◆−いつでも、ここに−花月=ソーニャ=涼 (2004/6/13 23:39:55) No.30202
 ┣補足T−花月=ソーニャ=涼 (2004/6/14 06:36:17) No.30204
 ┗Re:いつでも、ここに−花月=ソーニャ=涼 (2004/6/16 00:49:17) No.30217


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30202いつでも、ここに花月=ソーニャ=涼 2004/6/13 23:39:55


 冬の海は静かだった。
 かつては優しく包むように思えたランプの明りも、今はどうでもいいとさえ思う。今夜は、いつもの仲間は皆街の宿へ行き、自分ひとりが船に残っているのだから。
 五年になる。あの日はじめて訪れたこの港は、すべてが新しく、輝いていた。前からの希望が通っての留学だったためもある。「しっかり学び、何もかも吸収するつもりで行って来い」と金の長髪の大使がいった言葉も晴れがましく感じ、期待の重みも楽しげに抱え、片っ端から日記に書いたり郷里へ手紙で伝えたりした。それが…
 今机の上には真っ白な日記帳。
 ――リナ?
 ふいとため息をつきかけると、なつかしい声がかすかによみがえった。
 彼女だけは、自分のことをそう読んだ。東洋人の名前は分かりにくいと、努力した結果いちばん近い発音だったのが「リナ」だった。
 より正確に言えば、リンタロー。母ゆずりの明るい色の髪、紅玉に近いほど、薄い光を放つ瞳。かつ、小柄ではあるが、立ち姿は堂々としていて、実際より大きく見える。
 女の子のような名で呼ばれることに、やや抵抗はあったが彼女に怒る気はなかった。――もっとも、友人の一人を女名で呼んでいる「リナ」であるから、人のことは言えないのだが――どこか憂いを帯びた色の青い彼女の瞳を見ていると、責めるのは男らしくないような気がした。
 その瞳は、ほとんど銀色の薄い黄金の髪によく調和していた。ほっそりした肢体は、さながら妖精のよう。初めて逢った時は、まだ十六七で、そのころ長かった髪が幼げな顔立ちと相まって、愛らしかった。
 どうしているのだろう。
 気がつくとリナは部屋のドアのところまで来ていた。遠くの霧笛が感傷的にさせるのか。思い出しかけていただけなのに、もう一度会いたいとでも、自分は思っているのかもしれない。
 街を、少しだけ……歩いてみようか。
 なぜこんなに気になるのかよくわからないまま、リナは船を下りた。薄い夕闇が、彼をそっと迎えるように、包んだ。

                             (続く?)

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30204補足T花月=ソーニャ=涼 2004/6/14 06:36:17
記事番号30202へのコメント

 この物語は、花月が長い間温めていたものです。ある方とのやり取りで、設定を修正して投稿しようと決意するに至りました。ただその時は短い方の名前、ソーニャを名乗っていました。
 全三部、中篇の予定ですので、もう少し続きます。
 現時点では第一部の冒頭です。

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30217Re:いつでも、ここに花月=ソーニャ=涼 2004/6/16 00:49:17
記事番号30202へのコメント

 前回はプロローグということで、ここからが本編です。
舞台が魔法の無い世界に移っており、「リナ」はニックネームになっています。カップリングは少しだけ複雑なので、現時点では伏せておきます。
 とある名作にインスピレーションを受けて出来た物語です。途中まで、先が読める方もいらっしゃることと思います。ですがあくまで「モチーフ」としてはおりますが、花月の創作ですので、設定を忠実に引き継いではいません。結末も異なります。どうぞ、ご了承ください。
 それでは、開幕です。




第一部、第一章
 息を潜めていた新芽がいっせいに芽吹く。それに呼応(こた)えるように、6ヶ月の長い冬の間ずっと待ちかねていた人々が街にあふれた。
 冬にこの地を訪れた人であれば、どこにこんなにもたくさんの人がいたのだろうかと思うほどだ。もともと日差しがさほど強いわけでもなく、晴れが続くことも多くは無く、それゆえ天気がいいと家にいたりはしないお国柄だが、思わず外に飛び出さずにはおけない、今はまさに、そんな一番美しい季節なのだ。
 荘厳な歴史に裏付けられた大都市で、近年さらに発展した芸術と学問と金融の中心地だ。華々しく、優雅且つ力強い美術品そのもので作られてかのような町並みは、1000年前の古都の景観を損なわずに輝きを放っている。道ゆく人にやさしい葉のささやきを投げかける菩提樹、この石だたみ、大きな噴水のいずれも、悠久のときをこの街を見守って来たのだろう。そして何より、見過ごしてはいけないのが、この堂々たる門。中央部に戴く女神像と同じにゆるやかなカーヴを描いて、訪問者たちを迎えてくれるのだ。
 しかしこの時期には、訪れる理由が学問の為であるというのは稀だ。たいてい夏も終わりに近づいたころか秋。それでここの冬に適応しきれず体調を崩し日本に帰る先達が多くいた。日本人にはこの国は厳しいのか、合わないのだろうという人もいた。実際は少し違う。生活に慣れぬうちに冬に突入しては、十分な準備も出来ず、自分のペースを作ることも出来ずついていけないのだ。すっかり日本人になっている彼の母の助言に従って今やってきたのは賢明である。もっとも、彼は頑丈なので酷寒の真冬に行っても平気だろうと、黒髪の友人は言ったが。
  
 日が落ちかけていた。
 空の青さがしだいに遠くなり、赤みが差していく頃、彼は歩いていた。この街で生まれた母譲りの栗色の髪も赤に近い瞳も、やや気の早い夕焼けのように紅に燃えていた。
 学生街から出てきたまだかなり幼さの残る彼に、その見事な赤色に惹かれてか、高めの珈琲店の赫然たる身なりの女も声をかける。国費で留学している彼の実家は、家名こそあるものの裕福とは言いがたい。よる気もそれに散財してよい持ち合わせもない彼は、「商売の基本は、客を見分けること」と考えながら足早にすぎて行った。
 いつもと一本違う道を通ったのはそのためかもしれない。学校ではちょっと議論でもめ、図書館では調べものついでに感傷的な詩に目をとめ、そして今やや化粧の濃すぎる女に寄っていかないかと言われなければ……ここのコーヒーがこんなに高くなければ、すべては違う結果だったかもしれない。
 運命など、そういうものなのだ。

 港のそばまで来ていた。
 霧笛はセンチメンタルな思いを駆り立てる。かすかな波音に涼しさを感じた。髪がふわりとそよいだ。
 古い寺の前だった。
 アーチ型の橋を半ばまで渡った彼の眼に、銀の光が映った。

 閉鎖されて三百年といわれる古寺の門の扉に寄りかかるような少女がいた。十六、七といったところだろうか。か細く見える、レースのように薄い黄金色の髪は、ほとんど銀といえた。それが被った巾から漏れこぼれ、月の光を織った銀糸のように輝いている。
 身なりはそう悪くない。だが今時分こんなところに一人でいるのは、わけありだろう。
 長い睫毛がふっと上がり、青く澄んだ瞳が涙をいっぱいに溜めているのが見えた。
「何がそんなに悲しいのですか?」
 少女の妖精のような儚さに憐憫の情が打ち勝ち、思わず彼は声をかけた。
「私はこの街の人間ではありません。無関係な行きずりだからこそ、かえって何か貴女のお役に立てることもありましょう」
 外国人がこの国の言葉をしゃべるのに、少女はまず驚いたようだ。その驚きは唐突に声をかけられたことへとうつり、やがて彼の真摯な心に頼ろうという気持へと変わっていったらしかった。
「お優しい方。あの男や母のようにひどいことはおっしゃらないのでしょうね」ぽとり。丸い白磁の頬を伝い、涙が流れていった。
「初めてお会いしますけれど、貴方にしかおすがりできないのです。どうか、助けてください」
 このとき断れるほど彼は冷徹ではなかった。商人の血がもっと強く彼を制御したなら、この後のことは避けられたかもしれない……

「どなたですか?」 
「エリーゼルです、お祖母さま」
 寺の向かいの通りを入り、石造りの安アパートの階段のきしみを聞きながら上りきると、件の少女は扉をそっと叩いた。蝶番はさびていそうなのに、思いのほか静かに内側から開いた。誰何をした彼女の祖母が現れた。
 祖母は古いがきちんと洗濯されているワインレッドのドレスに、ショールという姿だった。白い相貌はエリーゼルという銀髪の少女と似ており、温和な表情を浮かべている。エリーゼルの言うように、ひどいことを言いそうには見えない。
 招かれるまま中に入り、貧しげな屋根裏部屋を彼は見た。窓辺の花が、そこだけ別世界のように、毅然と首を伸ばしていた。
 突然の客に驚きもせず、彼のためにお茶を淹れに立った祖母にすまなく思い、いくぶん居辛い彼に、エリーゼルは耳打ちするようにささやいた。
「こんなところにご案内してすみません。怒らないでください。貴方の情けだけが頼みの綱なのです。」
 彼女の後見人であった祖父が亡くなり、明日は葬だというのに一シリングもない。とある男が費用を用立てようと申し出てきたが、近隣の貧しい人は皆、街の方に住む人でも泣かされてきた、煮ても焼いても食えぬ者なのだ。一座の座頭で、商才があるとみえ今すぐ働くのをやめても一生遊んで暮せそうなほどの金持ちだ。
 ただで奉仕の心を起こすはずが無い。エリーゼルも、彼女にここに連れて来られた栗毛の彼も、そう思う。だがエリーゼルの祖母は、ひとのことを悪く言うものではない、いうとおりにするようにと勧めたらしい。
 さらにその座頭は払うべき金もろくに払わぬ男であると、彼は前々から聞いていた。
 商売人の血を引くものとして、同業だからこそ、なおいっそう許しがたい!
 支払いはきちんと。信用あってこその商売、この精神は捨ててはいけない。
と、同情だけからではないが義憤に燃えた彼は、この少女を助けようと決意した。
 悲しいかな、先立つものはまず……
 懐には銀貨数枚。これではせいぜいこの可憐な少女を嘲り、打ちのめすぐらいにしかならないだろう。
 彼は替わりに懐中時計を取り出し机の上に置いた。そして自分の名と下宿先を紙に書いて、その下に入れた。質屋に言って、これでとりあえずしのぎなさい、と言い残した。
 メモには、こうあった。
 キッヒェル通り五番地、リンタロー・トヨタ



                                                               第一章 終



 はい、ありがとうございます。ここで幕間です。最後の一行でもはや下敷きとなった作はバレバレですね。その前からばれていそうですが。
 ただ、その作品を貶めようという考えは毛頭ありません。あくまで近代風スレイヤーズ二次創作として、お読みくださるようお願いいたします。
 第2章へ、続きます。                
                             KADUKI