◆−凶天使−うつぎ (2004/6/17 12:01:21) No.30222


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30222凶天使うつぎ 2004/6/17 12:01:21


 はい、どうも。うつぎです。初めて投稿するものが、オリジナルで続きものって、どうかと思いますが……。
 どうか楽しんでやってください。
 では、どうぞ。




 昔、戦の神に仕えるひとりの天使がいた。その者は、戦神の槍と称えられるだけに美しく、そして強かった。槍の一振りで多くの邪悪なる者をうち滅ぼし、あまたの戦場を駆け抜け、神々に多くの勝利をもたらしてきた。
 しかし、いつからだろうか。
その者の白き翼が、返り血によって赤く染まった。正義のために振るわれていた刃が、死を、血を、殺戮を求めるためだけに使われるようになった。敵も味方も容赦なく屠り、累々と大地に横たわる屍を前に、ひとり哄笑をあげる
故に、『戦神の槍』は天よりおとされた。
 後の世、その者はこう呼ばれるようになった。
 凶天使ドゥーラ。
その者はいまだに殺戮を求め、戦場を転々と渡り歩いているという。
 ――誰もが知っている神話のひとつ。
 
 
ACT1 Criminal〜ツミビト〜 
 
 ぞん。
 何かを貫く重い音。その衝撃に男の体が、はねる。
 どく、どくん。
 命の水がのたうちまわりながら、腹部から滴り落ちる。
 鉄くさいにおいが、冴えた空気を侵食していく。
男の喉仏が痙攣する。絶叫も呪いの言葉さえも、彼の唇を割って出ることはなかった。
 それは何故なら、男の口を覆うように塞ぐ手があったから。
 あえかな月明かりを受け、ぼうと闇に浮かぶ白い手袋。
それに包まれたしなやかな指先。
 彼は目を見開いた。その瞳に映る紅をさしたあかい唇。
 先刻まで彼を魅了していた微笑は、もう浮かばない。
 お世辞にもはやっているとはいえない酒場で出逢ったひとりの女。
 薄汚れたランプの明かりの中で、輝く橙色の瞳がやけに印象的だった。
 男の顔色が白を通り越し、土色に変わっていく。
 その様を燈色の瞳が見守る。
 冴え冴えとした光に照らされる黄金の髪とふっくらとした薄桃色の頬。
白い横顔には何の感情も表れていなかった。
 憎しみの焔も、狂気も、愉悦も、憤怒も――人を刺したおののきさえも。
 ただただ冷然と、男の命が果てるときを待っている。
 やがて糸の切れたマリオネットのように、男の四肢から力が抜けた。
 音を立てないように注意を払い、静かに男を血の海に横たえた。
 刹那の間、彼女は男の断末魔の形相に視線を走らせる。
そして何かに思いをはせるように瞳を伏せ、血だまりに指を浸けた。
 静かに右手を持ち上げる。
人差し指から落ちる雫が、地面ではじけて新たな花を咲かせる。
その指先で、薄汚い路地の壁に。
女は文字を刻んでいく。淀みなくなめらかに。
 流れるような美しい字体で。
 
ドゥーラ――凶天使……

と。
 地面にできた黒いシミに、赤い月が映る。


「おかわり」
と、カウンターに大きな木製のジョッキを差し出す長身の女性がひとり。
 年のころは二十歳前後。豊かな銀髪をポニテール風にまとめている。
 ややつり目気味の燈色の瞳にきりりとした口元。
 ほほ笑めばかなりの美人であろうに、残念ながら今は不機嫌丸出しで椅子に腰掛けていた。
「いつも思うんだがね、お嬢さんちょっと飲みすぎやしないか?」
 困ったように笑う店の主人に対し、ティアは鼻を鳴らす。そして、そのまま主人にジョッキを押し付け、
「ほっとけ。あたしのことは、あたしがよーっく知ってんだよ。
 おっちゃんのすることは、客の注文に答えることだろ?」
 憎まれ口をたたいて、視線を外す。
 主人が苦笑を浮かべたことが気配でわかる。
 悪かったな、ガキくさくて。
 ティアは胸の内で舌を出し、懐から乱暴に皮袋を取り出す。
 八つ当たり気味にそれをカウンターに叩きつける。ジャリと重い音がした。
「おや。偉くはぶりがよさそうだな?」
 その音を聞きつけた主人が目を丸くする。
 皮袋の口紐を緩めると、迷うことなくティアは中身をぶちまけた。
 古ぼけた台の上に黄金の輝きが散らばる。
 ティアはおもむろに、金貨の山を指差す。と、
「この分だけ酒をくれ」
「無茶を言わないでくれ! お嬢さん!」
 主人のあげた声はもはや悲鳴と表現していいものだった。
 それも無理はない。金貨三十枚ほどで、ふた月ばかり遊んで暮らせるのだから。
 特にこの旧市街では、金はひとの命より重い。
彼は顔面を蒼白にして、ティアの肩をつかむと、
「やっぱりあんた酔ってるよ! もう飲むのはよしたほうがいい。
 それと今すぐ、この金をなおすんだ! あんただって、妙な連中に絡まれたくないだろ? 今水を持ってくるからな」
 こちらに反論の余地も与えず店の奥に引っ込んでいってしまう。
「……あたしは、酔ってなんかいねぇよ」
 ため息混じりにつぶやき、仕方なく金をしまうことにする。
 そもそも、自分がたかがエール十杯ほどで酔うはずがないのだ。
「あたしは、正気だっての……」
 一枚一枚丁寧に袋の中になおしていく。
 わかっている。この界隈が決して安全な場所ではないことを。むしろ危険な場所であることを。
我が物顔で他者から金を奪い、弱者をいたぶってよろこぶゴロツキども。物乞いをしなければ生きていけない者。盗むことで日々の糧を得る子ども。
毎日を生きるだけで精一杯の者たち。
あたしは知っている。
 不用意に大金を持ち歩いていることを暴露した者がたどる行く末。
 ――次の日。暗い路地のどこかで冷たくなっていて、誰からも見向きもされない。
 理解はしている。
つい先ほど自分のやった行為が、どれほど愚かなもであるか。
 しかし、幸いなことにこの酒場には、彼女と主人のほかは誰もいなかった。
 昼間から飲んだくれていたおかげだろうか?
 悪運の強さに思わず苦笑している己に気づき、ティアは唇を噛みしめた。
 金銭欲しさに人を殺す追い剥ぎ連中とあたしは同類だ。
――いや、もっとタチが悪い。
声なき言葉でつぶやいて。
散らばる金貨の山を見つめた。
 こんな金など持っていたくない。捨ててしまいたい。
――すべて。
わがままだと言われてもいい。
正気かと眉をひそめられてもいい。
 ぎりと奥歯が鳴った。強く両手を握り締める。腕が、体が震える。
馬鹿な奴だと嘲笑われたってかまわない。かまうもんか!
 両腕を振り上げた。そしてそのまま衝動的に振り下ろす!
 狙いは金貨――
「なーに、暴れてンの? ティアちゃん」
 いきなり名前を呼ばれ、なおかつ背後から抱きすくめられてはそのままの状態で固まるより他に術はない。
 軽薄そうな男の声。
 ティアは声の主に心当たりがあった。
 毎日飽きるほど耳にしているのだから、間違えるはずがない。
 ため息をついて、口を開こうとしたとき、
「おや、ユーリスさん」
「おおう。どうもうちのがお世話になってるようで」
 水の入ったコップを持って現れた主人に対し、男――ユーリスが笑い声を上げた。

「しーかし、最近物騒なことが多いよなー」
 そのとおりだね、と主人が酒の入ったピッチャーを運んでくる。
ユーリスが椅子にもれるたびに、耳障りな音が酒場に響く。
 結わえた長い黒髪がひょいひょいと揺れる。
 心の底からうれしそうな笑みを浮かべ、彼はそれを自分のカップに注ぐ。
 人には飲むなと言ったくせに、あんたは飲むんか。
無理やり移動させられた一番奥のテーブルに頬杖をついて、ティアはその様子を眺めていた。
「今朝も、三つ先の裏路地で見つかったらしいよ」
 と、そこで主人はあたりをはばかるように声を抑えて、
「死体が。しかもそれをやったのは」
「暗殺者ドゥーラ、だろ?」
 彼の言葉をさえぎってユーリスは言った。
 謎めいた微笑を口元に貼り付けて。
 紫の瞳に人の心の奥を見透かすような光が灯(とも)る。
 ティアはふいに喉元を何者かにつかまれたような気がした。
 苦しい。息が、詰まる。
「――」
「――」
 二人が何を言っているか聞こえない。
 いや、聞こえているにしても、頭が音を言葉に変えることを拒否している。
暗殺者ドゥーラ。
その言葉だけが頭から離れない。
 神話に出てくる凶天使の名を持つ暗殺者。
 いつからそう呼ばれるようになったのかは覚えていない。
 いつからだろう。現場に名を刻むようになったのは。
 ふいに、なんの前触れもなく昨夜の出来事が鮮やかによみがえった。
 苦悶に身をよじる男。地面を打つ紅の飛沫。動かなくなったモノ。
 生々しい肉を切る、あの手ごたえ。
 胸の奥からこみ上げる苦いものを、両腕につめを食い込ませることでおさえこむ。
 いつからだろう。
その名を聞くたびに、自分の体を引き裂いてしまいたいと感じるようになったのは。
――つい最近? ユーリスと出会ってから?
「だ、だいじょうぶか? お嬢さん」
 声とともに優しく背中を叩かれた。
 現実に引き戻される。小さくかぶりを振る。
「あ、いや……」
「顔色がだいぶ悪いようだが」
 気遣わしげな視線を送る主人に、
「こいつは最近仕事づくしで疲れてるだけだって。なあ?」
 あっけらかんと笑ってユーリスが言う。
 彼の言葉に偽りはない。
 ティアはうなずいて、力を抜いた。
 主人はやや納得がいかない様子で首をかしげていたが、なにやら用事を思い出したらしくまた店の奥へと引っ込んでしまう。
 戻ってくる気配がないのを確かめてから、ユーリスが口を開いた。
「さっきから様子がヘンだぞ?」
 くるくると手のひらの中で、カップをもてあそぶ。
「俺が、ちょっとお前の名を出したくらいで動揺するわ。
 あからさまに無茶やって、金を捨てようとするわ」
 そばにいる自分にだけ聞き取れる声でささやく。
「もしかして、ホントに疲れてるのか? 仕事づくしで?」
 揶揄の響きを含んだ相棒の問いかけに、
「ああ。毎日人殺しばっかしているからな」
 冷たい声音で返し、椅子をひいて立ち上がる。
 そして。
 財布から金貨を一枚とりだす。
椅子の上にふんぞり返っている奴の額めがけて、指で弾いた。
「あたしの分。釣りはいらん」
しかしユーリスは危なげなくそれを受け取ると、
「――そうは言うが。人殺しを生業にすることを。
 殺人人形になることを選んだのは、おまえ自身だろう?」
 ただ無言で背を向け、振り返ることなく。
 ティアは店を後にした。


 青い空にぽっかりと浮かぶはぐれ雲。
 ふと気づいてみれば、いつの間にか目の前に立ちふさがる壁。
 この壁一枚を隔てた先には中流階級以上の人々が暮らす町がある。
 唯一ある扉前に二人組みの門番が立っていた。
 外と中。出入りする人々を鋭い眼光で観察している。
 そして夕暮れ時を過ぎると、この分厚い扉が閉ざされ、向こうと旧市街の接点は夜の間断たれる。
 まあ、そもそも向こうの人間がこっちに来ることは稀である。
「って、なんでこんなことに来てんだよ。あたしは」
 はあと息を吐いて、ティアはきびすを返す。
 しばらくぶらぶらと進むうち、行き止まりにたどり着いた。
 家――というより、小屋が立ち並ぶスラム街。
右と左、どちらに行こうかと、通りに視線をやる。
 ……自分で選んだこと、か。
 最後にユーリスが、あの謎めいた微笑とともに投げかけてきた言葉を反芻する。
 自分で選択して、暗殺者になったあたし。
 そして、人を殺めてきた、あたし。
 自分のこと『おれ』と呼び。
 すべてに心を閉ざしていたあの頃――色のない世界。
 と、そこで。
「や、やめてください!」
 絹を裂くような女の悲鳴と。
 耳にするだけで気分の悪くなる男の低い笑い声が複数。
 右手の路地から響いてきた。
 目障りなマネをしてくれる。
ちいさく舌打ちをして、ティアは路地を覗き込んだ。



たわごと
 って長いわー! おまけに暗い!
 ……すいません。
 まだ続いたりします。