◆−もう言葉は届かない。−十叶 夕海 (2009/5/2 19:36:49) No.33991


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33991もう言葉は届かない。十叶 夕海 2009/5/2 19:36:49




もう、お別れなのに。
お別れが近いのに、リ−ドは、振り向いてくれない。
もう、会えないのに。
心は通じ合えない。
何を言っても、耳を傾けてはくれない。



もう言葉は届かない。



場所は、ドイツか、フランス、オーストリアか。
まぁ、有名でデカイ音楽ホ−ルがあれば、そこでいい。
季節は、冬。
もっと言えば、降誕節の真っ最中だ。
そんな街の噴水のある場所。
クリスマスム−ド満載で、ライトアップと雪に彩られた場所だ。
そこに、一組の男女がいた。
男の方は、ブルネットの癖のある髪に、エメラルド系の色合いの瞳に、ソバカスの二十歳ぐらいの青年だ。
服装は、無地のマントのような濃い緑色コ−トに、マフラ−のカジュアルなモノ。
女の方は、透けるようなアッシュブロンドの長い髪と紫みの強い瞳の青年よりやや若い少女だ。
服装は、赤地に白いファ―付のコ−トに、コ−ディネイトしては似合わない真っ黒なロングマフラ―姿だ。
2人の職業を当てるのは容易い。
男が持っているのは、黒革張りのネックのある弦楽器系のケ−ス。
少女が持っているのは、同じ様な黒革張りの細長いケ−スだ。
男の名前を リ−ド=ルナフォ―ド。
女の名前を リラ=マリアンロ−ド。
職業は、ヴァイオリン奏者とフル−ト奏者だ。
この近くの音楽ホ−ルのクリスマス公演のオ−ケストラ要員だ。
ただし、男性の方は、世界的ではなく、この界隈のみの有名人。
女性のほうは、≪雪花姫≫の名前をもらうほどの世界的に有名な美少女フル−ト奏者。
だけれど、ほとんどこの街以外では、少女は公演はしない。
理由は、いくつかあるけれど、少女の身体がゆるさないのだ。
そんな2人は、幼馴染みだ。
小さい頃から、この街のマンションのお隣りさんなのだ。
もっと言えば、あの警察を望める高級マンションの住人ではあるのだ、この2人。
「・・・遅いですね、カイル兄様。」
「遅れるなら、遅れるといって欲しいもんだよね。
 リラ、大丈夫?寒くない?」
「大丈夫よ。」
クリスマスまで、あと少しという時期だ。
この国では、もう雪がちらつく。
そんな時期。
リラは、思う。
多分、来年は、この場所で、こういう風に過ごすことは出来ないだろうと。
だから、ではない。
自己満足で、残される人を考えれば、言えないそんなことを言ってしまおうと思った。
「ねぇ、リ−ド。
 私は、貴方を結婚して欲しいなってぐらいに大好きだよ。」
「・・・また言ってるの?
 リラは、キ−ルさんことまだ好きなんでしょ?」
(ほら、やっぱり、不機嫌になった。)
「そうだけど、それは・・・。」
「聞きたくない、というか、もう話さないでくれる、その話題?」
キ−ルは、今2人が待っているカイル=ベルダンディ−の双子の兄だ。
今はもう居ない。
四年前に、死んだ。
交通事故だった。
リラとカイル、リ−ドの目の前でだ。
原因は、笑ってしまうぐらいに、チ―プだ。
ボ−ルが飛び出して、それを取ろうと車道に飛び出した幼児。
その子を助けようとしてだ。
リラも、リ−ドも、その頃には、それなりの演奏者として学校に通いながら生活していた。
キ−ルの弟・カイルも、ジャズのサックス演奏者をしていた。
でも、キ−ルが死んだ直後は、それぞれ荒れた。
それでも、2人は、演奏者に戻り、カイルは、リラのマネ―ジャ−をしている。
当時、四年前時点で、リラとキ−ルは最後まで終わっている付き合いをしていた、。
年齢差もあったし、当時は、青少年なんたら法にひっかかる。
だけど、付き合っていた。
近所の人には、両親の居ないリラを幼馴染みで年嵩のキ−ルが面倒をみていたと思っていたようだ。
それを知っていたのは、彼の弟のカイルと、もう一人の幼馴染みのリ−ドだけ。
彼が居なくなって、一番哀しんだのは、彼女だと、リ−ドは知っていた。
十五年前に、リ−ドと双子、リラの両親がテロでなくなった後は、アレクセイというリラの叔父が、四人の後見になった。
しかし、八年前に、日本人の彼女と結婚するとかで、日本に帰化して片手ほどしかあっていない。
それからは、まだ、未成年だった双子が成人するまでは、アレクセイが後見だったが、それも、五年前に終わった。
今は、リラの後見人をカイルがやっている状況だ。
「それと、これとは、別。
 ・・・今、この瞬間、生きている中で貴方が一番好きって言っているの。」
「キ−ルさんが、まだ好きなら、カイ兄とでも付き合えばいいだろ?」
そこまで言った時に、やや遠くから、2人に声を掛けてくる男がいた。
チョコレ−トパウンドのように、焦げ茶というには少し薄い色合いの髪を無造作風にセットし、年に似合わぬ悪戯そうな瞳はミントキャンディ色だった。
年齢は、三十歳に届くか届かないかぐらいで、シックな色合いのス−ツ姿だった。
顔だけは、キ−ルとそっくりだ。
だけど、音楽の趣味と彼が煙草を吸わないこと、そして、軽いことはキ−ルと大違いだ。
一応、インディ−ズで有名なバンドのヴォ―カル兼ベ―スをやっているらしいと、リ−ドは聞いたことがある。
「おうおう、待たせちまってわりぃな。」
「なんかあったの?」
「・・・クリスマスイブのフル−トの演奏者。
 元々、ダブルキャストだったろ?」
「そうね。
 ・・・もしかして、キャスト降りたのその子。」
「また、か。
 どうせ、リラと比べられるの嫌なんです、とか言ってでしょ、カイ兄。」
「そうい−こと。」
「今からじゃ、代わり、見つからないでしょうに。
 ・・・プロ失格ね、その子。」
「その子って、一応、お前より年上だぞ?」
「年上だからよ。
 どういう相手でも、『仕事』としているなら、全力を尽くさなきゃ。」
参人は、歩き出す。
出てきたのは、クリスマスイブコンサ−トのキャストのこと。
いつものこと、とは言え、昼と夜の二回公園の場合、もう一人、フル−ト奏者と競演することになる。
それは、リラの身体が、強靭でなく、むしろ、虚弱なためだ。
血液をつくる構造が、15年前のテロの時に、行なった輸血の為壊れている。
だから、彼女は、常に貧血状態なのだ。
無理が聞かないのだ。
秋の社交シ−ズンはともかく、夏はほとんど、ニ−スに避暑に行く。
冬は冬で、避寒の為、カプリへ行く。
骨髄移植のドナ―を待つしかないそんな状況なのだ。
本来ならば、一分一秒を伸ばす為に、治療をしていなくてはいけないのだ。
だが、彼女は、最期まで弾いていたいとそう願い、ここに居るのだ。
「・・・今からじゃ、代わり無理なら、私が出るしかないでしょう?
 また、十二節、寝込むことになるわね。」
「無茶しないでよ、リラ。」
「大丈夫よ、弾くことが私の生きがいだもの。」
「ま、夕飯どっかで食ってこうか。」
「うん、ペペ小父さんとこがいい。」
「リ−ドは?」
「俺もそれでいい。」
(・・・キ−ルさんが、好きだって言ってたもんね、リラの音。)
リ−ドの述懐は誰にも聞かれることはなかった。




それから、先日の告白まがいのことが尾を引き摺り、リ−ドはリラを避けるようになってしまった。
時間は、無常に過ぎていく。
まるで、舞踏狂曲(タランテラ)のように。
まるで、糸車のように。
一度過ぎ去れば、もう戻らない。
どんなに、後悔しても。
どんなに、激昂しても。
今、思えば、もうお別れに近かった。
わかっていれば、避けなかったのに。
ごめんね・・・、リラ。




クリスマス・イブ公演の夜の回が、終わって、俺はリラの楽屋に来ていた。
多分、今は、カイ兄は車を取りに言っているだろう。
だから、多分、今は、リラ一人だと思う。
ノックをする。
「リラ、俺だよ。
 ・・・入るよ。」
「どうしたの、リ−ド?」
「あ−、ここんとこ、避けちゃってたけど、リラに会いたくなって来た。」
「ありがとう、嬉しいわ。」
ふんわりと、・・・その砂糖菓子みたいにリラは笑う。
思わず、蕩けそうになってしまうけど、俺は、踏みとどまる。
衣装の濃い緑のドレスからは、着替えたようだった。
結構似合ってたのに、もう一度見たかった。
とか、考えてると、リラは、俺を見上げて、こう言った。
「この前、言ったこと覚えてる?」
もちろん、覚えてる。
ついこの間だし、好きな女の子の言葉を忘れるほど、耄碌しちゃいない。
だけど、話題にしたくない。
だって、そうだろ?
深く結ばれた仲だっても、キ−ルさんは、四年前に死んでいる。
なのに、「まだ、大好き」といわれたわけだ。
その上で、「今生きてる中で、一番好き」って言われても。
言われても、「全部を含めたら、キ−ルさんが、一番好き」と言うことじゃないか。
未だに、そう思ってしまうぐらいに、一対の絵のように、あの2人ほど、絵になって、それでいて、お似合いのカップルだった。
俺らの表現なら、アマデウス・・・「神に愛された」だっけな、それが似合う2人だった。
もっとも、愛されすぎて、キ−ルさんは天国だけど。
「それが?」
「私は、リ−ドのことが、今生きてる中で、一番好きです。」
「・・・しつこいよ、キ−ルさんが、一番好きなんだろう。」
「それは・・・うっ・・・・・。」
「・・・リラ?」
「い、つも・・・の発作・・・。」
「おい、リ−ド、何やってんだ。
 リラに薬のませてとけ、俺は、救急車呼んで来るから。」
俺は、聞きたくないと断ったのに、リラは、言葉を続けようとした。
だけど、元々弱い心臓には、大きな負担だったらしい。
発作を起こしたようだった。
そこへ、カイ兄が、来て救急車を呼びに行った。
すぐに、病院に運び込まれた。
待ち合い室に行く途中、何があったか聞かれ、正直に答えたら、殴り飛ばされた。
有無を言わさず、胸倉つかまれて、無理矢理立たされた。
「ッ前!!フザケてんのか?
 なんで、そこまで言われて、お前が信じてやんね−んだよ!!」
壁に押さえつけられる。
その時のカイ兄の顔は、怒ってるのに、哀しそうだった。
「生きてる中で、一番好きってのはな、リラは音楽よりもお前のことが、大切だってことなんだぞ?
 命よりも、大切な音楽よりも大切だって、言われてんのに、兄さんがどうこうって、お前阿保か、馬鹿か、脳味噌入ってんのか。
 リアは、お前のことが、本当に好きなんだよ。
 妊娠なんかしたら、命ないのにお前の子どもも産みたいってこと言ってたんだぜ?
 お前は、どう思ってんだよ、リ−ド=ルナフォ−ド。」
そこまで、言われて俺は、ただ、床にへたり込むしかなかった。
呟くように、カイ兄にいうでもなく、呟くように、こういうしかなかった。
「・・・好きですよ。
 俺も、リラが言う以上にリラが好きです。」
「なら、アイツが帰ってきたら、ちゃんと伝えろよ。」
まだ、俺とカイ兄・・・いや、少なくとも、俺は、リラが、帰ってくると思ってたんだ。
だけど、もう、全てが遅かった。
終わりは、もうすぐ側にまできていたんだ。


それから、数日。
とりあえず、毎日のように、小さな造花のブ−ケをもって、リラの病室を訪れる。
数言話し掛けて、帰る。
そんな日々が続いた。
いっこうに、リラは目を覚ますことはない。
ただ、昏々と眠り込むように、意識を取り戻さない。
寝ているだけではないのは、酸素マスクが、証明していた。
すぐに、十二節は終わりを迎えた。
そうなっても目を覚まさない。
「なぁ、そろそろ、またカプリに行くんだろう。」
毎年の恒例のカプリ行き。
いつもなら、十二節が終わる頃合にいくのだけど、今年は行けないだろう。
リラが、起きても、しばらくは、病院生活になる。
俺は、本当に、愚かだった。
だって、このときに到っても、あの生活が戻ってくるって、信じていたんだ。



「・・・は?嘘だろ?」
「嘘、つくことかよ、。
 こんな悪趣味な嘘は、エイプリルフ−ルにしても、悪趣味だ。」
「嘘だろ・・・なぁ、カイ兄!!?」
一月も、半ばを過ぎた頃、俺はリ−ドに、リラの病状を説明した。
俺だって、信じたくない。
兄さんの恋人だったって言う以前に、可愛い妹分だ。
それこそ、オムツも代えたことがあるぐらいには古い付き合いだ。
ウンメイなんてもんが、あるんなら、俺たちとリラのウンメイを変えたのは、15年前のあのテロだ。
父さんと母さん、それに、弟のティ−ルが、死んだあのテロだ。
リ−ドの父さん母さん、リラの父さん母さんと姉も、無くなったあのテロだ。
俺と兄さん、リ−ドは、テロの中心から離れていた。
だけど、リラは、本当に近くにいた。
今現在も、生き残っている数少ない生存者の一人だ。
その時の輸血が、原因で、リラは、身体をよく壊すようになった。
あの後天性免疫障害でなかっただけ、マシと言う奴も、いるかもしれない。
だけど、あのテロが無ければ、スポ−ツ選手になっていたかも知れない、と俺は思う。
もちろん、もっと活動場所が広いフル−ト奏者かもしれない。
少なくとも、あの輸血が確実に、リラの選択肢を奪っていった。
あのテロまでは、ピアノよりも、外で走り回るのが好きな普通の・・・どこにでも居るようなそんな子だったのに。
そして、今、その輸血の結果の悪性貧血が、彼女の未来の全てを奪おうとしている。
「本当だ。
 このまま、一ヶ月、眼を覚まさなければ、リラは死ぬ。
 点滴が効く段階なんざ、とうの昔に過ぎちまってる。
 もう、ダメなんだってよ。」
俺だって信じたくない。
リラが、死ぬなんてことは。
だけど、もう遅かった。


それから、リ−ドは、自宅にこもったきりになってしまった。
俺が、訊ねても、殆ど、死人だ。
飯を差し入れて、風呂を準備すれば、それをするが、それでも死人。


それから、一ヶ月も過ぎた頃。
まだ、寒い二月の半ば。
リラが死んだ。
眠るように、本当にただ眠るように、逝った。
葬式は、日本から飛んできた叔父さんと俺が行なった。
リ−ドは、うなだれてはいたが、出席はした。



リラも好きだったライラックの花が咲く頃。
俺は、月命日のならいで、墓を訪れた。
いたのは、リ−ドだった。
あの日から、シャツ以外は真っ黒な服装−喪服のままだ。
「ちょうど、良かった。
 カイ兄、リラに、歌を聞かせたいんだ。
 僕からの鎮魂歌で作曲作詞したから。」
「わかった、聞く。」
どんよりと、葬列の曇天の空よりも、なお暗い−まるで、自身が送られる死者であるかのような瞳で、リ−ドは言ってきた。
俺に否も応もない。
返答に、一つうなづき、リ−ドは、バイオリンを構える。
弾きながら、歌うつもりらしい。
か細いながらも、力強い音が、紡ぎ出される。
そして、歌が始まる。


♪ 君は 今 何をしていますか?
  同じ空の下に居ますか?
  今まで 当たり前だと思っていたモノ
  喪失(うしな)って初めて気付いたモノ
  こんなにも 君は 僕を象っていました
  笑顔を 他にもたくさんの暖かいモノをくれていたこと
  喪失(うしな)った代価はとても重すぎて
  どうしようもない喪失感が僕を捉えてしまいます
  大きな穴が 胸に空いたようで 風が僕をすり抜けていってしまいます
  心を手放してしまいたいけれど それすら出来なくて
  思い出の君の笑顔が僕を引き止めます。
  
  君は 今 何をしていますか?
  同じ空の下で微笑んでいますか?
  いつものように微笑んでいて欲しいと僕は願います
  わがままだけど 僕は心から願います                   
もっと貴女の笑顔が見たかったとか
もっと貴女と楽しく話したかったとか
もっと貴女と合奏がしたかったとか
そんな些細な だけど大切なこと全てを
君の微笑みにと願います
思い出の君の笑顔でいて欲しいから♪



俺は、リ−ドの歌が終わると拍手をした。
この日から、こいつは、立ち直り始めた。
俺が、インディ−ズからメジャ−に行く頃。
あの日の歌のCDが出た。
タイトルは、「天国への手紙」
それから、アイツは結婚もせず、ただ、リラを思いつづけてた。
なんかの折のインタビュ−の時に、聞かれて、答えたの曰く。
−『私は、リラという詩女神に全てを捧げているんですよ。』


ともかく、リ−ドは、あの時から一皮二皮どころか、十皮も剥けた。
そして、リラという詩女神に一生を捧げたっていうのは、ふかしじゃないんだろう。
リ−ドがヴァイオリンを弾く時、何故か、リラの声をよく聞いた気がする。


−『リ−ドの音が、大好き。
  でも、一番好きなのは、リ−ドの笑顔なの。』


妬けちまうなぁ、なんて思ってしまう。
俺も、結婚はしたけど、結局、音楽と愛を両立させたんだ。
とても、羨ましい。
そういや、兄さんが言ってたっけな。
−『音楽は、人間と神と対話する唯一の手段であると同時に、死んだ奴にも届くメッセ−ジなんだ。』





*+後書き+*

どうも、十叶夕海です。
救いが、欠片しかないお話です。
ですけど、プロット段階では、この程度の救いも無かったです。

ちなみに、ですが、作中の歌は、一応、歌えるように書きました。
かなり、息継ぎ難しいですが、広い空を思い出すように、ゆったりと歌えます。
一応、イメ−ジは、アメリカの音楽です。
同じ様に、なくして気付いたものの歌から、イメ―ジを拝借しました。


では、読んでくださってありがとうございました。