう、ほとんどないな」 「あの」 あなたは誰で、ここはどこか。そう口にする前に。 「わしは魔法医ではないのでな。わしにはその目は治せん。それを治すときは他をあたってくれ」 老人から言葉が投げかけられた。 そして。リナは、迂闊なことに、その言葉で初めて自分の視界が異様に狭いわけを悟った。 自分が気を失う前に、何をされたのかも。 「あいつは・・・っ?」 右目に力を込めて老人に詰問する。それに対して老人が答える前に。 「リナ!」 マリアが部屋に駆け込んできた。 「リナ、リナ、リナ・・・っ」 額に、頬に、右目の瞼に。マリアのキスの雨が降る。 それをくすぐったそうに目を細めながらリナは受け止めた。 「リナっ!」 ぎゅうと抱きしめられる。その腕の中で、リナはマリアが泣いているのに気づいた。 「マリア・・・?」 リナの呼びかけに、マリアの腕の力が込められる。決して離しはしないとでもいうように。 「マリ・・・ちょっ・・・苦しい・・・」 マリアの締め付けに、さすがに息苦しくなってリナが抗議の声を上げる。 「ご、ごめんっ。つい・・・」 あわててマリアが離れる。ほうっと息をついて顔を上げると、泣き笑いをしたマリアの向こうに、呆れた顔をした老人とどことなく羨ましそうな顔をしたレオンが見えた。 「全く、近頃の若いもんは、慎みというものがなくっていかん」 リナと視線が合うと、ぶつぶつ言いながらも部屋の外に出ようとする。 「先生?」 驚いたマリアの呼びかけに。 「積もる話もあるじゃろうからな。邪魔者は退散するさ。 だが、患者をあまり興奮させるんじゃないぞ? それから、夕飯の支度も忘れるなよ」 釘を差して去っていった。 「ありがとうございます」 その背にマリアが礼をする。レオンも又、軽く会釈をした。 ぱたん。 部屋の扉が閉まる。 しばしの沈黙。 「・・・あの人は?」 まずリナが、当たり障りのない、だがリナ的には重要な質問をした。 「ああ・・・偏屈爺さんだよ」 「レオン!」 レオンの単純明快なコメントに。マリアがたしなめてからきちんとした説明を始める。 「お医者様よ。・・・まあ、レオンの言うように人付き合いが苦手で、人里離れたところで一人暮らしをしているけど。腕はとてもいいのよ? 私とレオンも、昔お世話なったことがあるの」 昔を思い出したのだろう。どことなく懐かしそうな表情をする。 「大丈夫。信頼できる人よ。それにここは本当に人里離れているから、安全だし」 にこりと笑う。 「まあ、爺さんが偏屈で助かったよな」 「レオン!」 「本当じゃないか」 「あんたって子は、あれだけお世話になったっていうのに」 「その分ちゃんと働いてかえしたぜ」 「そういう問題じゃないでしょう?」 久しぶりに見る姉弟喧嘩に。リナは緊張が抜け落ちていくのを感じた。 ここは、あの冷たい場所ではない――。ようやくそう実感できた。 気分が和らぐ。 「マリア達が助けてくれたのね?」 「ん? あ、ああ」 「そう。ありがとう」 にこりと笑って礼を言う。その笑顔を見て、レオンが何故か紅くなった。 「レオン君? な〜に赤くなっているのかな?」 マリアがいたずらっ子の表情で突っ込む。 「な? 別に赤くなってなんか!」 「ん〜?」 そのやり取りに、リナが笑い出す。それは二人にも伝染し。 ひとしきり部屋の中に笑い声が響き渡った。 ようやく笑いの渦が収まった後、リナが表情を改める。 「それで・・・あの男は?」 その台詞に。マリアとレオンの表情も硬くなる。 一瞬顔を見合わせた後。レオンが口惜しそうに言葉を絞り出した。 「すまん。逃げられちまった・・・どうやら、暗殺と尋問の顧問として雇われていたらしくって・・・逃げ足が速いったら・・・ こっちもさっさと撤退する必要があったし。深追いが出来なかったんだ」 「・・・そう。仕方ないわね」 「リナ?」 「きっと、いつか会うこともあるでしょう。その時借りを返せばいい」 きゅっと唇をかみしめて言い切る。 「そうね」 それを見つめながら、マリアが静かに頷いた。 「そこから逃げて、まっすぐここに来たの?」 話を切り替える。 「ん? 一応追っ手をまくために脇道を使ったけどな。ほとんどまっすぐ来たんじゃないかな」 「・・・誰かさんは直線コースを進もうとしていたけどね」 「・・・マリアだって、切れかかってたじゃないか」 「・・・誰かさんほどじゃないわよ」 また言い合いを始める。 放っておいたらいつまでも続きそうなそれを。リナの一言が中断させる。 「・・・それで・・・他の脱走者達はどうなったの・・・?」 半ば以上答えが予想できるからこそあまり聞きたくはなかった問い。 かといって聞かずにおいておくわけにもいかない。 案の定、マリアとレオンは言いにくそうに言葉をつまらせた。 「・・・駄目だったの・・・?」 深いため息と共に。マリアが答える。 「分からない。もしかしたら助かった人はいたかもしれない。 ただ・・・私たちが追っ手を振りきったときには、その場には、私とレオンしかいなかったわ・・・」 「そう・・・」 リナも又重い息を吐く。部屋の中に気まずい沈黙が落ちた。 「・・・とりあえずは、自分の怪我を治すことだけ考えなさい」 その沈黙を振り切るように、マリアが優しくリナを諭す。 「後のことは怪我が治ってからよ」 レオンもマリアの後ろで大きく頷いている。 そんな二人を順に眺め。 「そうね」 リナも小さく頷いたのであった。 intervalへ進む / 7へ進む | |||
| 5511 | 失えぬモノ―インターバル | MIYA E-mail URL | 1/20-03:03 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 ― interval ― さらさらさら・・・ 春の小川が、涼やかな音と共に流れている。 日差しを乱反射させてきらきらと煌く水面には、浮きが二つ。 さらにその先には、恐らく髪の毛で作られたのだろう。黒と栗色の糸が繋がっている。 上空では太陽がそろそろ中空にさしかかろうとしている。 昼前のぽかぽかした、気持ちのよい一時。 このまま睡魔に身を任せたら、さぞかし気持ちがいいだろう・・・ そんな、穏やかな陽気の中で。 一人の少女と一人の青年が魚釣りに励んでいた。 どうやらこの二人は、睡魔より食欲の方が大きいらしい。 既に魚篭の中には10匹以上の魚がいるのだが、まだ更なる獲物を求めて糸を水中に垂らしている。 もっとも、おしゃべりが飛び交っている辺り、それほど集中しているわけではないようだ。 さらさらさら・・・ 小川の流れは、穏やかに、春の陽光と二人ののどかな会話を反射させていた―― 「・・・へぇぇ、レオンにマリア以外に頭が上がらない人っていたんだ?」 楽しそうな少女の声が水面ではじける。 その口調に、多少むっとした感じで 「どういう意味だよ? それじゃまるで、俺がマリアには頭が上がらないみたいじゃないか?」 青年が反論する。 「上がってないじゃない」 あっさりと言いきられ、青年が絶句する。 「でも、いいの?」 「・・・・・・何が?」 「その人、この近くに住んでいるんでしょう? 会いに行った方がいいんじゃないの?」 続く台詞に合点がいったのだろう。納得顔になってから、 「ああ、そのことか。別にいいよ」 こちらもあっさり言いきる。 「――なんで?」 だが、当然のことながら少女は納得しない。 「なんでって。別に用事がある訳でもないし」 さらりと断言された少女は、しばらく青年の平然とした顔を見つめ。 ふっと意地の悪い笑顔を浮かべる。 「ふふ〜ん・・・照れくさいんだ?」 「・・・・・・あ?」 「子供扱いされるところを見られたくないんでしょう?」 ふっふっふ、という笑いに。 「なっ! そんなことあるわけないだろう!」 青年が慌てて否定する。 「照れない、照れない」 だが、少女は青年の必死の反論を右から左へ受け流して笑いつづける。 「だぁああ!違う!!」 赤くなって否定している様をしばらく楽しそうに見つめた後。 「でも、なんだかんだ言って、その人のこと好きなんでしょう?」 笑いをおさめて唐突に問いかける。 「〜〜〜っ。・・・そういうことは聞かないもんなんだよ!」 少女の問いかけに。青年は赤くなって絶句した後、むすっとこぼす。 少女は、青年の思いがけない真面目な顔にきょとんとした後。 「・・・なんで?」 素直に問い返す。純粋な問いかけに、青年は困ったように頭を掻き、 「・・・それが礼儀ってやつなんだよ」 教え諭すように言葉を返す。 「・・・そうなの?」 「ああ。例え仲間でも、心の中や、プライバシーには干渉しちゃいけないんだよ」 「・・・わかった、ごめん」 少女の素直な謝罪に。逆に青年は驚いて言い返す。 「なんだ。珍しく素直だな」 「・・・・・・どういう意味よ?」 あまりといえばあまりの台詞に。少女がジト目で青年を睨む。 「あー・・・いや、別に、そのなんだ・・・」 「・・・・・・姉ちゃんや父ちゃんも、人様のプライベートに口だしはするもんじゃないって言ってたからね」 「あ・・・なんだ・・・」 「なによ?」 「いや、別に・・・」 実は青年は、少女が珍しく素直に自分の言うことを聞いてくれたと思い、少し感動していたりしたのだが。・・・続いて語られた少女の台詞にあっさり撃沈された。 もっともすぐに心を切り替えたらしい。しばらくの沈黙の後。 「・・・いい姉ちゃんや父ちゃんなんだな」 浮きを眺めながら、ぼそりと呟く。 そんな青年の台詞に。 「当然よ! あたしの姉ちゃんや父ちゃんだもん!」 少女が胸を張って応える。その様子に、青年も口元をゆるめた。 少女は更に家族自慢をしようとし・・・ふと決まり悪そうに視線を泳がす。 「あー・・・えっと・・・・・・」 その様子に、青年は少女が既に両親のいない自分に気を遣っているのだと気づき、 「・・・大丈夫だよ」 少女に笑顔を向ける。 「確かに、俺達はずっと二人っきりだったけどな。 でも言いかえれば、ずっと一人っきりじゃなかったってことだし。 それに・・・まあ、普通の家庭ってのに憧れてた時はあったけどさ。 俺もマリアもいつまでも親を恋しがる子供じゃないし・・・ それに今はリナもいるしな♪」 心からの笑顔と共に、少女の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。 少女は、やや乱暴な青年の手によって乱れた髪をなおしてから。 「しょーがないから一緒いてあげる!」 笑って力強く宣言した。 「こいつ!」 その宣言に。青年が嬉しそうに少女を小突く。 少女は青年を小突き返した後、ふと何かを思いついたような悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「それに、レオン達にはちゃんと『お父さん』もいるしね?」 「・・・あ?」 思いがけない少女の台詞に、青年がきょとんとした表情になる。 「そのお医者さんよ? マリア以外で唯一頭が上がらないっていう」 「・・・って、だからっ別に頭が上がらないってわけじゃあ!!」 「上がってないじゃない?」 笑いつづける少女に対抗しようと立ち上がりかけ・・・ 「あ、ひいてる、ひいてる!」 少女の指摘に、視線を釣竿に戻す。 釣竿の先につながる糸の先で、浮きがぴくぴくと引かれていた――・・・ 「さてと。そろそろいいかな」 魚篭の中の魚を覗きこみながら青年が呟く。 「そーだね。結構とれたし。何とか足りるんじゃない?」 同じように覗きこみながら、少女が同意する。 「お前、よく食うからな〜」 青年のぼやきに。 「育ち盛りだもん!」 少女が胸を張って応える。 「お子さまだもんな」 にっと笑って言われた青年の台詞に。少女は一瞬むっとした顔をした後。 「ひがまない、ひがまない、おじちゃん♪」 意地の悪い笑顔で突っ込み返した。 「おじちゃんって、誰のことだ・・・?」 「ん〜誰のことでしょう?」 「・・・こいつ!」 「あはは!」 引きつった青年の声を聞き流しながら、少女は軽やかに走っていく。 「おい、待てよ!」 「早くしないとマリアに怒られちゃうよっ?」 「・・・・・・げっ」 少女の一言に。青年もまた走り出す。 「ほら、早く!」 「分かってるってっ・・・」 そのおもてに真っ青な空と真っ白な雲を映した川の流れに。 二人の笑い声が吸い込まれて――・・・・・・ ◇◇◇ 「レオンっ!!」 耳音での怒鳴り声に、慌てて目を開ける。 ・・・えっと・・・? きょろきょろと周りを見るレオンに。 「何をきょろきょろしている?」 老医師が、相変わらずむすっとした声で話しかけた。 ――夢か。それにしても、随分と懐かしい・・・って、それほど前のことでもないか。 昔の出来事を夢で見ていたのだと気づく。昔といっても半年も経っていないのだが、最近色々とあったためにかなり昔のような感じがしていた。 その事実に苦笑していると、老医師が怪訝そうにレオンの顔を覗きこんできた。 「・・・なんだ? 調子でも悪いのか?」 ――そのお医者さん。レオンのお父さんみたいなものでしょう?―― 老医師の問いかけに。レオンの脳裏に、唐突にリナの台詞がよみがえる。 思わず、どういう態度をとればいいのか分からなくなり、そのまま固まってしまう。 「・・・そんなわけないか。お前が風邪をひくとも思えんしな」 「・・・じーさん・・・?」 どういう意味だ!と反論する前に。 「目が覚めたんなら、さっさと働かないか!」 老医師の一喝がレオンに落ちる。 「わっ、わかってるよっっ!!」 慌てて叫び返すと着替えを始める。 着替え終わる頃には、既に老医師の姿はどこにもなかった。 それを確認して脱力する。 すると、まるでそれが見えていたかのように。 「さっさとせんか!!」 廊下の奥から、怒鳴り声が響いてきた。 「分かってるってば!!!」 怒鳴り返して勢いよく、部屋を飛び出した――・・・ ――そのお医者さん。レオンのお父さんみたいなものでしょう?―― レオンの頭の中でリナの台詞がリフレインする。 ――こんなのが父親なんて、絶対に、絶対にっ、ごめんだっっ!!! よく晴れた、穏やかな朝の空に。 レオンの絶叫が響き渡ったのであった――・・・・・・ fin. 7へ進む | |||
| 5512 | 失えぬモノ―7 | MIYA E-mail URL | 1/20-03:03 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 - 7 - 「痛い、痛い、痛いってば!!」 ばりばりと包帯をはがす老医師にリナが抗議の声を上げる。 「まったくうるさい娘だな。ちっとは大人しくできないのか」 リナの抗議は意に介さず、音を立てて包帯をはがし続ける。 「仕方ないじゃないっ 痛みに弱いんだからっっ!」 リナの右目には、既にうっすらと涙がたまっている。 「ふん。痛いのが嫌ならこんなに怪我を作るんじゃない」 「好きでつくったんじゃないっ」 一方、マリアとレオンの二人は、半泣き状態のリナと、抗議の声にはまるで耳を貸さずにばりばりと包帯を替え続ける老医師の様子を、少し離れた位置から眺めていた。毎日繰り広げられている光景とはいえ、あまり目に楽しいものではない。……ない筈なのだが、何故かこの傍観者たちは、老人と孫がじゃれているのを見るような、なんとなく微笑ましい気分に駆られていたりした。 「・・・リナは普段は少しの傷でも痛がってわめくのに、ある程度以上傷が重くなるとかえって黙るからなぁ〜・・・」 何気なしにこぼれたレオンの呟きに 「痛みに弱いと言っている割に、意志で我慢しちゃうわよね」 にぎやかに繰り広げられている治療風景を見つめたまま、マリアが同意する。 それを聞きつけたのだろう。 「後ろでぶつくさ言っている暇があるのなら家事でもやってろ! ただ飯食わせる気はないからな!!」 一喝とともに、老医師が、ぶつぶつ言っている二人を部屋から追い出した。 「全くあいつらは・・・」 ぶつくさ言いながらあらわになったリナの左目を覗きこむ。 「ふん。どうやら傷はふさがったみたいだな。無茶をしなければ傷が開くことはあるまいよ」 「ありがとうございます」 そっけない診断に、一応世話になっているという自覚があるので、リナも大人しく礼を言う。 それをむすりとした顔で一瞥してから。 「礼はいらん。この位誰だって出来る」 愛想なく言い放って立ち上がる。 「・・・後で、セイルーンにでも行くんだな。あそこは腕のいい魔法医が揃っている。 その目も元通りになるだろうさ」 戸口で独り言のようにつぶやき、部屋の外へと出ていった。 その後ろ姿を、リナはベッドの上から黙って見送った。 何日もここにいる間に、リナにもこの老医師の性格が何となく分かってきていた。 ようするに、頑固で照れ屋で素直でないのだ。 そう思うと、ぶっきらぼうな物言いも、なんだか可愛らしく思えてくるから不思議なものである。 診察が終わったことを察したのだろう。レオンがひょいと扉から顔をのぞかせた。 「リナ! 夕飯は何がいい? 今日は俺が当番だからな、腕によりをかけて作ってやるよ」 すっかり過保護になったレオンの様子に呆れながらも。 「そうね〜確か昼間、ウサギを5羽ほどしとめたって言ってたわよね」 和やかに、穏やかに、時は過ぎていった。 まるで、この時がこのままずっと続くのではないかと錯覚を抱くほどに。 だが、そんな日常を脅かすものは。 すぐ間近までに迫っていた―― ――それは、突然訪れた。 実際は突然ではなかったのだろう。 だが、リナ達にとって、十分突然だった―― 「レオン! マリア! リナ!!」 久しぶりに村に下りていった筈の老医師が、大声を出してリナ達のいる寝室に駆け込んできた。 ――この老人が取り乱すことがあったのか。 とっさに三人とも同じ事を考えた。 だが、その思いはすぐに打ち消される。 「領主の手のものが嗅ぎまわっている! 奴らついにここまで手を伸ばしてきたらしいっ」 とっさに顔を合わせる。 そうと分かった以上、いつまでもここにはいられない。 すぐに家を出る準備に取りかかる。 「じーさん、あんたも!」 危険が及ぶことを畏れて、レオンが老医師を連れ出そうとする。 「わしはいい」 「じーさん!?」「先生!??」 レオン、マリア、リナの三人の声が重なる。 「今更旅に出る気はないからな。とっとと出ていくがいい」 「そんな! だってもし奴らが」 「・・・分かりました」 「「マリア!?」」 リナとレオンが勢いよくマリアを振り返る。 「先生も気をつけて」 「ああ。なに、これでも村人達には重宝されておるからな。わしは大丈夫じゃよ」 ふわりと笑みを作る。祖父が孫を見つめるような柔らかい微笑み。 リナがここに転がり込んでから、初めて見せた微笑みだった。 リナとレオンが息をのむ。 「さっさと行くがいい。早くしないとやつらがここに気づく。 そうなってからだと、面倒だ」 老医師の台詞に、リナとレオンもはっとする。 そう、今ならまだごまかしが利く。一緒にいるところを見られたわけではないのだから。 「分かりました。では」 マリアが深く一礼する。リナもそれに倣う。 「元気でな、じーさん」 レオンが泣き笑いの表情で声をかけた―― 村の外れに向かって走る。 村からかなりに離れた後。三人はわざと人目に付く振る舞いをした。 ・・・自分たちはあの老医師と、老医師が属する村とは何の関係もないとアピールするために。 それから、再び全速力でその場を後にした―― 森の樹々の陰を縫うように進む。 木の葉の陰に、岩の陰に。隠れながら領地の外を目指す。 そうして。 領地の外れのほど近くまで来た頃。 ついに追っ手との距離がゼロになった。 キンッ レオンの剣が追っ手の投げた小刀をはじく。 「氷の矢!」 リナの呪文が何人かを凍り付けにした。 「風気結界呪」 マリアの呪文が降りかかってきた指弾を跳ね返す。 現在、三人はリナを中心に右手にマリア、左手にレオンの隊形をとっている。 傷が癒えきっていないリナを守るためと。リナの死角となっている左手をフォローするためである。 二人に両脇を守られながら。リナは氷系の呪文で確実に追っ手の数を減らしていった。 右手から斬りかかってきた男を、マリアが素早く切り倒す。 マリアは、魔法に関していえば、防護や探索系が専門で戦闘向きではない。 だが、剣の素早さ、切れの良さは一流以上で、リナ、マリア、レオンの三人の中でも群を抜いていた。 従って迂闊に近づけば、今の男のように、力に訴える前に懐に切り込まれる。 その為距離を取って攻撃しようとすると。今度はその強固な防御呪文で防がれてしまう。 一方のレオンは、魔力・剣両方とも力強く攻撃性の高いもので、攻撃は最大の防御とばかりに、二つをたくみに組み合わせて相手に突っ込む隙を与えない。 そして、リナは。左手が見えないという弱点はあるものの、そのフォローはレオンに任せて、狙いすました氷系の呪文で、右手から攻撃を掛けようとしている連中を丹念につぶしていった。 戦況は、一見三人に有利のように見えた。 だが、三人とも、これが一時的なものに過ぎないことが分かっていた。 絶対的な数が違うのだ。 こちらは三人。それに対して向こうは無数にいるのではないかと思わせるほど、途切れることなく増員を重ねている。 しかも、一人一人が決して弱くない。はっきり言えば、強い。 どうやら、暗殺者として専門の訓練を受けているようだった。 三人の顔に、徐々に疲労と焦燥の色が濃くなっていった。 それでも、確実に戦場は領地の外れへと近づいていた。 崖下に流れる、かなりの幅を持つ急流。 その川の向こうは既に他領地だった。 この川を渡るにはまだかなりの距離を南下する必要があったが、他領地に接していることには変わりない。 その事実に、焦ったのだろう。 追っ手達の攻撃が急に強まった。 味方の犠牲を踏み台にして、一斉に襲いかかってくる。 その常識を外れた攻撃に。切れたリナが広範囲呪文を唱え始めた。 崖を背に、レオンとマリアがリナに密着する。 「〜〜〜霊王崩爆旋!」 一瞬の閃光の後。辺りは静寂に包まれた―― へたへたへた・・・ 力尽きて座り込んだリナの頭を。 「やったな」 レオンが笑顔と共にぽんと叩く。 「へへへ」 リナも得意そうに笑って答えた。 「それにしても凄い数だったな〜。すっかり魔法力を使いきっちまったぜ」 累々と倒れ伏す暗殺者達を眺めながらレオンがぼやく。 実際、ここで更に追撃をかけられたら、確実に倒されてしまうだろう・・・ 「さてと、とっととずらかるか?」 伸びをして歩き出そうとする。 だが、脱力しきったリナは立ち上がれない。 「まったく、仕方ないなぁ」 レオンが苦笑しつつ手を貸そうとした、その時―― 笑いながら二人を見つめていたマリアの表情がこわばる。 「レオンっっ!」 左手から先程まで倒れていた暗殺者がレオンに斬りかかる。 それは、最後のあがきだったのだろう。 さほどの力強さはなかった。 だが、完全に不意をついたそれは。 レオンの体勢を崩すには十分だった。 そして、よけた勢いで倒れ込んだ背後には―― 「「レオンっっ!!」」 リナとマリアの絶叫が重なる。 常ならば、何の問題もなかっただろう。 浮遊の呪文を使えばいいのだから。 だが、今の彼は・・・ マリアとリナの懸命の探索にも関わらず。 レオンの姿は、ついに、発見できなかった――・・・ 8へ進む | |||
| 5513 | 失えぬモノ―8 | MIYA E-mail URL | 1/20-03:04 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 - 8 - 「行きましょう」 息苦しいほどの沈黙を破ってマリアが立ち上がった。 「マリア!?」 驚きの声を上げるリナの視線を正面から捕らえて。 「大丈夫よ。あいつのことだもの。その内ふっと現れるわよ・・・」 ぎこちない笑みを顔に張り付ける。 その可能性が非常に低いものであることは、リナにも分かっていた。 同時に。 マリアの方が自分よりよっぽど辛いのだ、ということも・・・ それ故に。 リナも黙って肯き、マリアと二人で川を渡る場所を目指して、歩き始めた。 ようやく川を渡り、隣領地に属する草原に踏み込む。 普通なら、追っ手もここで手を引いただろう。 他領地で事を犯すのは、危険が高すぎる。 だが、彼らは、それ以上に、マリアとリナの存在が許せなかったのだろう。 自分たちのプライドを守るために。そして、地に落ちかけた自分たちへの評価を回復させるために。 彼らは、領地を越えて、二人を追いかけてきた。 ――ギギンッ!! 秋枯れの草原に、剣戟の音が響き渡る―― 枯れ草が生い茂った草原の中。 リナとマリアは互いに互いの背中を預けながら、襲い来る暗殺者達と戦闘を繰り広げていた。 リナの死角である左手に回り込もうとする暗殺者達を。 マリアの剣とリナの氷系の呪文が確実にしとめていく。 左に向かって攻撃をよけるリナの背を。 まるで後ろに目がついているかのようにマリアがきっちりとフォローする。 隙のない二人のコンビネーションに。暗殺者達は少しずつ、その数を減らしていく。 だが、依然絶対的な数の差は大きく、リナとマリアは緊迫した戦いを強いられていた。 どれくらい、続いただろうか・・・ なかなか減らない敵の数に、二人の息が上がり始める。 そして―― 「リナ!!」 マリアの切迫した声が鋭く草原に響く。 リナの左手に回り込んだ暗殺者が、リナに向かって小刀を投げつけようとしていた。 度重なる疲労の所為だろう。リナはそれに気づかない。 あわててマリアが間に入り、投じられた小刀を剣ではじき飛ばした。 だが、その行為によって、自分自身に対するガードが甘くなってしまう。 そして。 反撃に打ってでたリナの目の前で。 マリアが短く息をのみ―― どさり。 大きなものが上から落とされたように。 重い音を立てて、マリアの身体が地面へと崩れ落ちた―― 「・・・マリア・・・?」 一瞬何が起こったのか分からず。 リナがマリアに小さく声をかける。 そして、次の瞬間に。 何本もの小刀が、マリアの背中に深く刺さっていることに気づいた―― 「マリア!?」 事態を悟り、あわててマリアに駆け寄ろうとするリナに、暗殺者達の攻撃が集中した。 「うるさい!!」 一声叫んで攻撃を避け。その勢いのまま呪文の詠唱をはじめる。 この時までリナは、威力の大きな攻撃呪文は使わないでいた。 傷と薬で弱っている身体には、黒魔法は負担が大きすぎる、とマリアに止められていたのと。 枯れ草に覆われた草原で火炎系の攻撃魔法を使うと、飛び火して広がった火にまかれて逃げ場を失う危険性が高いという点から。 だが、それらは、今のリナにとって、魔法を押さえるに足りる理由ではなくなっていた。 「火炎球!」 暗殺者達の中心で紅蓮の炎が上がる。 「炎の矢!」 きらめく炎の矢に、次々と黒い影が倒れていく。 「爆裂陣!!」 周辺の大地がめくれあがり宙に舞う。 「魔竜烈火砲!!!」 紅い輝線が暗殺者達を貫いていく。 「竜破斬!!!!」 大きなクレーターのみを残して。 全ての暗殺者達が草原から消滅した―― 「マリア! マリア!!」 残り火がくすぶる焼け野原の中心で。 暗殺者達の気配が完全になくなったのを確認したリナがマリアに駆け寄る。 「マリアっ!〜〜〜〜治癒っ!!」 リナの両手に淡い光がともる。 傷口にかざしたその光は、少しずつマリアの傷を癒していった。 少しずつ、少しずつ。 だが、あふれだす血は、その勢いをゆるめようとしない。 あまりにも傷が深すぎるが故に。 ――止まって、止まって、止まって、止まって!! 呪文を維持しながら、心の中で懸命に祈り続ける。 だが、マリアの血は一向に止まらない。 一心に治癒を続けるリナの脳裏に、初めて刃で殺した男が浮かぶ。 男の喉笛から勢いよくあふれだした血。 あふれて、あふれて・・・そして・・・ ――嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だっっ マリアは違う! マリアは、マリアは!! 脳裏に浮かんだ紅い映像を打ち消そうとして、激しく首を振る。 かざした手の先で。しかし、血は止まらない。 紅い映像だけでなく、短刀で肉を割いた感覚までもよみがえってくる。 リナは、混乱も手伝って、まるで自分がマリアを刺したような。 そんな錯覚まで起こしていた。 「なんで・・・なんで・・・?」 うわごとのように呟きながら治癒をかけ続ける。 血は・・・止まらない・・・ 「マリア・・・マリア・・・マリア・・・マリア!!」 呼びかける声が悲鳴に変わっていく。 やがて。 小刻みにふるえ続けていたマリアの身体が静かになり・・・ あれほど止まろうとしなかった血も、次第に勢いを弱め・・・ 永遠とも思われる時間の後に。完全に、その流れをとめた・・・・・・ 今までの喧燥が嘘のように、草原に静けさが戻る。 まるで息を潜めているように、すべての音が途絶えていた。 永遠とも一瞬ともつかない時が流れていく。 そして。 「・・・マリア・・・?」 どのくらい経っただろうか? 痛いほどの静寂を破って、リナがマリアに恐る恐る声をかけた。 「嘘でしょう・・・? マリア・・・」 泣き笑いの顔に。しかしマリアは答えない。 何て顔しているのよ、と笑いかけてもくれない。 ただ沈黙だけが返ってくる。 リナの脳裏で、死体となった男と今のマリアが重なった。 動かなくなった身体。冷たくなっていく器。 そして・・・あの男は二度と目を開けることはなかった・・・ 「あ・・・あああああ・・・いやぁあああ!!!」 絶叫が。人の気配の途絶えた焼け野原に響き渡った・・・ 9へ進む | |||
| 5514 | 失えぬモノ―9 | MIYA E-mail URL | 1/20-03:05 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 - 9 - 「こいつ!」 ――怒声と共に、兵達が一斉に一人の少女に斬りかかっていく。 シュッ! ――その包囲網の内側を、幾筋もの銀のきらめきが走り抜ける。 ズシュ!! ――銀光を追いかけるように。真紅の雫が霧となって宙にほとばしる。 「ぐぅあ!!」 ほんの数呼吸の後には。 絶叫と怨嗟の声に支配された、紅の空間のみが残されていた・・・ 暗殺者、街のごろつき、親衛隊・・・ 領主の命によって次々と投入された私設討伐隊は、ことごとく、たった一人の少女の手によって壊滅させられた。 そして。 業を煮やした領主は、ついに、正規の一般兵までも討伐隊として駆りだした。 一般兵の大部分は一時的に兵役についているだけの中級や下級の領民である。 従って、今までの討伐者達とは異なり、領主の悪事に積極的に荷担しているわけではない。何も知らずに、ただ命令に従っているだけのものの方が多い。 さすがにそういう相手を問答無用に殺す気にはなれなかったのだろう。 リナも殺傷性の高い攻撃呪文を使うことはしなかった。 ――シュッ! ざくっ 「ぐあっ!」 血しぶきと共に悲鳴が上がる。 リナの短剣は、確実に兵の太股の下、膝の上の部分を切り裂いていた。 キンッ! ずしゅっ 「うわあ」 低い姿勢から、確実に足の筋を切り裂いていく。 リナの目的はあくまでも相手の行動を封じることだった。 手っ取り早く行動不能にするには、歩けなくすればいい。 足で防具に覆われていない部位。 攻撃時に体勢を崩さずにすみ、かつ身長の低さを活かせるところ。 深く切り込まなくても、行動不能にさせられる場所。 必然的に膝上の筋を狙う形になる。 そして。 幾度かの剣戟の後には。 血溜りの中。足を抱えうめき声を上げる兵達のみが取り残されていた。 キンッ! 剣と剣がぶつかり合う。 一瞬の空隙。続く血しぶきと悲鳴。 ガッ ズシュッ 顔の左半分を赤黒く汚れた布で覆い。 無表情な右眼に敵を映し。 己の身を省みない攻撃を繰り返し。 返り血を浴びて一人佇む。 その姿からだろう。 リナは、いつの間にか『ブラッディ・チャイルド』という呼び名で畏れられるようになっていた。 一方、領主は自身の館で歯噛みをしていた。 はじめは領地外に逃亡する前に抹殺させるつもりだった。 実際、館からの逃亡者達も、当初は領地からの脱出を図っていた。 無論、それは、逃亡するためだけではなく。 他の領主か国王に事態を告げるためだったのだが。 だが、その数が、二人に減り、ついにただ独りになった時。 事態は大きく変わってしまった。 一方的に狩られるべき存在であった筈の小娘は。 こともあろうに、領外へ向かうのではなく、領主の館に向かって血路を切り開いていた。 追いつめる立場にある筈の追手達が。 逆に追いつめられ、ねじ伏せられ、切り倒されている。 信じられないことだった。 許されることではなかった。 こともあろうに領主たる自分に牙をむくなど。 だが、その存在は確実に領主の館へと迫ってきていた。 彼とてただ手をこまねいていた訳ではない。 獅子が兎を狩るときに全力を尽くすように。領主もまた、たった一人の小娘の討伐に次々と精鋭を投与していた。 だが、もたらされるのは、それらの壊滅という報告だけであった。 これが、理由もなく無法者が狙っている、というのなら話は簡単だった。 国王にでも援軍を頼めばいい。 だが、今回はそうする訳にはいかなかった。 国王の手の者を招き入れるには、後ろ暗いことが多すぎたのだ。 領主は、確実に追いつめられていた。 領主の望むところではなかったが。 『ブラッディ・チャイルド』の噂は確実に広がっていた。 それは、領内に留まらず。領地を越えて国王の耳にも届いていた。 そして。 それだけの被害に遭いながら、国王に報告してこないという事実に目がつけられ。 以前から黒い噂が流れていたこともあって。 ついに、国王が、重い腰を上げて配下の者に調査を命じた。 『ブラッディ・チャイルド』の噂も手伝って。 その調査には、国王の虎の子である国王直属の傭兵部隊が駆り出された。 「こりゃあ、すごいな」 領主の館に突入した傭兵の一人が、ピュ〜と口笛を吹いて感想をもらす。 館の入り口は。床も、壁も、装飾物も。全てが返り血でまだらに模様を作っていた。 むわりとむせ返るような血の匂いが辺りに充満している。 血溜りの中には。 明らかにごろつきとおぼしき男達の死体と、怪我をして、或いは気絶して倒れている召し使い達が転がっていた。 「一応、相手を見て攻撃を仕掛けているようだな・・・」 年嵩の傭兵がぼそりと呟く。 周りの男達が肩を竦めることで同意を示した。 「一体、何があった?」 傭兵部隊の小隊長が、意識のある召し使いに声をかける。 男の呼びかけに。それまでただ呆然と座り込んでいた老人が、奇声を上げて暴れだした。 それを穏やかになだめながら、再度同じ問いかけをする。すると、ようやく正気づいたのだろう。正面にしゃがんだ男の顔を両目で捕らえ。 「化け物だ・・・化け物に決まっている・・・あんな、あんな・・・っ」 完全に血の気の失せた蒼白な顔で切々と男の問いに答えはじめる。 「十かそこらの女の子供の外見をしていた・・・左眼に布を・・・ 『ブラッディ・チャイルド』だっ!・・・ついに、ここにも・・・!!」 再び興奮してきたのだろう。 男の襟を掴み、首を締め上げんばかりの勢いでわめきだした。 「あれは、人間なんかじゃないっ。子供の皮をかぶった化け物だ!! 神官を呼んでくれっ! 早く! 祓ってくれ!! 早く! 殺されるっ殺されちまう!!」 半狂乱になった老人とそれをなだめる自分達の上司を一歩引いた場所で眺めながら、傭兵達は思い思いに囁きあっていた。 「たった一人の女の子がこれをやったんだとさ! 人は見掛けによらないってことだな。 お前といい勝負なんじゃないか?」 傭兵の一人が、一番年若い傭兵仲間に声をかける。 話しかけられた青年は、その端正な顔をしかめて、じろりと睨んだ。 年の頃は16、7。淡い金髪を長く背になびかせている。 傭兵というには、線が細い。旅一座の少年俳優の方が似合いそうだ。 「そう怒るなって。血の乾き具合から見るとたいして時間は経ってないな。 もしかしたら、その女の子に会えるかもしれないぜ?」 不敵に笑うと、ようやく動きだした小隊長の後に従い奥へと進む。 「・・・会ってどうするんだよ・・・」 ぼやきながらも、青年は傭兵仲間達の後に続いた。 仲間の台詞に、一人、物思いにとらわれていた所為だろう。 血臭が充満した回廊の中を奥へと進んでいくうちに、少しずつ皆との距離が離れていく。 だがそれに気づくことなく、ぼんやりととりとめのない考えに沈んでいく。 たった一人の少女がこの事態を引き起こしたのだ、というのは青年にとってもにわかには信じられることではなかった。 何しろ青年にとって、女子供とはあくまでも護るべき対象だったのだ。 だが、自分の身を振り返って、不可能ではないだろう、とも思っていた。 血の跡を追いながら、領主の館の奥へと進んでいく。 半ばまで来た頃だろうか。 ふと気づくと、他の傭兵達とはぐれ、一人、館の中を迷っていた。 「・・・迷ったか・・・」 たいして焦った様子も見せずにぼやく。 実際動揺はしていなかった。広いといっても家という閉じられた空間だ。 いずれ合流できるだろう。 呑気なことを考えつつ、出口を求めて歩きだす。 すると、どこからか誰かの泣き声が聞こえたような・・・気がした。 「誰だ・・・?」 呟きと共に辺りを見回す。 周りには特に人の気配はない。声も、聞こえない。 だが、確かにどこかで誰かが泣いている。そんな気がした。 単なる勘である。 しかし、彼は自分自身の勘を信じていた。 それのおかげで何度もピンチを切り抜けられたのだ。 「こっちか・・・?」 勘に任せて、誰かが泣いているような気がする方へと歩きだした。 10へ進む | |||
| 5515 | 失えぬモノ―10 | MIYA E-mail URL | 1/20-03:05 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 - 10 - 「覚悟はいい・・・?」 低い声でリナが領主に問いかける。 領主の取り巻きはすでにリナの手によって絶命していた。 領主は目を血走らせてリナを見詰める。 永遠の命を探求させていた。それが成れば自分は永遠に今の栄華を享受できる筈だった。 それが、目の前のたった一人の年端のいかない少女によって打ち砕かれようとしていた。 信じられないのも無理はないだろう。だが、それが事実であり現実だった。 「何が欲しい・・・?」 リナに向かい、喘ぐように猫撫で声を出す。 「お前の欲しいものはなんだ? 金か? 宝石か? それとも地位か? 何がいい? なんでもやるぞ?」 彼の周りには命乞いをする無力な存在か、物欲に目が眩みおべっかをする人間の二種類しかいなかった。 目の前にいる少女は明らかに自分に命乞いをするような儚い存在ではない。 だとすれば、物でつればいい。 男は単純にそう考えた。 無論、リナにも物欲はある。どちらかというと人並み以上に。 それ故に。なんでもない時なら、ある程度は報酬で行動を決めるだろう。 だが、今回はそのケースではなかった。 だから、領主の誘いには耳を傾けようともしなかった。 「あたしが欲しいものは、あんたの命だけよ」 「なっ!?」 リナの宣告に、領主が蒼白になる。 「なんでも叶うのだぞっ? 金だって、千枚がいいのか? それとも二千枚か??」 肯かないリナに、更に声を張りあげる。 「足りないのか?? 一万ならどうだ? これだけあれば・・・」 延々と続く戯言に、だがリナは表情を一つも変えぬまま短剣を構える。 領主の命を奪うために。 何を言っても無駄だということに、ようやく気づいたのだろう。 よく回る口を閉じ、首を左右に振りながら、短剣の切っ先から逃れるために後ろへ身体を反らし・・・ がたーん! あまりにも身体を反らせたため、椅子ごと後ろ向きに倒れた。そのままはって後ろへ逃げ出そうとする領主に、リナが一歩一歩近づく。短剣の狙いを領主の喉元に定め・・・その手がふっととまる。怪訝な顔をした領主に隙を見せぬまま、視線を部屋の横にある扉へと移す。 がたんっ リナの視線の先で、音を立てて扉が開く。 傭兵姿をした青年の金髪が、廊下から吹き込む風に、音もなくなびいていた。 「ここは・・・?」 入り口に突っ立ったまま部屋を見渡して、ぽつりと呟く。 どうやらここがどこかは知らぬまま入り込んだらしい。 探るように部屋を見回していた視線が、少女と少女に追いつめられた男の上で止まる。 青年の瞳に、少女の顔の左半分を覆う赤黒く汚れた布が、痛々しくうつった。 「ここで何をやっている?」 ここが、どこかも分かっていないまま問いを発する。 「見て分からないのか! 曲者だ! さっさと捕らえろ!」 護衛が来たと勘違いしたのだろう。 今までの卑屈な態度がまるで嘘のように、傲然と青年に命令する。 青年が従うものだと、まるで疑っていない領主に、青年はきょとんとした瞳を向け。 「曲者・・・?」 「ああ、そうだ! この女、不届きにも私の命を狙っているのだ! さっさと片づけろ!!」 その台詞に。リナが突然の進入者に向かって剣を構える。 相手の身のこなしで、この青年が決して侮れない腕前の持ち主だということに気づいていた。 男と自分達の間にはまだ距離がある。そして、自分と領主の間は非常に近い。 常識で考えれば、すぐに領主に剣を振るえば目的を達せられる筈だ。 だが、この相手にはその常識が通じないような、気がしていた。 更に警戒を強める。 「命を狙う? 何故?」 領主の剣幕にもリナの警戒心あらわな態度にもまるで動じることなく、心底不思議そうにリナに語りかける。 「何をぐずぐずしている!私の命令が聞けないのか!?」 動こうとしない青年に痺れを切らしたのだろう。領主が声を張り上げて怒鳴りつける。 「・・・なんであんたの命令を聞かなくっちゃいけない?」 だが、肝心の青年は、心底分からない、という表情をして応える。 「な! 自分の主も分からないのか!?」 彼にとってはあまりの台詞に、顔を紅潮させる。 「主? あんたが?? そもそもあんた、誰だ? ・・・どっかで見たような気はするが・・・」 頭をひねる。突入前に領主の似顔絵は見せられていたが、ここに来るまでの間に綺麗さっぱり忘れていた。 「な!! 私はここの領主だぞ!? 領主の顔を知らないとは何事だ!!!」 立ち上がって絶叫する男を。 「あんたが領主なのか・・・?」 目を丸くして見つめる。 「そういえば、あの似顔絵と同じ顔だな」 なるほど。と肯く。 「貴様!」 怒りのまま動こうとした領主をリナが制する。 「動くな」 短剣の鈍い光に、慌てて跳び退る。 「な、何をやっている! さっさと助けろ!」 再び、青年に向かって命令する。 だが、青年は、当然のことながらその命令に従おうとしなかった。 領主を無視してリナを見つめる。 「お前さんが『ブラッディ・チャイルド』か?」 無論リナは応えない。青年に対する警戒を強める。 「ああ、そうか。オレは国王直属の傭兵部隊のメンバーだ。 この領主の噂が国王にも届いてな。調査と、もし噂が正しかったら拘束の指令を受けている」 「――国王が!」 領主が悲鳴を上げる。よほど動揺したのだろう。尊称をつけることも忘れている。 一方の青年は、領主の方は完全に無視して、リナに話し続ける。 「領主の罪状は確認された。すぐにでも王の沙汰が降りるだろう。 だから・・・」 リナに向かって一歩近づく。 それを受けてリナが一歩引いた。 「だから・・・もう泣かなくていい」 ――もう、泣く必要はない―― 青年は、さっきまで感じてた泣き声が、目の前にいるこの少女のものだ、と確信していた。 一方のリナは、何を言われたのか捉えかね、唖然とした表情をする。 「後は、オレ達がやる。だから、もう、泣かなくていい。 こんな男の為に、お前さんがこれ以上手を汚すことはない・・・」 静かに語りかける。 「何を言って・・・」 喘ぐようにリナが声を絞り出した。 今更。 そう、今更だ。 もう、マリアは死んだ。レオンも恐らくは。そして、事態はここまで進んでしまった。 凍り付いた心が、激情に駆られそうになる。 その一方で、領主もまた、唖然としていた。 ――国王が動き出した―― これは、一議もなく、自分の身の破滅を意味していた。 事態を把握すると同時に、目の前の少女への怒りが膨れ上がる。 この小娘さえ、しゃしゃりでなければ! 完全にお門違いの怒り。だが、自己正当化に長けているが故に、そのことには気づかない。 爆発的に怒りを膨れ上がらせ、その矛先を少女に求めた。 「お前が! お前が!!」 懐に隠し持っていた小刀を閃かせる。 ほぼ同時に。半ば反射的にリナの短刀も一条の軌跡をつくった―― かしゃーん。 小刀が床で跳ねる音が部屋に響く。 領主が投げた小刀は、リナの右腕を軽く裂くに留まり、そのまま床に落ちていった。 そして。 小刀を投げた領主は、とっさに反応をしたリナの短刀によって喉笛を裂かれ。 短い呼吸音と、吹き出した大量の血を残し。完全に絶命していた。 ――止められなかった。 遣る瀬無い想いと共に、青年が視線をずらす。 その視線の先で領主の小刀が濡れたような鈍い光を放っていた。 その色にふと疑問を抱き、小刀の方に近寄ってみる。 刃の先には、リナの赤い血と混じって、何か黒い液体が濡れた光を放っていた。 ――まさか、毒!? 慌てて少女の方を振り返る。 一方のリナは、死体となった領主の前で呆然と佇んでいた。 その右腕からは、一筋の血が、静かに流れている。 「お前、身体は!?」 もし、毒だったら? 何故か、そう思っただけで背筋が凍りそうになっていた。 だが、リナの方はその問いかけを感知していなかった。 ただ、呆然と。呆然と立ちすくみ、自分の手を見つめている。 その手は、血で赤く濡れ、そして細かく振るえていた。 「なぜ・・・?」 恐らく呟いた本人も、自分が声に出していたということに気づいていなかっただろう。 小さな、小さなささやき。 「なぜ、消えない・・・? あいつは・・・倒したのに。敵はとったのに・・・ ・・・もう、いないのに。誰も・・・いないのに・・・」 「お前・・・?」 呟きを聞きつけて、声をかける。 だけど、リナは気づかない。 「なぜ?・・・なぜ、消えない? 憎む相手はもういないのに!? みんな、殺したのにっ! なんで消えないのっ!?」 声がだんだんと大きくなる。 敵はとった。二人をリナから奪った、憎むべき相手はもういない。 それなのに、憎しみは消えなかった。 胸の奥から、心の奥から、どす黒く広がって止まらない。 「ああ・・・そうか・・・」 悲鳴に近くなっていた声が、急に小さくなる。 「あたし自身のことが憎いんだ・・・」 ただ一つの真実に辿り着いたように。 小さくかすれた声で呟く。 途方にくれた迷い子のように。 どこか泣き出しそうな・・・それでいて虚ろな瞳で・・・。 「駄目だ!」 その呟きを聞き取った青年が思わず叫ぶ。 認められなかった。こんな小さな少女が、自分自身を憎むなんて。 それほどに絶望するなんて。 「駄目だ! そんなのは駄目だ!」 駄々をこねる子供のように。ただ駄目だと繰り返す。 気の利いた言葉をかけるには、彼はまだ経験が足りなすぎた。 そして、少女の絶望もまた。彼の思いが届くには一途すぎた・・・ どのくらい時が流れただろうか。 重苦しい沈黙の中、唐突に、リナが顔を上げた。 遠くを探るような気配。その理由は、少女に完全に気を取られ、辺りに気を配るということをすっかり忘れていた青年にもすぐにわかった。 金属を鳴らすような音と人々の怒声。 傭兵部隊の主戦力がこの部屋に近づいてきているのだろう。 バシャ〜ンっ! 青年の後方で何かが水に落ちたような音が響く。 少女につられて入り口の方へ向けていた視線を元に戻すと、先ほどまでそこにたたずんでいた少女の姿が跡形もなく消えていた。 あわてて窓辺に走り寄る。 窓から外を見ると、下の方に運河が走っているのが分かった。 どうやら、先ほどの水音は、少女が運河に飛び込んだ音だったようだ。 とっさに追いかけようと身を乗り出すと、後ろから肩を掴まれた。 「何をしている!」 傭兵部隊の小隊長が部下である青年に詰問する。 「一体ここで何があった? 領主に止めを刺したのはお前か!?」 「オレは・・・あの子が・・・」 「あの子・・・? 『ブラッディ・チャイルド』か!? ここにいたのか!? 今どこに!」 青年の視線が、窓の外に動く。 それにつられて、小隊長もまた外を見、状況を把握する。 「・・・河か・・・」 「・・・小隊長っ」 「グレイ!」 「何です?」 青年の呼び掛けを聞き流し、たった今部屋に入ってきた副隊長に素早く指示を出す。 「『ブラッディ・チャイルド』が運河を逃亡中だ。手のあいているもので捜せ」 「了解、手のあいているものを使って運河を探索します」 「小隊長!?」 副隊長の復唱と、青年の非難めいた声が重なる。 「さて、詳しい話を聞かせてもらおうか」 あわてて飛び出そうとした青年を制して、状況説明を要求する。 青年はもう一度窓の外を見、既にあの少女が自分の手の届かないところへ行ってしまったことを感じ取り。ため息と共に、質問に答えていったのであった――・・・・・・ interval2へ進む / 11へ進む | |||
| 5516 | 失えぬモノ―インターバル2 | MIYA E-mail URL | 1/20-03:06 |
| 記事番号5503へのコメント 「失えぬモノ」 ― interval 2― からん・・・ 軽やかな鈴の音が食堂に響く。その音と共に入り口の扉が開き、一人の若い男が中へと入ってきた。 閉店まで後一時間ほどだからだろうか。食堂内の人の数はそれほど多くない。 それでも、幾人かの客達は、香ばしい匂いをたてる料理の数々を堪能しているし、ウェイトレス達も細やかな給仕を行いながらテーブルの隙間を縫うように歩いている。界隈でも有数の味を誇る料理店だけあって、ラストオーダーまで残り少ない時間になっているにもかかわらず、奥にある厨房からは最も人の混む夕食時と変わらぬ熱気と活気が溢れている。 その様子を満足そうに眺めてから、男は自分の座れるテーブルを求めて店の奥へと足を踏み入れようとし、 「いらっしゃいませ。お席をお探しですか?」 一人のウェイトレスに声をかけられる。きびきびとした印象を与える、かなりの美人に、男は一瞬視線を奪われる。 「お一人さまでよろしいのですね?」 更なる問いかけに、はっと気を取り直し、 「ああ、はい。よろしくお願いします」 その秀麗な顔にとろけるような笑顔を浮かべ慇懃に対応する。初な街娘なら一発で堕ちてしまうであろうその微笑みに。しかし、女は眉一つ動かすことなく、男を店の奥へと案内する。 その様子に、男は更に対抗意識を燃やされ、甘い笑顔と共に女に話しかけつづける。一方の女は必要最小限の応答をするのみで男の甘言には耳を貸そうともしない。メニューを渡し注文を取るとそのまま厨房へ消えていった。 「すみません。もう閉店なのですが」 客もほとんどいなくなった店内で。席を立つ気配すら見せない男に、片づけを行っていたウェイトレスが声をかける。 まだ幼さの残るあどけない顔は、客の対応を怯えてか緊張で強ばっていた。 「ああ、すまないね。とても美味しかったので、つい余韻を味わっていました」 おずおずとかけられた言葉に男は微笑みとともに謝罪をする。その柔らかな口調と甘い微笑みにウェイトレスは頬を染めて表情を緩めた。 「ありがとうございます」 ウェイトレスの無邪気な笑顔を見つめながら、男はすまなそうに言葉を続け、 「ところで、大変申し訳ないのですが、最初に私を案内してくださったウェイトレスさんとお話できないでしょうか?」 丁寧に頼み込む。その内容に、対応していたウェイトレスはきょとんとした表情を作り。 「え? あの、何かご用なのですか?」 「いえ、実は彼女にお勧めのメニューを教えて頂いたのですよ。 それが本当に美味しくって。 ですから、改めて彼女にお礼が言いたいのです」 「ああ、そういうことでしたら、私が伝言をしておきますよ」 「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですけど、やはり自分の口から言いたいのですよ」 男の熱心な様子に。多少ほだされたのだろう。 「そうですか?」 「ええ、本当に申し訳ありません」 「わかりました。あの、どのウェイトレスでしたでしょうか?」 男に、そのウェイトレスの特徴を聞く。その台詞に男は心底嬉しそうな笑顔を浮かべ 「ありがとうございます。ああ、あそこにいる方ですよ」 ウェイトレスの後方に視線を投げる。男の視線を追って後ろを振り向き、その視線の先の人物を認めた途端。ウェイトレスは表情を強張らせる。 「え・・・と・・・今あそこのテーブルで椅子を片づけている?」 「ええ、そうです。ああ、こちらに気づいてくれたようですね」 二人の視線に、奥で椅子の片づけを行っていた女が、顔を上げる。まっすぐな視線を受け止め、男は更に甘い笑顔を作った。 一方のウェイトレスは、男の傍で息を呑みこんでいる。男はその様子に意識を払うことなく、奥の女に向かって軽く手を振る。 女は、やはり表情一つ変えずに、足音すら立てることなく男の傍へと近づいた。 「何かご用ですか?」 淡々とした女の口調に。男は更に笑みを深め。 「貴女に御礼を言おうと思って」 さらりとうそぶく。案の定、女は、 「礼を言われる筋合いはありません」 そっけなく聞き流し、立ち去ろうとする。その様子に男はやや慌てて、 「待ってください。少し話がしたいんです」 女を引き止めようとする。無視して立ち去ると思われた女は、何故か足を止めて男を視線を受け止めた。 「店が閉まった後に。どこかでゆっくりお話でも」 女が足を止めたという事実に、男は更に言葉をつむぐ。恐らくは断られるだろう。だが、これほどの女性に声をかけなければ男が廃る。 そう、思いつつ、瞳に懇願の色を浮かべる。女はしばらく考えるそぶりを見せた後。 「わかりました。店の外で待っていてください」 あっさりと同意を示す。そして、それでこの場は終わりと言わんばかりに、驚きの余り目を見張った男と、その隣で愕然としている仕事仲間をその場に残し、店の奥へと消えていった。 「お待たせしました」 私服に着替えた女が、店の裏手から現われて入り口で待っていた男に声をかける。 女は、月明かりと星々の煌きだけが辺りを照らす夜の暗闇の中にあって、凛と浮きだすような存在感と美しさを持っていた。 男はその姿にしばし目を奪われた後、吐息と共に語りかける。 「来てくださってありがとうございます」 月明かりに、男の整った顔が映し出される。女はそれを一瞥してから、 「行きましょうか」 そっけない一言と共に歩きはじめた。 「行くって、どちらに?」 慌てて追いつき、並んで歩きだす男に、 「店に迷惑をかけるわけにはいきませんから」 視線を合わせることなく言い切って歩を進める。 「あ、ああ、そうですね」 思ったよりあっけなかったな、と思いつつ、男は女に着いていく。やがて、家の数もまばらになり、街外れの丘へと辿りつくと、女はようやく足を止めた。 丘を渡る風は冷たく、明日にでも雪が降ってもおかしくないと思えるほどである。 男は、夏ならともかくこの季節に外で女を口説くのは遠慮したいと思い、 「あの、どうせなら旅館とか、もっと暖かいところへ行きませんか?」 どこか遠いところを見つめている女に声をかける。声をかけ、その腕に触れようとし・・・・・・いきなり背筋に悪寒が走り、そのまま後ろへ跳び退る。 右の頬に熱い脈動を感じ、そっと手をあてるとべとりとした濡れた感触がした。そのまま手に視線を動かすと、月明かりに赤い色が浮かび上がる。 表情を強張らせたまま顔を上げると、女の艶やかな笑顔が男の双眸にうつった。 初めて見せた笑顔は、何故か、危険な香りをはらんでいて、視線だけで男を切り裂く力があるようだった。 「思ったよりいい腕をしているようね」 笑顔と共に、にこやかに男に語りかける。その姿に、男は全身から血が引くような感触を味わっていた。 「・・・一体、何のつもりですか・・・?」 それでも、辛うじて笑顔を作り、女に問いかける。 「・・・わからない?」 笑顔と共に、女がすっと近づいてくる。男はとっさに後ろに跳びさろうとし・・・今度は左腕に激痛が走った。 ちらりと視線を走らせると、左腕に一本のナイフが突き刺さっている。武器とし | |||