◆−マイノリティの一次考察−33 (2009/3/5 16:09:15) No.18469
 ┗溶けた雪は――に似ている−33 (2009/3/27 17:21:16) No.18472


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18469マイノリティの一次考察33 2009/3/5 16:09:15



同性愛に嫌悪感を抱かれる方は見ないほうがいいです。
そして、価値観の違いに対する苦情はご遠慮ください。

















「恋愛の相談、乗ってくれない?」


声を後ろからかけると姉さんは少し肩を震わせて、ゆっくりと振り向いた。
顔の驚きの色が隠せていない。こんな私でも恋を姉妹で語り合いたいという日が来るなんて、という顔が露骨に表れている。姉さんは感情を殺すのが昔から得意ではなかった。だからいつも私の無表情を見て感心するのだ。君はまるで人形のようだと。


「いいよ。ここじゃあ何だし、あたしの部屋でお菓子でも食べながらにしよ」


玄関で、姉さんが家の鍵を掛けざま私が言ったので、まだ姉さんは靴も脱いでいなかった。リビングには両親がいるし、私の部屋は年中散らかっていて、とても落ち着いて話ができる雰囲気ではない。一応一般的には思春期といわれている私の年齢を考えて、親のいないところがいいと判断したのだろう。
私にとっても好都合だった。


「先に部屋行ってて。準備してからあたしも行くから」


社会人である姉さんの顔には化粧が施されており、ファンデーションと香水の香りが私の神経に障ると姉は知っている。
先に部屋に上がると、あけたドアの隙間から姉さんの匂いが鼻に滑り込んできた。ベッドに腰掛けるとどうしようもなく落ち着く。姉さんの香りを隠すから香水は嫌いなのだ。もっとも、それが大人の女の戦装束だとわかっているから、不快感を露にするだけに留めている。
机の上のアルバムを見る。姉さんの子どもの名前が書いてあった。もう、子どもが3歳にもなるのか。時の流れははやい。
風呂に入っているらしい姉さんを待つのは暇だったので、読書をして待つことにした。【マイノリティ】最近の私に感銘を与えた論文だ。

そもそも大衆的であることになんの意味があるのか。

クラスの女子、男子、つまり全員、恋だの愛だのの話で時間を浪費する。
中には静かに読書をしたり、眠りこけている人もいるが、彼らもいずれ気づくのだろう。ああ、自分は彼、彼女のことが好きだと。
そして安堵の涙を自分の無意識下で流すのだ。マジョリティであったことの喜びに心を震わせ、自分のいかにまっとうであるかを確認・証明するために人と恋についてはしゃぎ、それが人類の永遠の営みだと信じて疑わない。
アダムとイヴの遺伝子は近世になって弱まっているのだろうか。
聖書を読んだこともない無神論者、つまり私の知るところではないのだが。

一言で言うと、私は同性愛者だ。性別は女。
自覚するのは早かったと思う。18年間生きてきたが、男性を好きになったことは今まで一度もないし、女性はなんどか好きになった。
異性愛者が普通の今の日本では、私は『異常』といわれるのだろう。
何を基準に、と一笑することはできない。
得るものより失うもののほうが大きいからだ。
それは友情の終わり、家族への裏切り、そして、愛する人からの軽蔑であったりする。

それらの重さに耐えられないからこそ、ひとは『正常』であることを望む。
たとえ自分を殺しても、社会的には生きていけるから。


「入るよー?」


風呂上りの姉さんが階段をあがる音すら聞こえないほど、考えに耽っていたらしい。自分の部屋に入るのに了承を得るのも、らしいといえば、らしい。


「早速、聞いていいかな。君の恋愛相談」


紅茶のカモミールの香りが漂い始めて、私はケーキを取り分ける作業にとりかかった。沈黙で返す私に姉さんは何も言わなかった。


「姉さんはセクシャルマイノリティについてどう思う?」


ジャージ姿でケーキをほおばっていた姉さんは、ぽかんとした顔をして、私に説明を目で訴えた。


「簡単に言えば、恋愛の少数派――同性愛とかのこと」

「………難しいことを聞くわね」


姉さんは、どうしてそんなことが私の恋愛相談に関係あるのか聞くような野暮な真似はしなかった。私の性癖を受け入れるために、ことさらゆっくりと言葉を選んでいるのがわかった。懐の深さも、姉さんのいい所の一つだ。妹のカミングアウトにも少しの動揺で対応できる。


「君は、同性を好きになったことに抵抗や後悔を感じてる?」

「No,I don't reguret.」

「茶化さないの」

「To be honest,まったく抵抗がなかったとは言わないよ」


少し怒ったような表情の姉さんに、私もちゃんと真面目な顔で相手をする。


「好きになるのが女友達とか、男友達の告白が気持ち悪いとか、好きな人いるの?って聞かれて適当な男子の名前いってそいつから告白されて断って、友達なくしてそいつが好きだったらしい好きな子には嫌われるってのが辛かったね。私だってマジョリティの世界に生まれてたらこんなことなかったのに。いや、この世界に生まれてこなければ幸せだったのに」


「滅多なこと言うもんじゃないよ。」


ネガティブな私に苛立ったのか、姉さんは私を睨みつけた。久しぶりに姉さんに叱られる兆候だった。


「確かに君は他の人と愛する対象が違っている。でも、生まれてこなきゃ良かったなんて、君が、このあたしに言うの?」


私は自分の軽率さに自分自身を殴りたくなった。姉さんの子どもは今年で4歳になる。
生まれていれば、の話だが。


「あの子が生まれたくなかっただなんて、あたしは思わない。最後の一瞬まで、あの子はあたしのお腹で頑張ってくれた」


愛おしそうに、かつて愛のカクテルが宿っていた腹部を撫ぜる姉さんは聖母マリアのような優しい微笑を浮かべていた。
父親はもうとっくにどこかへ消えてしまったが、姉さんはシングルマザーをするつもりだったらしい。そんなに子どもが好きな性質ではないと思っていたが、自分の子どもとなると別格なのだろうか。


「生まれてくるのがどんな子であろうと、愛せる自身があるの。だって、あたしはお母さんになるんだから」

「…………全ての母親が子どもを愛すわけじゃない」


それは我が家にも該当した。社交的で明るい性格の姉さんは母から愛されていたが、私のように愛想のない子どもには見向きもしなかった。どんなにいい成績をとっても、それは変わらなかった。たとえ母に私の性癖を伝えても、恥の上塗りと私を切り捨てるだろう。愛されている姉さんでさえ、赤ちゃんができたときは母に散々詰られていた。父はそもそも私たちに干渉してこない。


「そうね。でも、あたしは子どもが欲しかった」


姉さんは流産して以来、子どもが産めない身体になってしまった。
その悲しみから逃れるように仕事に精をだす姉さんが痛々しかった。
私は父親となるべきだった男を、殺してやろうかと思った。
でも一番、大好きな姉さんになにもできない無力な自分自身を殺したかった。


「姉さん、私、姉さんを愛してる」


自分でもとんでもないタイミングで言ったと思う。
子どもが欲しいと涙する姉さんに、非生産的な思いをぶつける私に吐き気がした。
姉さんの、セクシャルマイノリティへの答えは、「NO」
受け入れてはくれても、自分が踏み出すには、男女間でしか生まれることのない命が大切すぎたのだ。


「私ね、今日卒業式だったんだ。やっと解放されるの。このJapanから!」


私の告白に呼吸さえ止めていそうだった姉さんに、救いの手を差し伸べてみる。かわいそうだった。妹から愛を囁かれる姉という構図が。
マジョリティには、かわいそうだった。


「大学はアメリカに決めたの。英語を生かして、internationalな女になる」

「明日の航空の便で日本を発つよ。もう荷造りは済んでるし、母さんにはもう言った」

「それでね……」


「………ほんとに器用ね、君。何、笑いながら泣いてるのよ」


初めて口に入ってくる液体の正体が涙だと知った。
鼻水が止まらなくなって、急いで後ろを向いてティッシュで鼻をかんだ。姉さんとはいえ、好きな人の前でみっともないところは見せたくないあたり、自分も女か、と自嘲気味になった。


「君の気持ちはわかった。………でもいい返事は返せない。あたしは異性愛者だから」

「……わかってるよ。いいじゃん最後くらい。妹のわがまま聞き届けてくれても」

「明日出発ってほんと?」

「うん、一応母さんには言ったけど」

「何であたしに言わなかったのよ」

「忙しそうだったし…dramaticな別れを演出してみたかったの」

「…君って、天才なのかあほなのか判断に迷うよ」

「無論、genius!」


堂々とずうずうしいことを言ってのけた私の頬にもう新しい涙は流れてこなかった。姉さんがいつも通りで、少し寂しかったけど、それ以上に嬉しかった。


「飛行機早いから、もう寝るね」


そういって私は姉さんの部屋から出ようとした。姉さんに腕を引っ張られてできなかったが。
私は姉さんの行動に驚いた。
つかまれた腕よりも、額に感じた熱が私を驚かせた。


「おやすみ。あたしの大事な子」


心に懐かしく染み渡るような声で、姉さんは親愛の瞳で私を見つめた。
私は部屋に戻って、少しだけ泣いて、深い眠りに落ちた。







空港は、さすが都会だけあって込み合っていた。
ニューヨーク行きの航空券を手に、私は渡米への期待と緊張で胸がいっぱいだった。
昨夜の姉さんとの会話はきっと一生忘れないだろう。私は結局、姉さんの情愛はもらえなかったけど、特別な親愛をもらったから。
仕事で見送りには誰も来ないけど、逆にそのほうが良かった。元クラスメイトには大学の名前すら教えていないから、来るはずもない。
姉さんに会えないのは残念だったけど、今日会えなくてもまた会える。姉さんがそういって笑ったから私は心をここに残していくこともなく、外国へと旅立てるのだ。
安っぽい口約束だっていい。傍にいられる未来がちらりと見えるような世界なら、生まれてきたことに何度だって感謝できる。
今度日本に帰ってくるとき、姉さんのことを何もかも受け入れてくれるような、素敵な男性と姉さんが結婚していればいいなと、機体に乗りながら思った。私はエアメールでその事実を知り、結婚式に行けなかったことに臍をかみ、二人の写真に笑みを浮かべるのだろう。


「お隣、よろしいですか?」


急に掛けられた声に私は必要以上に驚いてしまった。指定席なのだから、と思ったが、その女性は私の席よりも窓際にあるようで、私がどかないと座れないようだった。


「どうぞ」


隣に座った女性の香水が香ったが、不快には思わなかった。珍しいこともあるものだ。自分自身が不思議だった。



「(……ああ、そうか)」



少し、姉さんに似ていた。














誰にだって、どうしようもなく泣きたい時や、訳もわからず叫びだしたくなる時はあると思う。
抑制しすぎて壊れてしまったり、決壊して感情が抑えられないときだってある。
本当の『異常』なんてものがあるとは、私は思わない。
全ての人間の言い分は正しい。正しくないと判断するのは、周りにいる他人だ。
自分を正当化することにおいては、誰も間違ってなどいない。

でも、真実はどうしたって曲げられないし、批判は深く心を抉る。
その度に傷つく自分を愛し、そんな自分を愛してくれる人がいれば、それでもう、幸せなのではないだろうか。



私の恋は叶わなかったけど、私は今幸せだ。
なぜなら、もっと深い愛を手に入れられたから。

いつかまた、伝えたいと思える相手に出会えればいい。







―――――あなたのことを、愛しています。と



















拙い文章、失礼しました。なんだかぜんぜん、言いたいことが書けていない感じで…
読んでくださった方がいるならば、ありがとうございました。






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18472溶けた雪は――に似ている33 2009/3/27 17:21:16
記事番号18469へのコメント





*スレイヤーズ:学園もの:ガウリナ前提ゼロス+シルフィール+誰か
 色々と設定に無理がありますが…
 ガウリナ二人はあんまり出ません。キャラ崩壊注意、特にシルフィール。















  あなたと同じ高校に入学して、三度目の春が来ました。


  私たちの関係はいわゆる、『幼馴染』


  誰よりも違和感なくあなたの隣に居ることができました。


  あなたの笑顔を見るだけで、私は幸せになれたはずなのに。






  高校生にもなると、色恋に関心を持つ人が大多数。


  あなたも多くの女生徒に告白をされて、毎度毎度断っていたようですね。

 
  なぜならあなたにはとても大切な人がいるから。


  それを知ったとき、私は思わず哂ってしまいました。だって、そうでしょう?


  共に積み重ねてきた私たちの年月(ゆき)は、眩く世界を照らす日々(たいよう)に溶けてしまった。












今日は高校生活最後の日。最後の式典。
校長先生のお労しい焼け野原も、今日で見納めだと思うと、長い話も堪えられそうな気がした。
体育館の天窓から見える空は青く澄んでいて、本日はお日柄も良く、という挨拶も形式上の言葉ではない。


「卒業生代表、答辞――」


そこで呼ばれたのは、栗色の髪の少女。
彼女の壇上へあがる音と共に、バックミュージックのカノンが静かに止む。
朗々と響く声から意識をそらし、彼を見ると、予想通り彼女を見つめ、声を一言も聞き漏らすまいと真剣だった。
彼にとって大事なのは上等な和紙の上に綴られた決まり文句ではなく、彼女自身。
彼女はいつもエネルギーに満ちていた。強引だけど優しくて、照れ屋さんだった。
ずっと一緒だった私には目もくれなかった彼が、心を奪われたのは、太陽みたいな彼女だった。

私たちの、…私の高校生活は終わりを迎える。


それは、まだうじうじしていた、彼を諦めなくてはならない私の心に、最後のナイフを刺した。







「先輩、一緒に写真を撮ってください!!」


卒業式が終わり、各教室に帰ってきた三年生たちを待ち受けていたのは下級生たちだった。


「良いわよ。あんた、ちゃんとカメラの残り枚数確認しながらとりなさいよ?」

「大丈夫です!たくさん持ってきましたから!」

「うわホント。…よくここまでするもんね」

「当然です!これで最後なんですから……」

「あーもー!そんなに泣くんじゃないわよ」


彼女と、黒髪の彼女の後輩が話し出すのを皮切りに、みんな自由に行動し始めた。
第二ボタンを追いかける少女の姿に若干怯えたものの、思ったことを実行できるのは凄いと思った。羨ましかった。
私にはもう、ボタンをねだるどころか、彼の視線をとらえることだってできない。


「リナさん、はやくガウリィさんのところに行ったらどうですか?きっと待ってますよ!」

「!う、うるさいわね!」


からかうように言われて、彼女は顔を真っ赤にしながら、それでも彼の待つ教室へ向かった。
窓の外を見ると、一瞬太陽と目があってしまった。
すぐにそらしても、残像が網膜の裏に焼きついて離れない。それは彼女と彼が一緒に肩を並べて去っていく現実のように、いつまでも私をやるせない気持ちにさせた。
青白い肌で、少し身体の弱い私は、外で輝く太陽に焦がれていた。

いつからだろう、太陽が苦手になってしまったのは。



それからクラスメイトたちと集合写真をとったり、後輩と別れを惜しんだりして、しばらく教室に残っていたら、いつのまにか一人だった。
一緒に帰ろうと誘われたが、考える前に断ってしまっていた。
まだ私は捨て切れていないのだ。
まだ、思い出のなかで彼と共に在りたかった。


「情けない……」


自然と出た自分の声に、軽く吐き気をもよおしてしまった。


「三年かけて、諦める努力をしてきたのに…駄目ですね」


小学校も同じで、中高一貫の学校に決めた私と彼は、近所であったこともあり、仲が良かった。
弱気で病弱だった私をいつも励まし、一日の出来事を細かに楽しそうに話す彼の笑顔に何度も救われ、何度も外に行きたいと願った。
親同士も懇意で、いつだったか私を彼のお嫁さんに欲しいわ、とおばさんが言っていたのを思い出す。
そう、お互いがお互い以上の人を見つけるなんて、私は全く思っていなかった。
いつか白いヴェールをまとい、晴天の下、彼と結ばれるのだと信じて疑わなかったあのころの私。

本気で吐き気がしてきて、トイレに行くため席を立つ。
視線の先に人影があるのに気づいた。

彼はいつから居たのだろう。切りそろえられた紫がかった黒髪は、夕日を受けても暗く、にこやかな目元と合わず、違和感を感じた。



「こんにちは。シルフィールさん」


私と彼の関係は、一言で言うと――他人だ。
面識がなく、すきもきらいも生まれない。彼女はしきりにあいつには気をつけてと言っていたが、正直私にはよくわからなかった。
彼を知っていたのは、この学校で有名だったから。天才と変人の名をほしいままにした彼の学校生活は、どんなものだったのか。

そんな彼が、私を知っていたのには驚いた。


「――ゼロスさん、どうかなさいましたか?」


ここは2組。7組だか8組のはずの彼がこんな離れたクラスに、人が居ないような時間帯にくるのは、何かしらの理由があるのだろう。
彼は訝しげな私には目もくれず、教室に入り、窓辺に腰掛ける。綺麗な顔をししていた。ああ、そういえば彼も良くおモテになっていた。
彼は黙って窓の外を見つめている。薄く開いた目からアメジストの虹彩がのぞく。


「リナさんとガウリィさん、ここから良く見えますよ」


振り返りもせずに言った彼の言葉に、私は思わず椅子を蹴飛ばして立ち上がった。
瞬間、羞恥で顔に血が集まるのを感じる。


「正門のところで…手を繋いで、そして」


「やめて下さい!!」


今までで出したことのないような大きさで叫んだ。
耐えられなかった。


「……苦しいですか?辛いですか?」


いつの間にか彼が私の傍に来ていた。貶すでもなく、慰めるわけでもない。彼の表情も声も、何もかも無だった。
彼に見下ろされているのを感じながら、私はひたすら祈った。彼が早く教室から出て行くことを。


「外部から急にやってきたリナさんに、愛しのガウリィさんをとられてしまうまで、あなたは何をしてたんですか?」




頭の中のなにかがプツリと切れた。



「さっきからなんですか貴方は!いい加減にしてください!…そうですよ、どうせ私は横からみすみす大好きな人をとられたかわいそうな女ですよ!いえ、最初からあの人は私なんて見てくれてなかった!同情を利用して、彼の隣を陣取って、さも当然のように微笑むことの、なんて、なんて、…愚かしかったか」


彼は何も言わない。
睨みつけて、大きく息を吸い込む。


「……優越感を感じてたんです。馬鹿みたいに。あの人が私のものではないなんて誰でも知っていたのに、彼女が現れるまで、彼のことを違った風にとらえていました。彼女は春のようなひとでした。私はただの雪に潜む醜い何か。太陽に溶かされるのは本当は雪じゃなかった」


何を言っているのだろう。私は。支離滅裂だ。



「大丈夫です。僕以外、誰も貴女の気持ちなんか知りません。貴女は幼馴染として、彼と彼女の仲を、祝福する真似ができ、それを彼らは信じた」



彼は私を哀しそうな目で見ている。でも、直感した。
彼が見ているのは、別の誰かだ。



「僕は貴女にとても良く似た人を知っています。その人は今は別の高校に通い直していますが、前はこの高校の生徒でした。彼女もまた、実らぬ恋に疲れたひとでした」


彼の真意をはかりかねた私は、大人しく耳を傾けている。
もう帰ろうか。先ほどの激しい怒りの反動か、今はすっかり意識がぼやけている。
外は暗く染まりつつある。


「彼女は僕に言いました。一番辛いときは何をする、と」

「僕は答えました。何もしない、と」

「彼女はちょっと微笑んで、僕の前で泣きはじめました」

「そして言いました。辛いときは、とりあえず泣くのが良い、と」





「………言うまででもありませんでしたね」




彼が私にハンカチを差し出す。繊細な刺繍のそれは、彼が持つにはいささか上品な感じだ。彼の言う{彼女}のものなのかもしれない。
だけど今この場面での彼の行動が理解できない。



「泣いている人が必要とするものはなんですか?」



ようやくわかった。口に入り込んでくるしょっぱい水の正体が。
私は泣いていたのだ。


「……ハンカチ、ですか」



「残念ながら、はずれです」




「正解は、ハンカチと、――そばにいてくれる誰か」




しばらく泣きやめなかった。
大好きな人への気持ちの分、泣いた気がした。
誰かを思って泣くのは初めてだった。笑っていなければ、彼らに気づかれてしまう。
結局私は二人に憧れていた。彼らの心を乱して、無垢なものを壊したくなかった。
だって私は確かに。


確かに、二人のことが大好きだった。













暗くなってしまった空には、もう太陽は名残程度しか見えない。
涙が尽きてきた私から、ゼロスがハンカチを取り返していった。
傷はまだ癒えないが、ゼロスをからかえるだけの元気は回復した。


「そのハンカチ、貴方の大切な方のものですね?」



いたずらっぽく笑う私に、ゼロスは肩をすくめて肯定した。
教室からゼロスが出たところで、私はきいてみた。




「どんな方なんですか?」





ゼロスは笑って、人差し指を口元で立てた。











「それは秘密です」





























お粗末さまでした。