◆−スレイヤーズTRYノベル:二十七話:死者の集う地−ハイドラント (2004/4/29 16:23:11) No.29920
 ┗スレイヤーズTRYノベル:二十八話:黝い狂気−ハイドラント (2004/4/29 17:01:05) No.29922
  ┗ハードな展開になりましたね−エモーション (2004/4/29 21:22:54) No.29931
   ┗Re:リナ編はここから急展開になっていくことでしょう−ハイドラント (2004/4/29 22:20:55) No.29933


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29920スレイヤーズTRYノベル:二十七話:死者の集う地ハイドラント 2004/4/29 16:23:11

 27:死者の集う地


 扉の向こうには、さらに三つの扉があった。
 前方と左右に一つずつである。
 すべて観音開きの重そうなものだ。
「扉だらけですね」
 確かにうんざりして来るが、仕方がないだろう。
 手始めに左の扉を開いてみた。
 扉の向こうは廊下だった。
 次に右の扉、正面の扉も開いてみたが、全部長い廊下に通じていた。
「どうします?」
「そうね。先に左か右にいくのが良いと思うわ。正面のはずっと奥まで続いてそうな気がするしね(*1)」
 分岐路が多い建物を探索する時は、目印をつけながら進むのが最上の方法だが、 この建物はそれほど複雑ではないので――壁に傷をつけられないのもあるが――、進路の消去法を使っていけば良いだろう。
 第一、ここは生活のための空間であって、人を迷わせるための迷路ではないと思う。
 左の廊下を進むと、小部屋が一つあった。
「……これは何でしょう?」
 そこには不思議な物体が設置されていた。
 何と表現すべきだろうか。
 真ん中に不透明の蒼い石のようなもので作られた円形の台座があり、それを金属パイプの群れが取り巻いている。
「何の機械かしら?」
 よく見てみると、台座の中心部分辺りには赤いボタンのようなものがあり、その側に数字が四つ並んでいる。
 その数字列は台の中に埋め込まれた四つの独立した回転可能なリング状のものに書かれているらしく、またすべてのリングには現在表示されていない数字も書かれているようで――台座に埋まって見えない部分に――、リングを回転させることによって、数字列を0000から9999までの好きな数字に変えることが出来た。
 説明が分かり辛いかも知れないが、結局ダイヤル錠のようなものだ。
「ボタンを見たら罠だと思え、ですね。冒険するのは止めましょう」
 ラファエルに言われ、あたし達は部屋を出た。
 今度は右に進んだが、こちらには大きめの寝室があった。
 地位のある者ための部屋だったのかも知れない。
 その部屋でしばし休んだ後、今度は正面に進むと、また観音開きの扉があり、その向こうまた部屋があった。
「今度は一つですね。案外これで終着点かも知れませんよ」
 だが、その扉は開かなかった。
 重量があるのはもちろんだが、それだけではなさそうだし、鍵が掛かっているわけでもなさそうだ。
 力を合わせて思い切り押しても、全力で引いても、その観音開きの扉は全く動こうとしなかった。まるでそこにあるのは本物の扉ではなく、精密に描かれた扉の絵であるかのように。
「こうなりゃ、ぶちこわすしかないわね」
「待ってください」
 その時、声を上げたのはフィリアであった。
「もしかしたら、私になら開けられるかも知れません」
 そう言うと、フィリアは扉に向かって手を翳した。
 フィリアの口から呟く声が聴こえる。
 だが意味は全く理解出来ない。
「神聖呪文ですね。確かインバースさん達のいた場所では失われていたんでしたね」
 呟きが終わり、フィリアは大声を放った。
 世界に光が満ちる。
「どうやらこれ以上先にいかせないための封印が掛かっていましたみたいです(*2)。黄金竜が施した黄金竜の一族にしか解くことの出来ないものです。……呪文で解除しましたから、これで開くことが出来るでしょう」
 そう言ったフィリアの顔は、まだ翳りを帯びていた。
 フィリアの方を向いたあたしは、処刑の瞬間を待つ虜囚はこのような表情を取るのではないだろうかと考えてしまった。
 フィリアの言う通り、扉は依然重たかったが、単にそれだけであり、力を合わせば簡単に動いた。
 扉の向こうにはすぐ部屋が待っており、その部屋には三つ扉があった。
 手始めに左側の扉を開けてみる。
 するとそこには……
「…………」
 地獄と言えば良いのだろうか。
 死せる者の集う地。
 最も凄惨な光景がそこにあった。
 すぐに逃げ出したくなったが、そこを動くことさえ出来なかった。
「……骨ですね」
 この場ではラファエルでさえも、平静ではいられないようだった。
 顔が引き攣っている。
 無数の骨。
 生きとし生ける者の末路。
 千年の間、ただ冷たい地下の底で眠り続けた屍達。
 とはいえ、それは人のものではない。
「竜ですね。それもこの竜は……」
 骸はすべて竜のものに見えた。
 少なくともあたしの見たことのない種類の竜だ。
「……多分、古代竜です」
 フィリアは今にも泣き出しそうな声で言った。
 唇が震えている。
「古代竜って、確か遥か昔に絶滅したのよね……」
「となると、ここは古代竜の遺跡ということでしょうか」
 古代竜は古い文献などにごくごく僅かに記されているだけで、住処や化石の一つさえも見つかっていないまさに幻の竜である。
 名前だけは結構有名だが、竜族ならばともかく、人間でこの竜について名前以上のことを知っている者はいないとまでされている。
「こ、ここはまさか……」
「どうしたの、フィリア!?」
 あたしは声を掛けた。
「いっ……いえ」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
 フィリアの様子がおかしい。
 フィリアは黄金竜の一族、ここにあるのは古代竜の死骸。
 これは同じ竜族の死に様を見たせいなのか。
 それとも他に何か理由が……。
「と、とにかく正面の扉も調べましょう」
「フィリア、無理すんなよ。帰って休んでても良いんだぜ」
「いえ。平気です。お心遣いありがとうございます」
 左の扉を閉め、右の扉を恐る恐る開くと、想像通りの光景が待っていた。
 そこにも竜の白骨体がいくつもおいてあった。
 慌てて扉を閉め、今度は正面の扉を開く。
 またしても骨があるのではないかと想像したが、今度は違ったようだ。
 壁中に蝋燭が掛けられた広い空間がそこにはあった。
 その中央に台座があり、白い棒状のものがおかれていた。
 奥の壁には祭壇らしきものがあり、巨大な竜のレリーフが刻まれていたが(*3)、こちらの印象は今一つだった。
「あれは……」
 まさかダーク・スターの武器? 
 そう思い、口に出そうとしたが、それよりも早く、ガウリイが一歩を踏み出していた。
 何でもないことのはずなのに、不意をつかれた気になってしまった。
 ガウリイはそれに向かっていく。
 何かに導かれるように。
 台座の前に辿り着いた。
 秘宝に視線を向ける。
 手がすっと伸びた。
 白い棒をそっと握る。
 持ち上げた。
 結構軽そうだ。
「光よ」
 ガウリイが言葉を発す。
 その時、光が生まれた。
 緑の輝きが世界を包む。
 棒の両端から眩い光が連続的に発せられていた。
 刃のように鋭い光が。
「……ラグド・メゼギス」
 ラファエルが呟く。
 それがこの武器の名前なのだろう。
「……やっぱり」
 やはり、それはダーク・スターの武器の一つに違いなかった。
 上下に光の刃があるため、扱いは困難を極めるだろうが、うまく扱えれば強力な武器になりそうだ。
「でも、そうだとすると……」
「引っ掛かっちゃったわね」
 あの封印は黄金竜にしか解けないものだとフィリアは言った。
 多分ヴァルガーヴは、あたし達に黄金竜の封印を解かせようと企んでいたのだ。
 ……ラグドなんちゃらとかいうダーク・スターの武器を手に入れるため。
「黄金竜の最長老は、このことを危惧していたに違いありませんね。それに一族の裏切り者が、ヴァルガーヴに協力するかも知れないということも……」
 余計なことはするなよという言葉には、そんな意味も含まれていたのだろうか。
 それにしても、最長老はこの武器の場所を知っていたのではないだろうか。
「……ここでわたくし達が敗れれば、ヴァルガーヴは武器を三つ揃えることになりますね」
 今ガウリイの持っているゴルン・ノヴァと、フィリアがスカートの中に入れて持っているボーディガーを手に入れ……
「万が一生きて帰れても、最長老さんに殺されるかも知れないわ」
 下手くそな冗談を飛ばしたその時、扉側から突風が吹きつけた。
「っ!」
 抵抗出来ずに宙に持ち上げられ、恐怖を感じた次の瞬間には、激しい衝撃と激痛に見舞われていた。
 あたし達は皆、奥の壁まで飛ばされてしまった。
 起き上がろうとした瞬間、あたしの目に男の姿が映し出される。
 ヴァルガーヴが扉の向こうから出現し、あたし達に嘲笑を浴びせた。



 ――リナちゃんの注釈――


正面のはずっと奥まで続いてそうな気がするし(*1):何の根拠もないが、こう思うのは人として当然だろう!


どうやらこれ以上先にいかせないための封印が掛かっていましたみたいです(*2):ちなみに封印は扉だけではなく、向こうの空間を取り囲む壁全体に施してあったらしい。またこの封印は空間転移さえ防ぐ力を持っているという。



巨大な竜のレリーフが刻まれていたが(*3):この竜は四竜王の誰かか赤の竜神なのだろうと推測出来る。つまり崇拝の対象と言うわけだ。




 

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29922スレイヤーズTRYノベル:二十八話:黝い狂気ハイドラント 2004/4/29 17:01:05
記事番号29920へのコメント

 28:黝(あおぐろ)い狂気


「やはりこの場所にあったようだな。扉を開けてくれたこと、感謝するぜ」
 怒気と嫌悪を誘う笑いを絶やすことなく、ヴァルガーヴはこちらへ接近して来る。
「さあて、とっととラグド・メゼギスとボーディガーを渡しな」
 彼は右手に光の剣ゴルン・ノヴァを持っており、すでに光の刃を生み出している。
 返答せずに立ち上がろうとしたあたしへ左手を突き出し、ムッサボリーナでの戦いでも使用したあの暗黒球を撃ち出した。
 咄嗟にかわしたため攻撃は壁に着弾したが、壁が破壊される様子はなかった。
 壁が頑丈なためか、あるいは攻撃が無機物には影響を与えないものなのかは分からないが。
 何にせよ、今の攻撃は危なかった。
 一瞬でも動作が遅れていれば、間違いなく球はあたしを襲っただろう。
 当たると具体的にどうなるのかは分からないが、痛いくらいで済まされないことは確かである。
 気付けば、ヴァルガーヴはあたし達との距離を大幅に詰めていた。
 素早く一撃を繰り出して来る。
 ガウリイが飛び出した。
 扱い難そうなラグド・メゼギスは捨て、神速で鞘から妖斬剣を抜き放つ。
 刃の軌道が交差した。
 まずい。
 これでは前と同じ展開になりかねない。
「ごめん、魔風(ディム・ウィン)!」
 そう思ったあたしは呪文で吹き飛ばす。
 ヴァルガーヴとガウリイを。
 情けない悲鳴をガウリイが上げる。
 あたしが新たな呪文を唱え始めた時、黒いの光が虚空を走り、ヴァルガーヴの身体に迫った。
 ラファエルの放った呪文だ。
 ヴァルガーヴが咄嗟に左手を突き出した。
 黒い光の塊は、その手に当たって砕け散る。
 ラファエルの呪文は防がれてしまったようだ。
 だが意識が呪文の方に集中していた。
 隙を狙ってガウリイが立ち上がる。
 斬撃を、起き上がろうとするヴァルガーヴに浴びせた。
 太刀が当たる一瞬前、ヴァルガーヴの姿が掻き消える。
「きゃっ!」
 離れた場所で、フィリアの悲鳴が上がった。
 空間を渡ったヴァルガーヴに体当たりされたらしいフィリアは、よろめきつつも踏み止まって、スカートを半ばまで捲り上げると、そこからボーディガーを一瞬で取り出し、強く叫んで光を生み出して、思い切り振りかぶった。
 ヴァルガーヴはその一撃をゴルン・ノヴァで受け止めたが、強烈過ぎる一撃に驚いたのだろう。
 続いて襲ったフィリアの足に蹴飛ばされ、つまずいたところに、さらなるボーディガーの一撃を喰らってしまった。
「……あら」
 仰向けになったヴァルガーヴの肉体は、今の一撃で激しく損傷し、胸部は陥没していて、真っ赤な血に塗れている。
 空間を支配する沈黙。
 唖然とするあたし。
 ……あんた、こんなに強かったんかい!
 だが安堵も束の間。
 ヴァルガーヴの身体が震えたかと思うと、腕をフィリアに向けると同時に、暗黒球を撃ち放った。
「危ない!」
 気付いたあたしは声を上げたが、動くほどの余裕はなかった。
 フィリアは驚き、そして恐れ慄いているため、回避行動に移れずにいる。
 ボーディガーを取り落とし、胸の前で両手を組んで震えていた。
 ガウリイがすでに駆け出している。
 だが間に合わない。
 フィリアに攻撃が命中する。
 同時にガウリイが踏み止まって舌打ちする。
 黒い闇が彼女の腕へと飛び込んでいき、フィリアが悲鳴を上げた。
 あたしは思わず目を覆った。
 数瞬後、恐る恐る目を見開くと、そこに彼女の姿はなかった。
 フィリアが消失していたという意味ではない。
 女性の姿の代わりに、両腕を失った竜の姿がそこにあったのだ。
 これがフィリアの本当の姿なのだろう。
「フィリア!」
 黄金の竜は血の海の中でぐったりしている。
 ヴァルガーヴの攻撃は、恐らく両腕を完全に消滅させたのであろう。
 もしも腕で胸を庇ってなければ、フィリアの命は失われていたかも知れない。
 だが今は、彼女の身を案じていられる状況ではない。
 そのことを瞬時に悟った。
 ヴァルガーヴはすでに起き上がっており、今度はあたし達に向けて暗黒球を放っていたのだ。
 気付いた時は手遅れで、視界が白く包まれた。
 時間の流れが急に緩慢になった気がする。
 視界が揺らいだ。
 浮遊感と落下感。
 世界が崩壊していくのか。
 いや違う。
 ……滅ぶとすれば、それはこのあたしの方だ。
 衝撃が走り、痛みが響いた。
 だが違う。
 死へ至る痛みとは思えない。
 目を開こうとした。
 使命はすぐに受諾された。
 視力は無事だったのだ。
 視界に映るのはヴァルガーヴの足、それに血塗れの竜。
 あたしは横倒しになっている。
 誰かが呪文を唱えている。
 別の誰かが動きを取った。
 状況は大体、把握出来た。
 あたしに攻撃が着弾する前に、ガウリイがあたしを突き飛ばし、攻撃が命中するのを避けてくれたのだ。
 あたしはヴァルガーヴを見上げた。
 彼の身体からは傷が消えていた。
 素早く体勢を立て直したガウリイがヴァルガーヴに迫る。
 無謀な突進だが、勢いは凄まじい。
 あたしは呪文を紡ぎ始める。
 ガウリイとヴァルガーヴとが剣を交差させた。
 ラファエルが何かの呪文を唱える。
「烈影槍(シャドウ・ランス)!」
 ラファエルの呪文の防御のためにヴァルガーヴの動きが鈍った瞬間を狙い、あたしは完成した術を放つ。
 新開発の呪文である。
 床に大きな影を落とす黒い槍が、ヴァルガーヴへと襲い掛かった。
 ヴァルガーヴはそれをどうにか弾くが、実は地を這う影も、呪文の一部であって威力を持っている。
 床から浮き上がった影が、ヴァルガーヴの胸元を貫いた。
「ぐあっ」
 軽くだが悲鳴が上がる。
 ダメージは少ないが、けしてゼロではない。
 ガウリイが跳躍した。
 ヴァルガーヴはどうにか刃を合わせる。
 だがガウリイの渾身の一撃は、ゴルン・ノヴァを弾き落していた。
 だがそれまでだった。
 次の一撃が来るより早く、ヴァルガーヴは暗黒球を生み出す。
 それを難なくかわしたガウリイに、強風を浴びせ、吹き飛ばした。
 ゴルン・ノヴァがヴァルガーヴの手元に自動で戻る。
「覇王雷撃陣(ダイナスト・ブラス)!」
 あたしの放った術を素早く防いだヴァルガーヴは、そのままガウリイの方へ疾駆する。
 ラファエルの唱えた呪文は当たらない。
 ヴァルガーヴの攻撃は、ガウリイが体勢を立て直すより早い。
 だがその時、黒い影が走った。
 ヴァルガーヴが反射的に背後へ跳ぶ。
 黒い影が躍り掛かる。
「光よ」
 黒い影の腕の先から閃光が迸り、ゴルン・ノヴァと重なった。
「セフィクスか!」
 ヴァルガーヴが悔しげに叫んだ。
 セフィクスが来たのだ。
 セフィクスのネザードの輝きと、ヴァルガーヴのゴルン・ノヴァの輝きは、何度も高速でぶつかり合った。
 ガウリイもその乱戦の中に入る。
「覇王氷河烈(ダイナスト・ブレス)!」
 さらにあたしの呪文、そしてラファエルの呪文も発動する。
 これぞ数の暴力の力。
 ヴァルガーヴは咄嗟に空間を渡ろうとしたが、反応が遅すぎた。
「ぐああああああああ!」
 絶叫が響き、腹部から真っ赤な血が噴水の如く迸る。
 倒れ込み、のたうち回り、叫び続けた。
 血がどんどん流れ出す。
「畜生! おのれ、おのれ、おのれ! 畜生、くそおおおおおおおおお!」
 怒り、呪い、恨み、憎しみ。
 様々な感情が吹き出ていた。
 悪鬼のような形相で、部屋中に叫び回る。
 やがて立ち上がり、荒い息を吐きながら、右腕を真正面へと翳した。
 そして、その腕を自らの方へ引き戻していく。
 あまりにも静かな光景に圧倒され、誰もが動きを封じられていた。
 おとなしくなったが、血塗れのヴァルガーヴはまだ、激情を捨ててはいない。
 すべてを内に封じ込めているだけなのだ。
 ヴァルガーヴの右の手は、額の位置へと達した。
 皮の厚そうなその手のすべての指を中指の位置に集中させ、力を込めた。
「忌まれし力よ」
 そして突き立てた五本の指で、額を突き刺す。
 血が出ることには構わず、どんどん指を深く押し込み、手全体をも潜り込ませた。
 やがて腕まで入り込み、額の穴からは脳味噌が少しずつ流れ出す。
 一瞬の沈黙。
「――――!」
 凄絶な叫びはすでにこの世のものを超越していた。
 暴風が巻き起こる。
 ヴァルガーヴを中心に荒れ狂う。
 あたしはあまりの戦慄に、自己の存在が失われたような気がした。
 嵐の中心で、ヴァルガーヴは変貌を始めた。
 まずは右腕であった。
 太く膨れ上がり、筋肉が蒼く変色し、鉄のように固まった。
 爪は鋭く伸びていった。
 さらに左腕も同じような状態と化し、次に着衣が破られて、胸部が盛り上がり、 足が膨張し、胸から下すべての部分が蒼く染まった。
 さらに肩の部分から針のようなものが何本も生え出し、背中からは翼のようなものが生まれた。
 首は全くの別物に、竜とも蛇ともつかないような怪物的なものへと変わった。
 蒼い身体。
 すべてがブロンズのように輝いた。
 黒い眼差し。
 肩から伸びる黒い針の群れ。
 漆黒の翼。
 性を象徴するものは存在しない。
 ヴァルガーヴは怪物じみた姿へと変貌を遂げた。
「…………」
 フィリアが、顔を上げて何かを呟いた。
 小さ過ぎて声は全く聴こえなかった。
 次の瞬間、力を失ったのか、頭が後ろへ倒れ、彼女は全く動かなくなった。
「……くくっ、ははっ」
 完全に怪物へと姿を変えたヴァルガーヴはフィリアへと一瞥をくれた。
「そうだ。この姿は古代竜だ。黄金竜にとっては忌々しき、影に生きて滅んだ魔物。そうだ。貴様らは古代竜を殺した。聖なる神の御名において、俺の一族を惨殺した」
 怒り、呪い、恨み、憎しみの感情だけでなく、狂気が彼に纏わりついていた。
 笑っていた。
 怒りながら笑っていた。
 呪いながら笑っていた。
 恨みながら笑っていた。
 憎みながら笑っていた。
「お前は生きていたか。千百年前の惨劇の時に。惨劇を見ていたか。それともお前も殺しに参加したか。笑っていたか。楽しんでいたか。……はははは」
 古代竜。
 彼は古代竜なのか。
 あの骨達と同じように。
 千百年前。
 この遺跡が発見された時と重なる。
 ならばこの場所で起こった惨劇とは、彼の叫ぶ、黄金竜による古代竜の虐殺のことなのか。
 そうなると、エイデンバングルが知っていた血塗られた手(*1)というのは、古代竜を殺した手ということなのか。
 フィリアは血の跡が何なのか気付いていたのかも知れない。
 いや、きっと気付いていたのだ。
「殺す。全員殺す。殺して奪う。殺してやる。全員殺して奪ってやる。……死ね。死ね。殺すぞ。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ねええええええ!」
 ヴァルガーヴが屈み込み、床に爪を突き立て、拳を地面に潜らせる。
 視界が揺らぐ。
 大地が崩れ、鳴動した。フィリアの身体も揺さぶられるが、全く反応する様子はない。
 まさかすでに死んでいるのではないだろうな。
 だが、フィリアを気にしている暇など本当はなかったのだ。
 突進して来たヴァルガーヴが、鋭い爪をあたしに向けた。
 意識が途絶えたのはその時だった。


 一章:この世に闇を満たす者――了








 ――リナちゃんの寂しい注釈――


 血塗られた手(*1):十三話参照のこと


<@><@><@><@><@><@><@><@><@><@>


 ようやく四期終了致しました。
 ヴァルガーヴの正体や古代竜と黄金竜のことなど、アニメ視聴者なら当たり前のように知っていることも出すことが出来ましたし、ついでに一章も終わり、これで一段落というところです(話は全然一段落してないけど)。
 次回からは、「世界よどうなるダーク・スター召還(?)」編か、予定の変更して「ゼルとアメリア神殿密室に挑む」編かの、どっちかになります。
 それではこれで失礼致します。

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29931ハードな展開になりましたねエモーション E-mail 2004/4/29 21:22:54
記事番号29922へのコメント

こんばんは。

「スレイヤーズTRYノベル」、物語の根幹部分に入って、かなりハードな展開になりましたね。
また、元であるアニメ「TRY」との相違点も、かなりくっきりと出てますね。
フィリアが両腕を失った場面は、絵にしたらかなり強烈な場面になるなと、思いました。
また、ヴァルガーヴの相手が何だろうが関係なしな、手加減無用の遠慮なさ加減に、
ヴァルガーヴには、ひたすら復讐と憎悪の感情しかないのだとよく分かります。
それにしても……やはり強いですね。古代竜の力+魔族の力でこのレベル……なんですよね。
古代竜の力だけでこれだったら、何で単体でこれだけ強いのに、集団でいた古代竜が
あっさり滅んだのか、ひたすら謎ですし。

そして現れたセフィクスさん。彼女も謎ですね。正体もですが、何故5つの武器を
欲しがるのか。目的は何なのか。
今までの言動から見て、黄金竜と古代竜の確実については、割りと知っているのでしょうし、
おそらくそれについて、自分なりの認識と判断を持っているのでしょうね。
(そして多分それは、それぞれの側からの見解よりは、比較的公正なもの、
下手すれば最も事実に近いものではないかと、勝手に推測しました)

意識が途切れてしまったリナ。一体どうなってしまうのでしょう。

さて、次回は5期になるのでしょうか。
「ダークスターさん、いらっしゃ〜い(笑)」も、「ゼル&アメ密室トリック
推理劇場(何それ)」も、どちらになっても面白そうなので、続きを楽しみにしています。
それでは、今日はこの辺で失礼します。

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29933Re:リナ編はここから急展開になっていくことでしょうハイドラント 2004/4/29 22:20:55
記事番号29931へのコメント


>こんばんは。
こんばんは。
>
>「スレイヤーズTRYノベル」、物語の根幹部分に入って、かなりハードな展開になりましたね。
ええ、リナ編はここからハードな状態が続きます。ここまでは「旅」でしたが、ここからは「戦い」になっていきますし。
>また、元であるアニメ「TRY」との相違点も、かなりくっきりと出てますね。
ええ、そうですね。それにこれから相違点はたくさん出て来るかと思います。
>フィリアが両腕を失った場面は、絵にしたらかなり強烈な場面になるなと、思いました。
アニメ版の後半の、異界の神族にやられて、ぐったりしている黄金竜をイメージしながら書きました。あちらは両腕失ってなかったはずですが。
>また、ヴァルガーヴの相手が何だろうが関係なしな、手加減無用の遠慮なさ加減に、
>ヴァルガーヴには、ひたすら復讐と憎悪の感情しかないのだとよく分かります。
古代竜の力が覚醒しているためもあるかと思われますが、何にせよこれが彼の本性でしょう。
>それにしても……やはり強いですね。古代竜の力+魔族の力でこのレベル……なんですよね。
>古代竜の力だけでこれだったら、何で単体でこれだけ強いのに、集団でいた古代竜が
>あっさり滅んだのか、ひたすら謎ですし。
あるいは相乗効果というやつかも知れません。具体的には決めてないんですが。
>
>そして現れたセフィクスさん。彼女も謎ですね。正体もですが、何故5つの武器を
>欲しがるのか。目的は何なのか。
>今までの言動から見て、黄金竜と古代竜の確実については、割りと知っているのでしょうし、
>おそらくそれについて、自分なりの認識と判断を持っているのでしょうね。
>(そして多分それは、それぞれの側からの見解よりは、比較的公正なもの、
>下手すれば最も事実に近いものではないかと、勝手に推測しました)
彼女の正体に関しては次のリナ編で半分くらいは明らかになるかと思われます。
>
>意識が途切れてしまったリナ。一体どうなってしまうのでしょう。
さ〜て、どうなるのでしょう(待て)。
>
>さて、次回は5期になるのでしょうか。
>「ダークスターさん、いらっしゃ〜い(笑)」も、「ゼル&アメ密室トリック
>推理劇場(何それ)」も、どちらになっても面白そうなので、続きを楽しみにしています。
>それでは、今日はこの辺で失礼します。
>
それでは、ご感想どうもありがとうございました。