◆−家族の写真 ACT82 もう泣きそう。ってか、泣いても良い?−十叶 夕海 (2007/8/13 04:13:20) No.18273
 ┣家族の写真 ACT83 それが希望だと言うなら、なんて・・・救いの無い−十叶 夕海 (2007/8/21 17:16:23) No.18287
 ┣家族の写真 ACT84 閉ざした記憶と切なる願い−十叶 夕海 (2007/9/7 00:59:25) No.18305
 ┣家族の写真 ACT85 閉ざす気持ちと切なる決意−十叶 夕海 (2007/9/26 21:53:20) No.18339
 ┗家族の写真 ACT86 記憶がないのは、飲み過ぎのせい?−十叶 夕海 (2007/10/8 21:51:39) No.18352


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18273家族の写真 ACT82 もう泣きそう。ってか、泣いても良い?十叶 夕海 2007/8/13 04:13:20



昨日までは、色々と騒がしくもあったけれど。
それでも、あの会合の面々の何人かは、現役の学生な訳で。
特に、《千里眼のオルフェーゼ》と《魔導師(マジスタ)ラビ》は、高校生な訳で。



ACT82  もう泣きそう。っていうか泣いても良い?



「アリエスさん、数学と化学教えて!!」
その日のHRで、担任が、『明日からの中間頑張れよ』的な事を言った直後。
白いふわふわの髪の少年が、後ろの腰ほどの長さの銀髪の少女にそう拝み倒した。
どうやら、今回はその二つが鬼門らしい。
「・・・・・・アルトくん、それは依頼として受け取りますよ?」
少年―アルトの言葉に、少女―アリエスは本から顔を上げないまま、呆れたような声を返す。
ちなみに、周りからは、『おぉ、女房役が断ってるぞ!?』『アルト君とラーナさん、別れるの?』とか、無責任な言葉が飛び交っている。
5月7日のあのお弁当騒動からまだ一週間強だが。
すでに、既成事実と言うか、クラスの面々には、もう、アルトvアリエスというカップリングが事実として承認されていた。
それでも、本人達には、また違っていて。
アルトは、アリエスが何処までも大切な人で。
アリエスは、レイティスが心を占めていて。
背中合わせな恋なのだ。
どこまでも、平行線で。
交わったとしても、想いが通じる事はない。
・・・・・今はまだ。だけど。
「え〜。
 同じ学級委員のよしみで教えてよ。」
「情報は、商品。
 そう言ったのは貴方ですよ、アルト君。」
「だってだって、赤点付くと父さんの雷と母さんの梅干しが来るんだよ。
 エヴァ兄ですら、恐れるあの二つを高校そうそう受けたくないよ〜。」
「おや、あの《月天女》の最凶親衛隊長兼特攻隊長の最強シスコン大魔王さんですら、恐れるのですが?
 それはそれは・・・・・・・・諦めると言うのも、一つの手ですよ、アルト君。」
「うわぁ〜ん、アリエスさんのコールドビューティ。」
クール(冷静)ではなく、コールド(冷たい)とまで、アルトに言わしめるアリエスの態度。
だけど、どこか呆れたような苦笑を浮かべている。
無表情な普段と違い、そんなアリエスは、年相応に、可愛い。
そんなコントのような遣り取りを見ているクラスの面々の男子の中には、こう小声で囁き合ってる。
『ラーナさん、可愛い。』
『萌え〜。』
『なぁなぁ、ファンクラブ作らねぇ?』
『一応、運動部の先輩方で、あるらしいぜ。』
『なら、入ろうぜ。』
『んだんだ。』
『ほんと、カワイイのな〜。』
実際に、この時乃学園高等部で、茶道部の2年生とアリエスのファンクラブは、二大巨頭になるのだ。
それは、まだ未来のお話であるが。
ちなみに、男子生徒のファンクラブ二大巨頭の片方は、エヴァンスなのは、余談であるが。
そして・・・・。
「なら、貴方が思い出している《御伽噺》のことを話しなさい。」
「・・・・・どこまで?」
「とりあえず、《戦乙女》と《妖鳳王》との関係を。」
「う〜。
 少しでも、思い出してるなら。
 それか、【Amazing Earth】に登録してくれる事。」
「こっちが条件だしてるんですよ?」
「だって、《過去》は、ヴィルの関連だもん。」
「・・・・・・・《運命演算三姉妹》の長女ですか?」
「そ、さっすが、アリエスさん。」
「これでも、調べましたから。」
「・・・・・・・・・・・まだ、変えたいの?」
「なにをですか?」
「時国宗留を殺すのは、或る意味《御伽噺》だよ?」
アルトは、それまでの軽い調子から一転して、重い調子・・・刺すようにそう言った。
謎めいた言葉だったが、アリエスは、外面上は流して会話を続ける。
「さぁ、今更変えれる事ではないですよ。
 ・・・・・・解りました、教えますが、ちゃんとやってくださいね。
 あと、現社と世界史Aで少し聞きたいところあるのですが?」
「いーよ。」
と、こうして、中間前の地獄の追い込みが入ったのだった。








「で、なんでこうして、私がアルト君の家で夕食をごちそうになってるので?」
「ん、数時間で終わると思う?」
「とにかく、食べちゃいな。
 あつあつにひんやりなタルタルソースが美味いんだから。
 それに、やるなら徹底的に。ヴァリード家の家訓だからね。」
数時間後、アルトのアジトのマンションから帰宅し・・・・もとい、連れられてきたヴァリード家。
その日の食卓には、チキン南蛮With特製タルタルソースをメインに、付け合わせに、キャベツの山盛り千切りと粉ふきいもに、人参のグラッセが、メイン皿に。
鮭フレークとじゃこのしそ入りご飯、みそ汁は厚揚げとキノコのものだ。
小鉢に、青菜とツナのサラダ。
全て、ヴァリード家の長女ディスティアの手製である。
味は、一流レストランに引けを取らないだろう。
「あ、あと、アリエス。
 アルコール強かったっけ?」
「いえ、それほど。」
「なら、イチゴのパンナコッタで良いかな?
 ワイン寄せもあるけど。
 もらった変わり種ワインで作ったせいか、アルコール高めなんだわ。」
「そうなんですか。」
「ともかく、遠慮せず、食べなさいな。
 私はちょっと、客人に出してくる。」
と言って、ディスティアは、お盆に一人前分の料理を何処へと無く消えた。
たぶん、宵颯のところに持っていったのだろう。
ちなみに、ファランは、まだ仕事中だし、エヴァンスとアークは、恐らく暴走族関連の用事で、いない。
いるのは、アルト、ナツメとアリエスだけだ。
「・・・・・・・年の近い姉様が出来たみたいです。
 夕飯ご一緒できて、嬉しいです。」
そう、小さな声でナツメは、アリエスに言った。
ナツメに取って、何の気無しに居た事だろうが、見方を変えれば、『アリエスさんみたいなお姉様が欲しいな』とも取れる一言だ。
それに関して、二人が抱いた感想は、次のような感じ。
「(絶対に叶える為に、現在アルトお兄ちゃんは頑張っています)」
「(・・・・嬉しくないはずがないですが、ですが、私は相応しくないですよ、ナツメちゃん。)」
というようなもの。
これだけでも、アルトは泣きたいだろう。
そうして、こうして、夕食後。
アリエスとナツメは、一緒に風呂に入る事になる。
それが、アルトに取って、五月十六日で一番泣きたい事だろう。
お年頃のオトコノコにとって、好きな人の裸を見たいと言う類いの事は、一度は考えてしまう事だ。
それが、大バカだと女性に言われる事であっても。






「・・・・・その、問題は、教科書の例題3を当てはめてください。」
「うぃうぃ。
 ・・・・・そういえば、今日泊まってくの?」
「はい?」
「だってさ、もう十時半でしょ?
 裏稼業でも、女の子は女の子なわけだし。
 帰るには、遅くないかなと。」
アルトの部屋に、黒と緋色の漆塗りの折りたたみ式の和風ローテーブルを引っ張り込んで、二人は、勉強をしていた。
それは、アルトの硬質で直線的な家具が多い部屋では、ちょっと浮いている感じだ。
アルトが、化学なり、数学で解らないところがあれば、アリエスに聞く。
アリエスが、現代社会なり、世界史Aで解らなければ、アルトに聞くと言う形式で勉強を進めている。
むろん、質問する回数は、アルトの方が多いのだ。
ちなみに、入学時のテストでは、二人は、そう悪くない成績だった。
もちろん、エスカレータ式の学校である以上、どんなに悪かろうと高等部に上がれるのだろうけど。
それでも、全5クラス188名(編入組も含め)の中で、20位以内に入っている。
決して、時乃学園は、進学校ではなかったが、20位以内ならば、東大は少し難しい程度で、早稲田慶応なんかは、学部に寄っては楽勝なレベルの順位なのだ。
アリエスは、万能型で、少々社会科系の科目に弱いが、理数系に強い方だ。
アルトは、凸凹型で、国語や社会科系に強い代わりに、少々数学や理科の理数系に弱い。
そんなこんなで、二時間ほど、勉強を進めたところに、先ほどのアルトの質問だ。
珍しくアリエスは、ぽかんと言うか、あっけにとられた顔をしていた。
考えてなかったわけではないだろうけれど、考えようとしなかった事でもある。
彼女が、何と答えようか、言いあぐねているうちに。
「入るよ。差し入れ持って来たわ。
 ・・・・・・・・アルト、気持ちは解るけど、不埒な事しちゃダメだぞ。
 あと、アリエス。今日、私の部屋使って。
 仕事入ったから、ね。」
「・・・・仕事ですか?」
ハーブティらしき、赤い液体(使ったハーブにハイビスカスが含まれているのだろう)が入ったサーバーと、クッキーの乗ったお盆を持って、ディスティアが、部屋に入って来た。
数時間後に、眠る事を考えて、ハーブティにするあたり、彼女らしい。
しかし、そのディスティアが告げた言葉は、アルトを絶望させるには、十分だった。
もしかしたら、一緒の部屋で寝れるかもvなんて、考えていた彼にとっては、絶望と言う言葉すら、甘かった。
そんなことでと言うなかれ、『布団』でない辺り、リアルにそのことを考えていた証拠である。
小市民というか、高校生男子にしては、慎ましい願いではないか。
「そう、情熱の国の中の国で、尼僧がいても世界一違和感のない国のお偉いさんからの依頼。
 嫌いじゃない、人の良いあのお爺ちゃんからの依頼じゃなかったら、断ってるわ。」
「姉さん頑張ってね〜。」
イタリアへ行くと言う姉に、アルトは気のない返事をする。
そんな彼に、ディスティアは、こう耳打ちをする。
「(明日、アリエスをアルトが起こせば?
 そしたら、アリエスの寝顔、見れるわよ?)」
「(姉さん、ありがと。)」





こうして、翌日の朝まで、アルトは一睡もしなかった。

そう、小さいけれど、愛しのアリエスの寝顔を見れたのだ。

それだけは間違いない。


こんな アルトのとある一日。






ちなみに、赤の心配もしないでいい点数を取れた事をここに記そう。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


はい、新章開始です。
しばらくは、日常を織り交ぜつつ、伏線を幾つ回収していきます。
形としては、コメディ(ほのぼの)とシリアスのサンドイッチになるかと。

ともあれ、また次回。

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18287家族の写真 ACT83 それが希望だと言うなら、なんて・・・救いの無い十叶 夕海 2007/8/21 17:16:23
記事番号18273へのコメント



         『海』から 生まれて 『海』へと巡り還る

            命が宿命  約束の螺旋の『輪』

           だけども 私の『海』は存在しない

        二つに別けた心臓(ハート) 貴方と分け合えたなら

            貴方の『海』へと渡れるかしら

       『海』の『輪』から 生まれて 『海』へと巡り還る

        『輪』に別たれようとも また何時か巡り巡る





家族の写真 ACT83 それが希望だと言うなら、なんて・・・救いの無い



『懐かしくてぇ、切ない歌だねぇ、《歌乙女》』
「そうね。
 イタリアの《歌乙女の粉》を持っている子に渡した歌と同じよ。
 タイトルは、『人魚姫の鎮魂歌』って、仮に付けたわ。」
ある夜の晩。
部屋の電気を消し、窓に腰掛けたディスティア。
ホログラムプレイヤーを膝においていた。
ちなみに、これはまだ表の世界に出ていない技術だ。
立体映像を機械上に映し、映像と音を再生する機械なのだ。
そこには、小さいながらも、歌手―赤毛のスレンダーな人物が歌を歌っていた。
 『『海』から 生まれて 『海』へと巡り還る・・・・』
リピート再生になっているようで、繰り返し同じ歌を流している。
それをディスティアと聞いていたのは、濃い紫色の長い髪の《絶望を呼ぶ占い師》だった。
彼も、その歌を聴いている。
『どうしてぇ、彼女にぃ、渡したのかなぁ?』
「私ほど大きくないし、運命律には巻き込まれないけど、それでも影響が皆無じゃない子にあってしまったから。」
『そっかぁ。
 ねぇ、《歌乙女》。』
「なに、《絶望を呼ぶ占い師》?」
そんな中交わされる会話。
唐突とも言えるタイミングで、《占い師》の口調が変わる。
間延びしたモノから、そうでないしっかりとしたモノにだ。
それだけで、女性声と言っても違和感のなかった
『知っていて知らない振りをしたのは、罪ではないよ?』
「・・・・・・・・・」
『君は、確かに、《賢き愚者》が弟である事も、《道化師》の想いをも、気付かなかった振りをした。
 だけどもね、《御伽噺の幽霊》は、神様じゃない。
 目を背けたからって、責められる事ではないよ?』
「いいえ、それでも、罪は罪よ。
 そのせいで、何人の運命をねじ曲げて来たのかしら?」
『それでも、罪ではない。』
「・・・・・・・・命が終わる前に、決着はつけたいの。
 《歌乙女》としてでも、《死風舞の風舞姫》としてでも、終わらせたいの。」
『僕らが、傍観者足り得過ぎたと言うのも、一つの遠因だとしても?』
「それでも、よ。
 終わらせる事が出来る立場に居ても、そうしなかったのは私だもの。」
つらつらとなされる会話。
ディスティアは、少々思い詰めているようだ。
それに対して、《絶望を呼ぶ占い師》は思う。
(過去の彼女も、思い詰めつ性質(たち)だったけど、それに輪をかけて思い詰めるねぇ。)
しかし、彼女はそれでも前を向いていた事が多かった。
成し遂げねばならぬとは言え、それでも、微笑んでいたのだ。
前を向いて、微笑んでいたのだ。
嫌われ者だった自分を良く訊ねてくれていた。
《御伽噺の幽霊》の中で、唯一例外的に、生まれ変われない自分を、《中立者》以外で、訊ねて来てくれていた。
他の《幽霊》は、覚醒しても、そう来てくれはしなかったけれど。
だから、と彼は述懐する。
彼女らしく、あって欲しいと.
身勝手だろうが、なんだろうが、そうあって欲しい。
《御伽噺の世界》でも、《賢き愚者》と同じく数少ない血縁者なのだから。
「《絶望を呼ぶうらな・・・・》
急に黙ってしまった彼に、怪訝な声で、呼びかけようとしたディスティア。
その声は、途中で、《絶望を呼ぶ占い師》本人に、止められる。
唇に、唇を重ねられる。
行為は、性急ではないが、強引さが目立っていた。
それでも、口の中を優しく、舌でなぞる。
ディスティアは、息苦しさを訴えるかのように、彼の腰を叩いている。
約三分後、解放された時には、ディスティアは、かなり息をきらしていた。
『くすくす、かんわいいね。
 ・・・・・・・で、このままぁ、ベッドいくぅ?』
「ボケスケ!!
 死ぬかと思ったよ。」
『え〜、《歌乙女》ったら、色気無いねぇ。』
「無理矢理キスして、色気もムードもあるか!!」
『ほら、そっちのほうが、《歌乙女》らしいと思うよぉ。』
そこで、ディスティアは、《絶望を呼ぶ占い師》の意図がやっと解った。
かなり、手荒ではあるが、多分、間違いなく、ディスティアを彼は慰めようとしていたのだろう。
ディスティアに、アッパーを極められても、文句は言えない方法だ。
「・・・・・・・ま、否定できないよ。
 歴代の《歌乙女》も、私に負けず劣らず、過酷な運命だったけれど、微笑んで前を向いていたわ。
 そうあって欲しいと言う、アナタの気持ちもわかるよ。
 ・・・・・・・ありがと、《絶望を呼ぶ占い師》。」
『いえいえ。
 ・・・・・あと、そろそろぉ、寝なくても良いのかなぁ?
 明日もぉ、講義あるでしょぉ?』
「あ、そういえば。
 宵颯見てから寝るから、《絶望を呼ぶ占い師》は、先寝てて。」
『はいはい。』
こうして、滑らかに非日常から日常に転換していく。
色々考えるのも、日常があるからなのだろう。
そう一人考える《絶望の占い師》だった。
約十数分後。
彼女が、ベッドに潜り込むのを確認すると、自分も、横に潜り込んだ。
『ねぇ、ディスティア。
 さっきの歌をさぁ、名前聞きたいな。』
「今?」
『うん、今聞きたい。』
小声で、そう言われ、ディスティアは、かなり小さな囁くような声で、さっきの歌を歌った。
【人魚姫の鎮魂歌】とディスティアが、なぞらえたあの歌を。



           『海』から 生まれて 『海』へと巡り還る

             命が宿命  約束の螺旋の『輪』

             だけども 私の『海』は存在しない

         二つに別けた心臓(ハート) 貴方と分け合えたなら

             貴方の『海』へと渡れるかしら

         『海』の『輪』から 生まれて 『海』へと巡り還る

          『輪』に別たれようとも また何時か巡り巡る




《絶望を呼ぶ占い師》は思う。
【運命律】というのは、残酷だ。
それを無視して、行動を起こせば、しっぺ返しが来る。
しかも、そのしっぺ返しは、無視した者ではなく、その結果結ばれた者に来るのだ。
何人もの、《歌乙女》や、《片眼王》、そして、他の《御伽噺の幽霊》も、《御伽噺》を断ち切ろうと、他の人間に心を向けた。
だけども、それは、結果的に、その心を向けた人間を非情なまでに奪っていく。
終わっても終わっても、何度終わりを迎えても、『悲劇』にしかならない。
だから、【運命律】に抵抗せず、流されるままに過ごすようになってしまった。
確かに、廻りに悲劇はまき散らさなくなったけれど、だけど、お互いの悲劇には変わりない。
「・・・・すー・・・・・・すー・・・・・・」
『おや、寝てしまったねぇ。
 寝てしまうと、外見相応に、可愛いのに。』
いつの間にかに、歌は聞こえなくなっていて、代わりに、静かな寝息をたてていた。
《絶望を呼ぶ占い師》は、静かにベッドを抜け出し、開けっ放しになっていた窓を閉める為に、窓に歩み寄る。
遠い昔に、実体を捨てた以上、実体化しない限り、素足の感覚など無いのだが、何故かそうしたい気分だった。
そして、窓を閉めようと、手を伸ばした時だった。
びゅうと、強い風が、彼の濃い紫色の身丈以上の髪をゆらりとわずかに揺らした。
これからの、彼らの【運命律】の困難さを象徴するかのように。
いつものように、口調を偽る事すら忘れて、言葉を吐き出していく。
『君は知らない。』
―自分が、《御伽噺》上での、私の妹であることを。
『君は知る事は無い。』
―そう、願って。《歌乙女》との縁を絶ったはずだったのに。
『君は、それでも、呼んでくれる。』
―兄さん。と。その声で呼んでくれる。
二度と叶わないはずだったのに。それなのに、彼女は何も知らなくても、そう呼んでくれた。
『嬉しかった。
 だから、願う。
 【運命律】の結果を変えれる事は出来ないとは、いえ、それでも、最期は安らかにあって欲しいと。』
《兄》を名乗る事も、手出しも、そう出来ないけれど、だけども、願う。
数少ない血縁だからと言う以上に、彼女が大切だから。
『・・・・・・どうして、僕は、《絶望を呼ぶ占い師》なんだろうね。』
その声は、誰にも聞かれる事無く、空気に溶け消えた。




@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

色んな意味で、『謎』な一遍。
ああと、しばらく続く日常編は、時間が行ったり来たり・・・・・・少なくとも、期末テストは居るまでは、時間軸が入り交じります。
期末テストに入りましたら、改めて、順番を良いますです。


では、また次回で。

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18305家族の写真 ACT84 閉ざした記憶と切なる願い十叶 夕海 2007/9/7 00:59:25
記事番号18273へのコメント




白き歌唄いは、白き霧の空間に、閉じ篭る。
永き時の間、訪れるは、同胞のみだった。
されとて、運命の糸車が廻り始めれば、来訪者は増えていくのである。




家族の写真 ACT84 閉ざした記憶と切なる願い






「・・・・・・・・早く、早く来てください。
 ジュリさん、最近、変なんです。
 自分が自分じゃない、記憶ばかりが溢れてくるんです。」
真白の霧か雲か、そんな空間。
一つの影が、その中に鎮座していた。
それは、限りなく白に近い淡い茶色の直毛を銀のサークレットで押さえ、先の方を青く輝く布で纏めている。
瞳は、憂いを含んだ淡い琥珀色だった。
肌は、何処までも白く、死人を想起させる。また、唇は珊瑚のように艶やかだった。
服は、古ぼけた吟遊詩人のようなゆったりとしたローブに上衣に、そして、ケルティックハープを持っていた。色は、ほぼ例外無く白地に銀の複雑な刺繍だ。
数少ない例外は、銀鎖で結ばれたサファイアで彫られた花がついたチョーカーぐらいである。
白皙というのに相応しい静謐な容貌の二十歳と少しぐらいの青年だ。
名前をソラという。
《凍れる樹姫》と呼ばれるジュリ=ローゼンマリアの二人目の従者であり、ここ60年ほどこの空間に、閉じ篭っている。
彼は、一応、元・人間だ。
千年前、ジュリが、恋人を失って、数十年後の春先に、行き倒れ死んでいるところを従者・・・・・・使い魔にしてもらったのだ。
そんな彼は、自分は道具であるけれど、ジュリさん以外の道具になりたくないと、『紲糸』の上では、主のマティルナに反抗し、この空間に引きこもってしまった。
『紲糸』というのは、或る意味、契約書だ。
誰それが誰と、主従関係を結んでいると言う証明でもある
ある程度は、外の事は予想がつく。
そのため、出るに出れなくなって、早六十年余。
この引き蘢りは、彼にあることを変化づけさせていた。
それに気付くのは、まだもう少し先の事である。
「・・・・・・・・神影が、来るのはまだまだ先でしょうし。」
ジュリのもう一人の使い魔であり、従者の神影以外、そうそう来訪者も居ない・・・・・・はずのこの空間。
「おや、僕はどうしてこんなところに居るのだろうね?
 その人・・・では無いようだけれど、何か知っているかな?」
混じりけの無い純粋な銀色の髪と薄く青がかった灰色の瞳で、中性的で曖昧な印象の彼・・・としておく・・・が、いきなり、真傍にいた。
数瞬前までどころか、一刹那前まで、誰もいなかったはずの空間にである。
よくよくみれば、ソラと似たようなデザインの・・・ようするに、吟遊詩人の服装をした存在であった。
それでも、彼のは、機能性を優先したように、『旅人の服/吟遊詩人版』とでもいうような雰囲気。
また、『人らしくない』とでもいうのか、それよりも、『使い魔よりも自分より』とソラは感じていた。
彼は、女性と言われても、男性と言われても、納得できる雰囲気だった。
それでも、ソラには、『使い魔よりも』と思った時点で、疑問符で頭を埋め尽くしてしまっていた。
「はぁ、そう言われましても。
 ここに、他存在が入ってくること自体ありえないはずの事で。」
思わずと言った具合に、ソラは彼に答えた。
考えてみれば、神影以外と話すこと自体、60年ほど振りだ。
懐かしい、と思えるはずなのに、そう思えない。
近くて遠い・・・・・・霧に映した誰かを視ているようなそんな気持ちだった。
「ふむ。
 この空間は、君が作っているのかい?」
「ええ、そうですが。」
「・・・・・・・中々、奇妙な状況のようだ。」
「はぁ。」
「僕の本体が、『パターンA』ならば、今ここに居る僕は、『パターンB』とでもう言うのかな。
 少なくとも、僕は、本体じゃないのは、まず間違いない。
 ややこしいな、・・・・・・たぶん、あの時・・・・原因で・・・・・・」
「改めて、聞きます。
 何故、貴方はここに居るのです?
 それと、思考を中途半端に口にするぐらいなら、ちゃんと会話にしなさい。
 ・・・・・・・神影を思い出してしまいますし。」
とりあえず、思考の海に嵌りかけていたその白い人をまず、こちらのペースに持って来ようと努力してみる。
すると、にぃと、彼―にしておくーが、そう笑いこう言った。
「そうだね、認識は大事だ。
 僕は、とりあえず、この世界では、ルシル=レリス=フェアシュテック。
 そう、呼ばれているようだね。君は?」
「ソラ。
 大空の意味で、ソラだそうです。
 《白き深淵なる歌い手》とも、呼ばれますね。」
「やっぱり、ややこしい状況だ。」
「そういいつつ、楽しそうですね。」
「まぁ、僕が、『ややこしい』と言う事自体、ほとんどないからね。」
「快楽主義者ですか?」
「何故?」
「少なくとも、騒動の類いを楽しそうに受けるのは、快楽主義者か、被虐主義者でしょう?」
「さぁ、どうだろ?」
くすくすと、楽しげに微笑みながら、彼―ルシルは、佇む。
その様子に、ソラは、疑問符を頭の上に乱舞させている。
どうにも、神影と話しているよう出そうでないような調子のせいか、調子を狂わせているようだ。
座っているソラに、視線を合わせるようにルシルは、かがみこみ、ソラの顔をのぞきこむ。
「なんにせよ、君は、『迷って』いる。
 そして、『混乱』しているだろう?」
「・・・・・・ええ。」
「だけど、ね。
 予めの言葉ではないけれど、これだけは、『記憶』を無くした僕でも、言えるよ。
 君に関係する事柄で言うなら、もうすぐね、『道具』は、『創造主』に、戻るよ。
 そうすれば、また、『時』も動き出す。」
「・・・・・・ジュリさんのもとへ、戻れると?」
「そこまでは、言えないな。
 あの世界で、僕が『不幸』にしてしまった子達が、こんなにも幸せそうにしている世界が壊れてしまうから、言えない。」
「・・・・・・・違う事に囚われている世界でも、幸せだと?
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「まだ、『君』は知らないか。」
ルシルは、覗き込んだまま、そうとだけ言う。
ソラが知らない世界で、何があったかは知らないけれど、『この世界』を壊したくないと口にしたときは、微笑みしか、浮かべていなかったその顔に、微かに苦みを浮かべた。
そして、ソラがその次にした言葉は、ソラ自身が言おうとしていった言葉でもなかった。
誰かが、自分の口を借りていったと言う方が、しっくり来るような感覚だった。
それに対して、ルシルは、何かを知っているようだったが、なにも、それ以上は言わなかった。
問いつめても、言わないだろうと言う事は、この会話の中で、理解していた。
「さて、『記憶』を『忘れて』いるこちらの僕が、そろそろ起きるようだ。
 縁あれば、また。と言うところだろう。」
「・・・・期待はしませんよ。
 もしかしたら、貴方の言う『時』が動き出した後に、会うかもしれませんし。」
「くすくす、さぁ、どうなるんだろうね。」
そういうと、さらりと砂が流れるように、布がほつれていくように、消えていった、ルシル。
こうして、ソラはまた一人になった。






そして、また一人佇む。
彼の主観で、半日後に、神影が来た。
相変わらず、煙に巻くような話し方だった。
でも、先ほどの来訪者と違い、こちらへ対する暖かみがあった。
また、ソラは一人になる。
そこへ、何かが飛んで来た。
ありえないはずだった。
ソラが、閉じ篭っている空間は、よほど・・・・『主の種族に絶対に勝てない』という理以外は、彼自身が、『許可』した者しか入れないのだ。
その飛行物体は、数度近くを旋回すると、ソラの胸にぶつかるように、『それ』が飛び込んで来た。
打った頭を抱えている『それ』は、黒く縮れた短い髪の小さな子どもの姿をしていた。
ただ、サイズが、着せ替え人形をやや大きくしたかんじだったのだ。
それは、欧州の民話に出てくる『ピクシー』に似ていた。
『ミンス様、ミンス様だろ?』
「・・・・・・・誰ですか?
 そもそも、私は、ソラです。」
『ルカ様の言う通り、記憶喪失なのかよ。
 俺は、ピート。ピクシーのピート。
 ミンス様に拾っていただいて、使い魔のようなもんな存在です・・・・・・。』
ソラの手の平の上で、座り込んだまま、そう言う。
しかし、ソラの答えに、泣き出しそうに顔をくしゃくしゃにする。
その様子に、ソラも、欠片しか無いような罪悪感が微妙に疼く。
「ええと、人違いではないですか?」
『ぶぅ、俺でも、命の恩人のミンス=ブランシェット様を間違えないよ。
 それに、ルカ様とヴィオレッタ様から、聞いたんだ。』
「ルカとヴィオレッタ?」
『うん、ミンス様と同類だって、昔ミンス様から聞いた。』
「・・・・・・すいません、覚えていないのです。」
『ううん、ミンス様が悪いわけじゃないもん。
 ルカ様の言う通り、ややこしい状況みたいだし。』
ピートは、にかっと笑うと、ソラにこう言った。
『また、来るね。
 長く居ると、ヤバいって、話だから。』
そういうと、また、来た時同様に飛んでこの空間から、消えた。
「騒々しいお客さんですね。」
そう言ったソラは、珍しく淡く微笑んでいった。






ソラは、たゆたうように、そのミルク色の霧の空間で、微睡んでいた。
神影は、忙しくて、彼の主観でも、3日ほど来ていない。
珍しい事ではない、特に、《C.C.》に、マティルナが入ってからは、こう言う事は多くなっていた。
だけども、そんな中でも、神影は、よく通って来てくれていると思う。
それでも、誰も来ないこの空間にいる事は少々退屈なわけで、神影も、本や雑誌を持って来てくれるけれど、それも読み尽くせば、暇になってしまう。
なので、結局は人で言う『睡眠』を取る時間が多くなってしまう。
「寝ているのなら、出直そうか?」
「・・・・・・・・誰ですか、神影ではありませんね。
 ・・・ジョルジオですか?」
「んにゃ、そうだけどそうじゃないよ。
 そのジョージが、《片眼王》を指すなら、本人だけど本人じゃない。」
金髪を明るい色のビーズを通した革ひもでシッポのように結び、コーヒーブラウンの肌に、瞳は、感情溢れるロゼワインの紫色、ハイティーンのようなTシャツにジーパン姿の二十代にしか見えない青年が、この空間にいきなり現れた。
ソラには、一瞬、テンガロンハットに革ベストの焦げ茶の髪の青年に視えた。
百年以上前の《片眼王》ジョルジオ=エイリーにだ。
ここ数百年の中のでの《片眼王》の中では、ソラと仲が良かった青年だった。
それは、すぐに消え、先ほどの青年が現れた。
歪みを内包する先代兼今代の《片眼王》。
「・・・・・・・・・何の用ですか?
 ここに来た事が、マティルナにバレると、貴方もマズいでしょうに、カイン=ディラストル。」
「知ってんだね。」
「神影に、話だけは。
 歪んだ《片眼王》として。」
「うん、キツいねぇ、美人なのに。」
「美人なのは関係ないでしょう?
 それと、何の用でしょうか?」
「美人さんの顔を見に来たってのは?」
「通用するはずが無いでしょう?
 今更、『今』の貴方に変わってからでも、20年は経っているのに?」
ずっとその間も、マティルナを介せば、会おうと思えば会える立場にあったのだ。
なのに、会いに来たのは、これが初めてだ。
おまけに、《C.C.レジスタンス》が、初会合を持った数日後に、こうして現れたとあっては、何も無いと思う方が難しい。
「う〜ん、神影の言う通り、中々気難しい美人さんだね。
 ねぇ、逃がして上げよっか?」
「それこそ、何の目的で?」
「目的も何も、逃げれるの嬉しくないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・今逃げては、神影の闘いが無駄になってしまいます。
 それに、私と言う《枷》無くして、大人しくしている神影ではありません。
 居なくなれば、マティルナに挑むでしょう。
 そして、壊されるでしょう。
 それが、ジュリさんに会えないより、嫌なのです。」
カインの提案に対して、ソラの答えは、『NO』だった。
その答えを口にした時のソラは、痛いのをこらえていると言うか、身が千切れそうな哀しみのようなというか、そんな表情を浮かべていた。
男性が、女性がそんな表情を浮かべているのを見てしまうと、思わずぎゅっと抱き締めたくなるようなそんな表情だ。
・・・・・・もちろん、カインも、過去の自分・・・先ほどソラが口にしていた『ジョルジオ』だった時に、同じような表情を見て、抱き締めた事がある。
まぁ、その時は、ソラの事をジュリの姉だと思っていたからなのだけれど。
それも、昔。
もう、終わってしまって久しい事だ。
カインに取っては他人の記憶でもある事だし、無視して別の話題を振る。
「解った。
 ま、動きがあったら、また教えるよ。」
「・・・・・・・ありがとうございます、《片眼王》。」
「できれば、カインってよんでくれない?」
「何故?」
「うん?
 俺は、正規の《片眼王》じゃないから。
 それに、俺は、《カイン=ディラストル》だよ。」
「わかりました、カイン。
 ごきげんよう。」
「そんじゃ、またな。」
そう言って、単純ながらも、もっともなカインの願いを聞き入れた。
こうして、カインもまた消える。


ちなみに、この後すぐ、神影が来て、誰か男性が来ていた事に気がついた。
そして、それに関して、ソラは微妙に嫉妬されてしまったようだ。





@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

色んな意味で、動き出した一幕です。
一応、これの一部、現実サイド・・・・・ルシルとこれの続編的回に出てくるアクアと言うキャラを出す予定です。
ある意味での、伏線を一部提示した回になります。



次回は、『二日酔いパニック(仮題)」の一幕です。
『外伝 会いたくて でも会えなくて side:gray』の一月ほど前。
五月二十日前後のお話しになります。

では、また次回で。

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18339家族の写真 ACT85 閉ざす気持ちと切なる決意十叶 夕海 2007/9/26 21:53:20
記事番号18273へのコメント





《片眼王》が来て、ソラの感覚で、数日が過ぎた頃。
黒づくめの長衣のようなスーツのようなゴシック系服を着ている二十歳代半ばほどに見えるが年齢不詳の青年だった。
銀色の髪を踝近くまでの三つ編みにして、やや淡い上質なサファイアの青紫色の瞳で、笑顔なポーカーフェイスが不気味だった。
そして、何故か、彼に、ソラは、恐怖を感じた。
ここ最近の来訪者では、自分を『ミンス』と呼んだあの小さなピクシーの時にも感じていた。
しかし、それよりも、余程強い。
『恐怖』だけで、人が死ぬならば、死んでしまいそうなくらいに、その恐怖は強かった。
「・・・・・・・・顔は、そう変わらないんですね。」
「・・・誰ですか。」
「あの尻軽語り集部のいうことも、間違いない。
 滑稽ですね、一番、私を受け入れ、一番私を理解してくれていた貴方が、《四人の傍観者》たる資格を失うとは。
 ・・・・・・・ですが、とても残念です。
 1000年ぶりに、会えると信じていたのに。」
その美人は、ソラの質問を答えずに、滔々と話す。
前半は、尊大で、年老いた貴族のような語調だが、後半と合わせて本当に、残念そうな口調だった。
普段のその美人からは考えられないほどに、落ち込んでいると知っている人なら言いそうなほどだった。
「だから、誰ですか?」
「・・・・・・とりあえず、皓野白銀と名乗ってます。
 本名ではないけど、そう名乗って生活してます。」
「名前でなくて。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ニュアンス的には、同族、ですかね。
 厳密に言えば、肉体を本来持たない《存在》群ですから、種族的な区分けが正しいとは思えません。」
ソラの疑問に、たっぷりとした沈黙の後に、白銀はそう答える。
たぶん、誰かに口止めされている事柄なのかもしれない。
それまでの滔々とした口調ではなく、躊躇うような色が色濃くあった。
「・・・・・私は、《凍れる樹姫》の従者《白き深遠なる歌い手》です。」
「・・・・・・・・・・・何か、自分が知らないモノが、浮かび上がってくるような感覚に味に覚えは?」
「最近・・・・・・そうですね、神影が、《歌乙女》が生まれ変わったと報告しに来てくれてからですから、18年ほど前から、ずっと。
 ここ数ヶ月はもっと酷いですが。」
「・・・・・・・・・・・・・一年二年ならまだしも、《メモリアル》が、そんなに掛かるモノでしょうか。」
「《メモリアル》?」
「《記憶保存装置》と取ってもらえれば、そう間違いは無いでしょう。
 私達同族・・・と言っても、四人しか今は居ないですが・・・それの万が一の為のモノです。
 《記憶》・・・正確には、『誰で/どういう存在で/どういう使命を持っていて/どうしなきゃなんないか』までを思い出させるモノだと聞いています。」
とりあえず、白銀は、ソラの疑問に、答えれる部分は答えようと言う気になったらしい。
される質問に、やや、間はあるモノの答えていった。
「聞いてます?」
「私は使った事無いんです。
 尻軽語り集部と占い師の同族が数度使った事があるだけで。」
「・・・・・・・・つまるところは、思い出すべき記憶を千年ほど私はど忘れしていると言う事で相違ないわけですか?」
「ええ、まぁ、そうなります。
 もしかしたら、思い出した上で、すっとぼけているのかと思いましたけど、違うようですね。」
「・・・どうしたら良いのでしょう?」
「どうしようも、こうしようもないですね。
 ・・・・・・・・・・・・・もしかしたら、ルカも、来るかもしれませんし。」
「リーダー・・・・さんですか?」
「まぁ、そうです。
 あの尻軽をそういうのは、『かなり』不本意ですが。」
『かなり』に、力を力一杯こめた白銀は、「あれをォ〜?」とでも顔を歪めて言いそうなぐらいに、嫌そうだった。
力関係的に、難しいのだろう。
逆らおうと思うと言うか、逆らっても勝て無いと言う事がはっきりしてるのかもしれない。
口か、手かは、解らないけれど、ソラはそう思った。
「・・・・・・・ここに居るよりも、あの小さな吸血姫のところにいるほうがいいようですね。
 《リンデン》あたりが、侵入してくるでしょうから、《メフィストフェレス》に欲しがるモノは、渡すように行っておきましょうか。」
「はい?」
「ここから出れるようなお膳立てをすると言っているのです。
 それが、貴方の意に適うかどうかは関係ありません。」
「・・・・・・でも、私がここから出ていけば、神影が、死にます。」
「その辺も、便宜を図りましょう。
 少なくとも、マティルナは大嫌いですが、彼はそう嫌いじゃないですから。」
唐突とも言える申し出。
嬉しくないわけではないようだけど、相方の事を考えるとうんと頷けないソラ。
それに返された言葉に、彼(?)も、《C.C.》の中枢に居るのだと言う事が解った。
「おねがいします。」
「私はこれで失礼しますよ。」
そう言って、白銀が退席の意を伝え、彼が踵を返すかと思われたその時。
右腕を掴まれ、彼の胸に引き寄せられる形になった。
そして、白銀は、こうソラに囁いた。
「・・・・・・・記憶が無い貴方に、何を言えと?
 記憶が無いと、罵る事も出来はしないですしね。」
それに対して、ソラが、何か言う前に、白銀は消えていた。
また、ソラは、一人になった。







『ミンス様。
 お久しぶり。』
「ピート君・・・・。
 できれば、ソラと呼び捨ててくれませんか?」
『え?俺、ミ・・・ソラ様のこと、呼び捨てにできねぇもん。』
それから、白銀の言う、『ルカ』は来なかった。
代わりと言うわけではないだろうけれど、ピクシーのピートが来てくれていた。
一度は、神影が来た時に居て、慌ててローブの裾に隠してしまった。
『恐怖』を感じてないわけではないが、ひた向きなまでに、自分を慕ってくる存在相手に、怯えたりすれば、それこそ、自分がワルモノのように思えてしまう。
花や、野に自生しているような果実をピートは持ってくる。
それは、ソラに、思い出させる。
大空の青を。
草原の緑を。
花々の彩を。
色の無い空間に居て、それらを望まなかったわけではない。
しかし、ピートが、それを微かながら、叶えてくれてた。
それが嬉しかったのだ。
それで、飢え(かつえ)が酷くなっても。
だけども、少しは癒されたから。
『・・・・・ソラ様?』
「ありがとうございます、ピート。」
『・・・・・・・・・っ、っ、謝らないでくだせぇよ。
 ソラ様、スンゲェー美人だから、心臓に悪いや。』
顔を茹で蛸のように真っ赤にしたピートは、それまでソラの顔の前を飛んでいたのに、ふらふらと飛び、ソラの膝の上に落ちた。
確かに、彼の笑顔は、心臓に悪いかもしれない。
色気と言うほど能動的なモノではないが、されとて、直視した状態で無視できる程、さりげのないモノでもない。
「・・・・・・・ちょっと、いえ、かなり、複雑なのですけど。」
記憶にある過去数百年の間に、『女』と勘違いされて、襲われた事は十回じゃ聞かない程度には、経験があるのだ。
だからか、ピートの言葉が、純粋な『賞賛』だと言う事は理解していても、複雑に思うのだった。
『・・・ソラ様、俺、悪い言っちゃった?』
「いえ、ではなくて、女性のように言われると、一応、男である以上は、複雑と言うか。」
『ごめん、ソラ様。』
「気にしていませんよ。
 ピート、ありがとうございます。
 一つ、お願いしても良いでしょうか?」
『何、ソラ様?』
「貴方は、日本を知っていますか?」
『・・・・・・んと、この小島の海を渡った大きな大陸の東の端から、海を更に渡った島国だよね?』
「正解です。」
『んで、何をすれば良いの?』
「そこの首都、今は東京となっているその街に、飛ばしますから、ジュリさんに、会って、伝えてください。
 私は、不調無く在ると。」
『俺が行っても、いいの?
 それに、《凍れる樹姫》って怖いって聞いた事がある。』
「これを預けます。
 ・・・・・・昔、ジュリさんから貰った物ですから、彼女も覚えているでしょう。」
ソラは、ピートに、一つ頼み事をする。
それは、主であるジュリにツナギを取る事。
また、彼が渡したのは、イチジクの実ほどのサイズで、サファイアから彫り出した花のチョーカーだった。
無論、ピートには、一抱えも在るような大きさだったけれど。
『解った。
 でも、無茶しないでくれよ、ソラ様。』
「解っていますよ。
 しっかり握っていてください。
 ジュリさんの傍まで、飛ばします。」
そうして、ピートをソラは吹き飛ばした。
こうして、ソラは長い永い沈黙を破ったのだった。











「で、誰でしょうか?」
「気付いてんなら、言うてな。
 そこは、昔から、変わらへんなぁ、ミンス。」
白い霧の空間をカーテンのように、かき分けて、現れたのは、一人の青年。
緑がほんのり混じった金髪を首筋でバンダナでまとめ、緑混じりの金茶の瞳は、チェーンで飾った野球キャップで見えなかった。
身長は、ソラよりやや高く、体重はソラよりも軽いか同じぐらいだろう。
服装は、黒地に、白と青と黄色で卑猥な英文が書かれたTシャツに、黒いジーンズ。
ギターかなにかのケースと黒のトートバックがトレードマークで、黒指ぬきグローブと、ゴツいシルバーリングをてにはめている。
印象としては、バンドマンだ。
都会の繁華街ですれ違っても、数瞬後には忘れてしまいそうだ。
親しそうに、その彼が、話しかけてくる。
「・・・・・・・貴方は?」
「うわ、イルミが言う取ったとおり、すぽこーんと忘れてもうとるんかい。
 ってか、《メモリアル》、ミンスのだけ壊れとん?
 でもなぁ、人ん使い魔なぁた《傍観者》って今まで居らんからなぁ。
 うう、これやからリーダ業は、嫌やわぁ。」
打てば響くと言うように、そのMr.バンドマンの反応に、ソラはあっけにとられる。
どこからか、ハンカチを取り出し、よよよよと泣き真似まで入る始末だ。
「ええと、ピートと白銀さんが言っていたルカさんですか?」
「なんや、あの二人、知っとたん?
 なら、話早いわ。」
勢いよく、Mr.バンドマンもとい、ルカは、ソラの手を取る。
『いやったぁ』とでもいうように、喜色満面である。
色々な意味で、ペースが掴み難い。
前の、ルシルや白銀の方が、よほど掴みやすい。
「だから、名前は?
 What your name?」
思わず、ずばこんと、ソラの右手は、チョップの形にでルカの頭にクリンヒットした。
それこそ、気持ちいいほどに。
「あたたた。」
「だから、名前。
 あと、何のようですか?」
「とりあえず、アクア=フェイクマン。
 本名は、ルカ=カラセート。
 同僚はんが、どないなってるかなぁて。」
「・・・・・・・・・・今までほっぽいて置いて、何が同僚ですか?」
それに対する呆れたような言葉に、ルカは、口調は変わらずに、語調だけは真面目で・・・・・・・でも、とても哀しそうに、返した。
そう思い続けて、思い続けて・・・摩耗してしまったかのようなそんな声で。
「・・・だってなぁ、自分ら『傍観者』は、『干渉』したら、あかんねんて。
 白銀は、ビシバシ破りまくぅとっけど、そんでも、『不干渉』が基本や。
 せいぜい、昔のミンスや、イルミがやあたように、個人に干渉して、動かすんが精一杯や。
 自分が動いた事で、『何か』が『動く』というのが、自分は、『怖い』。
 今回かて、ミンスが、自分から、『現状』を変えるいう意志を持ったから、会えたようなもんや。」
「・・・・・ごめんなさい。」
「ミンスは、覚えてへんやもん。
 しゃぁないわ。」
くしゃくしゃと、ソラの薄い茶髪をルカは、撫でる。
泣きそうな微笑みだった。
昔の《・・・・・》さんを思い出させる。
すぐに、役割上として死んでしまった当時の《・・・・・》を。
初めて、出会った《御伽噺の幽霊》だった。
とても、とても、優しくて。
『お父様』をとても、慕っていて。
彼が、自分を殺させる為に作っても、《・・・・・》さんは、『お父様』を慕っていて。
終わり方の一翼だと知っても。
《御伽噺》の《優しい悲劇(ネバーエンドストーリー)》を終わらせたいと泣いたのに。
彼は、『お父様』を壊せなくて。
今も、ただ、『《御伽噺》を廻す為』に奔走していて。
本来の役目から離れてしまっていて。
だけど、それは、ただ、『お父様』の為で。

(−−−−―――――――― ソラ、私はね、産まれた時から終わっているんだよ。
         だからね、ソラ、私が幸せを望むのは、不相応なんだ−−−−−-−−−−−−−−−−−−)

そう、あの日、夕焼けの風吹き抜ける丘の上で、その初代の《・・・・・》さんは、言った。
哀しそうな悲しそうなそんな笑顔で。
確かに、《・・・・・》さんだけは、《御伽噺の幽霊》だけど、そうでなくて。
だけど、『想い出』は持っていて。
ソラは、確かに関係なかったけれど。
それでも、『可哀想』だと思っていて。
でもでも、もう終わっていて。
「・・・・・ミンス?」
「・・・《御伽噺》のことを思い出していました。」
「あれか、動くぞ。
 ってか、《終末条件(ストーリーエンド)》、満たされるんじゃねぇのか?」
「条件って、《歌乙女》《片眼王》《道化師》の《存在消滅(パーフェクト・デス)》が、条件でしょう?
 難しいのでは?」
「さあな。
 《御伽噺》が終わるってのが、《森羅ノ記録表(アカッシックレコード)》みたいだしな。」
話しかけられて、知っている事と知らない事を織り交ぜながら、会話は進む。
この辺りは、千五百歳以上の《泉の乙女》の部下で居るせいか、そう《傍観者》だったことは、意識していないようだ。
「んじゃ、今日は、これで一旦退くわ。」
「・・・・・ありがとうございました。
 そう言うべきなんでしょうか?」
「ミンスが決めたらええんとちゃう?」
「では、ありがとうございます。
 また何時かお会いしましょう・・・・・・と言ったところでしょうか?」
「そうやな。
 今度は、こないな情緒の無い空間やのうて、それ以外でがええな。」
そう言って、現れた時同様、ルカは、カーテンをめくるように、この空間から消えた。
こうして、また、ソラは一人になった。
だけど、もうすぐ、この空間を維持しなくていいのかもしれない。
そう、何故か、思えた。









@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


一応、この話と前話は、開始(五月二十日前後)から、終了(七月半ば)まで、二ヶ月ほど掛かってます。
その間にも、色々話は展開してますので、現実世界の話が前後して、関わってます。


ともあれ、また次回で。

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18352家族の写真 ACT86 記憶がないのは、飲み過ぎのせい?十叶 夕海 2007/10/8 21:51:39
記事番号18273へのコメント




お酒とは、百薬の長とも言われるが。
ちょっと油断すれば、レテ川の水ともなり得る。
だから、飲み過ぎないで。




  ACT86 記憶がないのは、飲み過ぎのせい?



日差しが、窓から入り、雀ものどかに鳴いている旅宮市の朝。
正確には、朝と言うより、昼に近い時刻の事だった。
「うに?」
一つのベッドに、黒髪と銀色の長い髪の二つの頭がのぞいていた。
銀髪の方が、寒かったのか、向きを変えて黒髪の方に、向き直る。
天然カイロが心地よかったのか、銀髪は黒髪にすりより抱き枕にする。
黒髪も、手慣れた様子で、銀髪に抱きつく。
そのまま、しばらく静かに、時間は過ぎる。
かちこちかちこち・・・・
ただ、時計と窓越しの音だけが、部屋に響いている。
そして、時計が、12時を指す少し前。
この頃には、銀髪の方は、完全に布団に沈み、黒髪しか見えていなかった。
誰かが入って来た。
赤紫色の長い髪と、青い瞳で片眼のみ眼帯をしている男性―久遠だ。
彼は、手慣れたように、ベッドに近寄り、掛け布団の端を掴み、ひっぺがした。
「イライアちゃん、もうお昼よ!!
 いい加減起きな・・・・・・・《水風ノ姫》?
 女吸血鬼、最強最古の・・・・・・・。」
どうやら、起こしに来たらしい。
そして、銀髪―ジュリを視界に入れると、その勢いよさが萎え、むしろ固まってしまった。
久遠は、刀の九十九神だが、人外としてジュリの名前を知っていたらしい。
もちろん、その悪名すらも。
その声に、ジュリは薄目を開ける。
ぼやっとした目のまま、目の前の黒髪をしばらく、見続けていた。
十数秒後、それが、イライアスだと言う事に気付き、こう声をあげた。
「な、ななな、なななな、んで・・・・・・・・?」
彼女としても、想定外の状況だったようだ。
それに対して、イライアスは、五月蝿そうに、でも寝ぼけたように、その声を封じる為に、抱き締める。





「・・・・・・・・・・・で、何故頭がズキズキしているんですか?」
「当たり前だ。
 破廉恥な真似しくさりやがったのはそっちだろう?」
十数分後、イライアスの家の食堂で、朝ご飯と言うよりは、昼ご飯と言うに相応しい時間に、食卓を囲んでいた。
少し厚めに切った塩気の効いたハムをこんがり焼いて、ほんのり甘いスクランブルエッグと水気たっぷりのサラダの一皿。
甘めのクリームと酸味と甘味が効いたミカンとパイナップルが挟まれたサンドイッチ。
三種類の豆とベーコンのコンソメスープ。
濃く入れたコーヒーなどなどが、並んでいる。
奇妙そうに、痛む頭をさするイライアスは、そうジュリに訊ねる。
それに答える彼女の顔が、苦いのは、コーヒーのせいばかりではないだろう。
「・・・・・・・職業柄、ですよ。」
「そうだったね。
 新宿歌舞伎町二丁目の枕ホストが、教えを乞いに訊ねてくるくらいの凄腕ジゴロだっけ?」
「・・・・・・表向きは。パソコンプログラムの特許料で細々暮らしている引きこもりです。」
「・・・・・・・・女性を何も無ければ、週に三回は、泊めるヤツが何を言うんだかね。
 ヴィクの息子らしいと言えば、らしいけどね。」
「父さんの?」
「ああ、在学中、リアに出会うまでは、手当たり次第とはいかないが、それなりに声をかけては、数週間でフラれると言う事を繰り返していたな。
 外見年齢がローティーンまではいかなくても、ミドルティーンで、ペドに片足を突っ込んでいた私にも声をかけていたよ。」
先ほどまでの渋面とは異なり、口調と内容の割に、懐かしさと優しさが入り交じった声音で、在りし日の事を話す。
もう、重ねる事が出来ないが故か、それは、どこか、寂しさか、哀しさが、ほのかに混じっていた。
『ほら、早く食べないと、冷めちゃうわ。』
「・・・・・・・・にしても、なんで、私はこの家に居て、お前と同衾のような形になっているのかな、イライアス?」
「・・・・・・・・・・・・・・さぁ?
 ご自分で思い出されては?」
「ぷち意地悪なのは、リア似か。」
とりあえず、思い出す事にするジュリ。
そもそも、彼女が彼に会う事になったのは。






旅宮市駅前ー。
白銀の時計の下で。
時刻は、午後五時半過ぎ。
ややしらけた銀色の、この手にモニュメントにありがちな奇妙で、奇抜な形をした時計だ。
奇妙で奇抜とは言え、街や街の外から来る人達の良い待ち合わせ場所になっているところだ。
寝ていた服装と、そう変わらないージーパンに、黒キャミと白いボレロのような上着に、柔らかく、淡い生地を絞った形のバッグを持っていた。
一応、人間の二十歳ぐらいのなら、しそうな服装だ。
だから、この国に取って、外国人のジュリならば、とりあえず、実外見年齢+5〜7つ出来るだろうと言うような服装だ。
それに、ややではあるが、年上だと認識するような誤視系の術もかけてある。
「彼女ぅ、誰かと待ち合わせ?」
「ギャハ、オレらと一緒に、タノシイことしようぜぇ。」
などという、不埒者もいる。
『嫌よ、好みじゃないもの』といえば、逆上してくるような奴らだ。
んで、女相手に殴り掛かってくるようなヤツだ。
しかし、それでも、好みじゃないのと『タノシイ』ことをするほど、耄碌しても、乱視でもない。
・・・・・・だけど、忘れていたんだよね。
昨日が、上弦期には言っているとは言え、新月だった事。
時間帯が、夕方よりも、夜に近いとは言え、まだ日光が指していた事。
経験則から言って、同じような外見/体格の女の子ぐらいの体力&戦闘力がないということは、自覚していた。
もちろん、経験が無いわけではないから、街のチンピラ如き、倒せると思った。
・・・・・・・・・でもね、案外喧嘩慣れしていたんだ。
考えてみれば、群雄割拠までは行かなくても、時乃市とその隣の旅宮市は、暴走族系統が多い。
警察も、街の住人も、そう手出しはして来ない
で、結論から言うなら、私は『お持ち帰り』されかけた。
「くぉら、イライアス。
 呼び出しておいて、遅れるな、このくそボケ〜!!」
最後に、悔し紛れにそう叫ぶ。
持ち上げようと、そのチンピラ二人の手がジュリに触れようとしたときだった。
「・・・・・・・・やれやれ、もう少し色気ある風に『きゃぁ〜』とか言えないですか、ジュリさん。」
「言えるか。
 あと、このタイミングで飛び出したってことは見てただろ、イライアス?」
「・・・・・・否定はしません。
 不快だったようですので、お詫びに・・・」
「自殺はしなくていいからな。」
烏射玉色の髪と死人如くの黒水晶の瞳、死人のような陰鬱な表情の二十歳ぐらいの青年ーイライアスが、チンピラ二人の腕を掴み、顔だけをジュリに向けそう会話する。
そして、いつも通りに舌を噛み切って自殺しようとするのを止めた。
「・・・・イライアス?
 イライアスって、あのイライアスか?」
「だろうよ、この街で、NO.3とはいえ、暴走族に手を出すような黒髪黒目の自殺志願者って言ったら。」
「あの《死神・イライアス》かよ。」
などなど、チンピラは、口々に言う。
抜け出そうともがいているようではあるが、びくともしない。
それどころか、徐々に力もこもって来ている。
「・・・・・この街で、NO.3というと、《死神哀疋(デス・ランデブー)》だったか?」
「いえ、レディース込み込みのチームで、《月光》ですよ。」
「あの《月光》?
 堕ちたもんだね、初代から、三代目までの総長は、私でも、惚れ惚れして覚えていたもんだけどね。」
「・・・・・・前の四代目も、酷かったですけど、今の五代目も酷いですからね。
 まぁ、三十年前なら、通用したんでしょうけど。」
「同じ、暴走族でも、ディスやアークのチームとは、随分毛色が違うね。
 いや、シヴァ=オルコットのチームでも、もう少しマシだろうに。」
などなど、呑気に話している。
ちなみに、前者も、今の後者も、今はあまり穏やかなチームとは言えないのだ。
そして、ジュリのイライアスの会話で、完全にチンピラズが青ざめる。
隣町とはいえ、《シルフィーダンサー》連合の先代と今代と《梓瑠媚曾》の今代の名前を出されて、顔色を失わないわけも無い。
しかも、親しそうに呼んでいるのだ。
「で、イライアス。
 そっち方面は後日絞めるにしても、そろそろ、そいつらの腕、紫色になってぞ。」
「・・・・・・・・折れてそうですね。」
それでも、イライアスが、腕を放すと脱兎の如く、逃げ出した。
やはり、怖かったのだろうか。





「・・・・・・っていうか、イライアス。
 アレ実際、見てたでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不快だったよ」
「不快ではあるけど、実際はどうな訳。」
思い出した後の開口一番が、それだった。
その時には、食事は終えており、紅茶とアイスボックスクッキーが二人の前に、置いてあった。
久遠は、一応、色気の無い方向で気を効かせて、別室へ行っている。
「そうですが。
 ・・・・・・・一応、と言うと失礼かもしれませんが、ジュリさんも、『夜の人』ならば、あれくらいなら、大丈夫かなと。」
「まぁ、私にも、油断があったけれどね.」
「その後は、思い出しました?」
「ちょっと待って。」
促されて、ジュリは再び思い出す。
出された紅茶にはかろうじて手を出すが、クッキーには手を出さずに、回想の海へと沈む。





んで、あの後、駅から十分足らず、歩いた場所の路地裏と言うか、表通りを一本それた通りに、ひっそりとあるような《煌海(ファンハイ)》に連れて行かれた。
1910年代の上海の酒家・・・レストランを模したような。
海を思い出させる薄暗めの店だった。
二人から、四人ほどの個室が多い店だった。
個室でも、掘りごたつみたいな感じで正座をしなくていい構造になってるんだ。
正座は嫌いだったし、正直助かった。
あと、メニューは、海鮮系無国籍料理がメインだね。
まぁ、中華系もあったけど、上海系の素材そのものを食べさせるのが、多かった。
酒も、大体のモノは、揃ってたね。
私は、チャイナブルーとか、香港フィズとか、それなりに甘くて、飲みやすいのを選んでた。
あ?紹興酒ベースのが飲みやすいのかって?
私には、薬草系リキュールより飲みやすいのよ。
んで、イライアスは、いつも通り、ベイリーズか、それのカクテルを頼んでた。
うん、結構値段相応というか、やや安いと言う値段設定だったと思う。
人間が褒めれるのは、探究心を止めない事だと思う。
結局の処、人間の食事は、私達に取って、嗜好品・・・煙草とかお菓子に近いモノなのだから。






「そんで、食事に興じながら、ヴィクとリアの事を話したんだっけね。」
「ええ、色々と、知らなければ良かったと思うことがありましたが。」
「大抵、過去と言うのはそういうモノだよ。
 だけど、知らない事には、『運命』には立ち向かえない。」
すっかり冷えてしまった紅茶をカップに、手をそえながら、ジュリは、懐かしげに目を細める。
過ぎって去ってしまい、もう戻らないけれど、かけがえの無いあの日々を懐かしむかのように。
イライアスの後悔の台詞には、少し、呆れたように返す。
ともあれ、そのレストランで、呑み過ぎていまい、イライアスの家に泊まったのだった。
その時には、もう夜が白み始めていたような気がする。
「ともかく、日暮れまで、ベッド借りるぞ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「日差しを浴びて、灰になるとかはありえないけれどな。
 浴びて気持ちのいいもんじゃない。
 五月晴れの元で、楽しくピクニックなんて年でもないしね。」
「・・・・・・・・・ともかく、昼ご飯にしましょうか。
 少し早いですが。」
『リクエストある?
 ジュリさん、イライアちゃん。』
「・・・・・僕は特にないですよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・あっさり和風パスタ。」
「ツナ大丈夫?」
「大丈夫だ。」
結局、昼ご飯もお世話になることになったようだ。
そのつもりは無かったのだけれど。
でも、このほのぼのとした空気は、悪くないと思った。




ちなみに、この後ベッドに潜り込んだジュリと一緒にイライアスはベッドに入り。
彼女を抱き締めて寝ようとして、張り飛ばされたのは、また別のお話。




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ほのぼの日常書いていても、やっぱり微妙に物悲しいのかも。
でも、次からの三話も色々と厳しい話です。
哀しいお話です。

ともあれ、又次回で、です。
次回は、ディスティアとアルティア、ラディハルト、ユヴェルが所属するサークルに襲撃者が?です。